益救神社(屋久島町宮之浦)

益救神社は 『延喜式神名帳(Engishiki Jimmeicho)』(927年12月編纂)に所載される全国の式内社「2861社」の中で 最南端の屋久島に鎮座します 長い歴史を持ち 元々は屋久島中央部の三岳(宮之浦岳・永田岳・栗生岳)の神を祀ったものとも云われ 当神社の奥宮は 宮之浦岳の山頂に鎮座しています

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出雲大神宮(亀岡市)

出雲大神宮は 社伝によれば「元出雲の社」〈出雲大社の元宮〉とされています【和銅2年(709)社殿が造営され『丹波国風土記』逸文に「奈良朝のはじめ元明天皇 和銅年中 大国主命 御一柱のみを島根の杵築の地に遷す すなわち今の出雲大社これなり」  記紀神話の「国譲り神事」は 丹波国が出雲・大和の両勢力の接点にあり 国譲りの所由によって祀られたのが当宮で 古来より元出雲の信仰があり】と記されています 

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建部大社(大津市)近江国一之宮

建部大社は 近江国一之宮です 神社の東側では 近江国庁跡も発掘されています 社伝によれば 日本武尊(ヤマトタケルノミコト)の妃・布多遅比売命(フタジヒメノミコト)が神勅により 日本武尊を「建部大神」として 神崎郡 建部郷 千草嶽(現・東近江市の箕作山)に祀ったのが始まりとされ 天武天皇4年(675)近江の守護神として 現在地の栗太郡 勢多へ遷座しました 

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彌彦神社(弥彦村)越後国一之宮

弥彦神社は 創建から2400年以上であるとも云われ 万葉集にも詠われる由緒ある歴史を持つ古社です 御祭神は 天照大神の曾孫の天香山命(あめのかごやまのみこと)を祀り 人々からは「おや彦さま」と呼ばれ 信仰を集めてきた越後国一之宮です

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彌彦神社 奥宮 御神廟(弥彦山頂上)

彌彦神社 奥宮 御神廟は 弥彦山の頂上に鎮座します 越後国開拓の祖神「天香山命 (あめのかごやまのみこと)」と その妃神「熟穂屋姫命(うましほやのひめのみこと)」が 祀られているとされる御神廟です  弥彦山は 7~8世紀の万葉集にも詠われている古くからの信仰の歴史を持ちます

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寒川神社(寒川町)相模國一之宮

寒川神社は 約1600年以上の歴史を持つとされ 古くは朝廷から さらに歴代の武将〈源頼朝公 武田信玄公 徳川将軍家など〉や 民間からも幅広い信仰がありました 今でも 八方除の守護神〈全国唯一〉として 全国各地から参拝者が絶えない 相模國一之宮です

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射水神社(高岡市古城)越中国一之宮

射水神社は もともと霊山である二上山そのものを祀る社でした 創祀は太古とされ 二上山の山麓に鎮座していましたが 明治4年(1871)に「国幣中社」に列格 その4年後 明治8年(1875)二上の地より高岡城跡の「高岡古城公園」へ遷座して現在に至ります 社伝によれば 創建は天武天皇の3年(675)正月奉幣に與られた伝承を以って 鎮座の年と定めたとある古社です

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西寒多神社(大分市寒田)

西寒多神社は 社伝によれば 第15代 応神天皇の勅命により 応神天皇9年(278)4月 西寒多山(本宮山)に 祠を建立したとされています その後 応永15年(1408)3月 南北朝~室町時代に守護大名 大友親世公により現在地に遷座されました 豊後国一之宮として信仰されています

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二上射水神社(高岡市二上)越中総社

二上射水神社は 二上山麓に鎮座しています 元々は越中国一之宮でした 現在の射水神社〈明治8年(1875)高岡城跡「高岡古城公園」へ遷座〉の旧 鎮座地となります 遷座後も氏子の信仰心と要請により この地には射水神社の分社として二上射水神社が残され続けました 第二次大戦後 射水神社から独立して 現在では 正式名称を「越中総社 射水神社」と称しています

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物部神社(大田市)石見国一之宮

物部神社は 大和朝廷が出雲の勢力を牽制するために 御祭神の宇摩志麻遅命(うましまじのみこと)が 大和の地から物部氏の一族をひきいて尾張・美濃・越国を平定され さらに播磨・丹波を経て石見国に入り この地に宮居を築かれ 祖神として祀られたと伝わります

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全国 一之宮

益救神社(屋久島町宮之浦)

益救神社は 『延喜式神名帳(Engishiki Jimmeicho)』(927年12月編纂)に所載される全国の式内社「2861社」の中で 最南端の屋久島に鎮座します 長い歴史を持ち 元々は屋久島中央部の三岳(宮之浦岳・永田岳・栗生岳)の神を祀ったものとも云われ 当神社の奥宮は 宮之浦岳の山頂に鎮座しています

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出雲大神宮(亀岡市)

出雲大神宮は 社伝によれば「元出雲の社」〈出雲大社の元宮〉とされています【和銅2年(709)社殿が造営され『丹波国風土記』逸文に「奈良朝のはじめ元明天皇 和銅年中 大国主命 御一柱のみを島根の杵築の地に遷す すなわち今の出雲大社これなり」  記紀神話の「国譲り神事」は 丹波国が出雲・大和の両勢力の接点にあり 国譲りの所由によって祀られたのが当宮で 古来より元出雲の信仰があり】と記されています 

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建部大社(大津市)近江国一之宮

建部大社は 近江国一之宮です 神社の東側では 近江国庁跡も発掘されています 社伝によれば 日本武尊(ヤマトタケルノミコト)の妃・布多遅比売命(フタジヒメノミコト)が神勅により 日本武尊を「建部大神」として 神崎郡 建部郷 千草嶽(現・東近江市の箕作山)に祀ったのが始まりとされ 天武天皇4年(675)近江の守護神として 現在地の栗太郡 勢多へ遷座しました 

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彌彦神社(弥彦村)越後国一之宮

弥彦神社は 創建から2400年以上であるとも云われ 万葉集にも詠われる由緒ある歴史を持つ古社です 御祭神は 天照大神の曾孫の天香山命(あめのかごやまのみこと)を祀り 人々からは「おや彦さま」と呼ばれ 信仰を集めてきた越後国一之宮です

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彌彦神社 奥宮 御神廟(弥彦山頂上)

彌彦神社 奥宮 御神廟は 弥彦山の頂上に鎮座します 越後国開拓の祖神「天香山命 (あめのかごやまのみこと)」と その妃神「熟穂屋姫命(うましほやのひめのみこと)」が 祀られているとされる御神廟です  弥彦山は 7~8世紀の万葉集にも詠われている古くからの信仰の歴史を持ちます

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延喜式神名帳

佐比賣山神社(大田市三瓶町多根)

This post is also available in: English佐比賣山神社(さひめやまじんじゃ)は 『延喜式神名帳(927年12月編纂)』所載の石見国 安濃郡 佐比賣山神社(さひめやまの かみのやしろ)の論社です 『出雲國風土記733 AD.』の国引き神話では くにを引き寄せた「綱」が「薗の長浜(そののながはま)」この綱を繋ぎ止めた東の杭が「佐比賣山(さひめやま)〈三瓶山〉」とされます 1.ご紹介(Introduction)  この神社の正式名称や呼ばれ方 現在の住所と地図 祀られている神 ...

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日撫神社(米原市顔戸)

日撫神社(ひなでじんじゃ)は 神功皇后(じんぐうこうごう)が祖先が代々住むこの地を深く慕われ 三韓より凱陣の後 此の地に祠を建て 少昆古名命と御父 息長宿弥王を祀られたのが創祀と伝わり 『延喜式神名帳927 AD.』所載の近江国 坂田郡 日撫神社(ひなでの かみのやしろ)とされます

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國坂神社(北栄町国坂)

国坂神社(くにさかじんじゃ)は 『続日本後記AD.837』に伯耆国での最も古い神階授与の記録〈伯耆神〈現 波々伎神社〉・大山神〈現 大神山神社〉と同時〉があります これは大和朝廷が 地方豪族を中央の統制下に置く神祇統政策として重要視をした神社であったことを示しています 以後 四宮大明神と称し 明治時代に「郷社」に列せられ 國坂神社(四宮さん)と呼ばれて今日に至ります

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伯耆国 式内社 6座(並小)について

This post is also available in: English伯耆国(ほうきのくに)の式内社とは 平安時代中期〈927年12月〉に朝廷により編纂された『延喜式神名帳(Engishiki Jimmeicho)』に所載されている 伯耆国の6座(小6座)の神社のことです 伯耆国(hoki no kuni)とは 伯耆国(ほうきのくに)は 現在の鳥取県の中部及び西部 伯州と呼ぶこともあります 鳥取県西部域を指す「西伯耆」 中部域を指す「東伯耆」に分けられ 双方は若干 方言や文化などが異なります 出雲 ...

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出雲国 式内社 187座(大2座・小185座)について

This post is also available in: English出雲の式内社とは 平安時代中期〈927年12月〉に朝廷により編纂された『延喜式神名帳(Engishiki Jimmeicho)』に所載されている 出雲國の187座(大2座・小185座)の神社のことです 出雲国(Izumo no kuni)の式内社について 『出雲国風土記』に所載される「神祇官社(jingikan sha)」は 後の平安時代中期 延長5年(927年)に編纂された『延喜式神名帳(engishiki jimmyocho ...

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出雲國風土記神名帳

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その他の古社

日御碕神社(島根町野波)

日御碕神社(ひのみさきじんじゃ)は 野波浜の西に鎮座します 古記録に「古くは この西方 御(雄)島にあったが 大波のため破損 天正9年(1581)この地に遷座」とあり 又 合祀された日吉神社の祭神が本宮地へ里帰りされる秋の祭礼 奇祭「ガッチ祭り」があります

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國吉神社(いすみ市苅谷)& 出雲大社上総教会

国吉神社(くによしじんじゃ)は 今から1500年前の昔 この地を治めていた伊甚国造(いじみのくにのみやつこ)が 春日皇后に屯倉(御料地)を献上し 勅使を迎える為の仮屋を設けた跡地に 伊甚国造の祖である天穂日命(出雲国造の祖)と建比良鳥命が仕えた大国主命の御子神である健御名方命をまつり鎮守神としたものです

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船守神社(出雲市塩津町)

船守神社(ふなもりじんじゃ)は 出雲国風土記「宇美社(うみのやしろ)」・延喜式内社「宇美神社(うみのかみのやしろ)」とされる「石上神社(出雲市塩津町)」を明治四年(1871)に合祀した神社です

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牛床詣所(うしどこもいしょ)

牛床詣所は 屋久島中央部の三岳(宮之浦岳・永田岳・栗生岳)の神の遥拝所です 里人が山に守られている畏怖の念と感謝をお山に詣でて お伝えする原初の山岳信仰の形式を今に伝えています 標高1936mの宮之浦岳は益救神社の奥宮で かつては毎年春と秋の2回 男衆の「嶽参り(たけまいり)」があり 牛床詣所で女子供は山に参った男達を出迎えた里人の聖地とされています

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神明神社(京都市下京区神明町)

神明神社は かつて榎の大木があったので 榎神明(えのきしんめい)と呼称されたそうです 『平家物語』で有名な「鵺」の話の舞台で 源頼政卿の鵺(ぬえ)退治に関わる神社です 社伝には 平安時代末期 近衛天皇(在位1141~1155)〉の時 源頼政(ミナモトノヨリマサ)卿が 鵺(ぬえ)退治に向う時 この神明宮で祈願します この時 使われた弓矢の「矢じり」2本を奉納したと伝わります 現在でも 宝物として現存 祭礼で飾られています

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宇佐八幡宮五所別宮(usa hachimangu gosho betsugu)は 朝廷からも厚く崇敬を受けていました 九州の大分宮(福岡県)・千栗宮(佐賀県)・藤崎宮(熊本県)・新田宮(鹿児島県)・正八幡(鹿児島県)の五つの八幡宮を云います

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行幸会は 宇佐八幡とかかわりが深い八ケ社の霊場を巡幸する行事です 天平神護元年(765)の神託(shintaku)で 4年に一度 その後6年(卯と酉の年)に一度 斎行することを宣っています 鎌倉時代まで継続した後 1616年 中津藩主 細川忠興公により再興されましたが その後 中断しています 

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対馬の式内社とは 平安時代中期〈927年12月〉に朝廷により編纂された『延喜式神名帳(Engishiki Jimmeicho)』に所載されている 對馬嶋の29座(大6座・小23座)の神社のことです もちろん九州では最多の所載数になります 現在 この式内社29座の論社は 67神社となります

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