静岡県

伊豆国 式内社 92座(大5座・小87座)について

伊豆国(いつのくに)の式内社とは 平安時代中期〈927年12月〉に朝廷により編纂された『延喜式神名帳(Engishiki Jimmeicho)』に所載される 伊豆国の 92座(大5座・小87座)の神社です

駿河国 式内社 22座(大1座・小21座)について

駿河国(するかのくに)の式内社とは 平安時代中期〈927年12月〉に朝廷により編纂された『延喜式神名帳(Engishiki Jimmeicho)』に所載される 駿河国の 22座(大1座・小21座)の神社です

遠江国 式内社 62座(大2座・小60座)について

遠江国(とほとうみのくに)の式内社とは 平安時代中期〈927年12月〉に朝廷により編纂された『延喜式神名帳(Engishiki Jimmeicho)』に所載される 遠江国の 62座(大2座・小60座)の神社です

花長下神社(揖斐川町谷汲名礼)

花長下神社(はなながしもじんじゃ)は 『延喜式神名帳(927年編纂)』美濃國大野郡に所載の式内社です 御祭神「赤衾伊農意保須美比古佐和氣能命(あかぶすまいのおおすみひこさわけのみこと)」は『出雲国風土記』に登場する神とされ 同地区には 御祭神が夫婦神同士 祭礼が交互に行われるなど密接な関連の式内社 花長上神社も坐まします

多賀神社(三島市谷田)

多賀神社(たがじんじゃ)は もと三嶋大社 摂社の一つで 田川神社とも田河とも称された 2つの式内社「① 石徳髙神社(いはとくのたかの かみのやしろ)➁ 劔刀乎夜尓命神社(けむとをやにのみことの かみのやしろ)」の論社です

岩徳高神社(伊豆市徳永)

岩徳高神社(いわとくたかじんじゃ)は 境内に昭和50年頃まで樹齢約500年の年輪を数えたスギの大木があったという 昔から八軒の世襲の鍵取が決まっていて 当番の鍵取はその年一年は 毎月1日15日に献饌などの奉仕をし 氏子は蒜(ヒル)を栽培すると災いがおきるとの禁忌があり 今もその伝えは守られている

豆塚神社(伊豆の国市北江間)

豆塚神社(まめづかじんじゃ)は かつて石徳高命が降られたという雄徳山に式内社「石徳高神社」が祀られていました その後 狩野川が流路を西に変え 郷(依馬郷)が 江間と北條に二分されたので 鎮守も二社(当社と守山八幡宮)に分祀されたものと伝わります

守山八幡宮(伊豆の国市寺家)

守山八幡宮(もりやまはちまんぐう)は 1180年(治承4年)源頼朝公が 源氏再興を祈願して挙兵した時に本陣を張った北條郷の地で 辺りには北条氏の屋敷があり 源頼朝公は 襲い討った山木判官平兼隆の屋敷から火の手が上がるのをこの辺りから見たとされます

聖神社(伊豆市月ヶ瀬)

聖神社(ひじりじんじゃ)は 聖ヶ森に鎮座していた聖宮大明神を明治9年(1876)この社殿に合祀し主神として祀ったものです 最古の上梁文に永正9年(1512)のものがあり 村名に「槻瀬村」とあり 現在の地名『月ヶ瀬』の由来を示す者とされています

小坂神社(伊豆の国市)

小坂神社(伊豆の国市)は 明治6年(1873) に 地区内各所に祀られていた17の神社が合祀されました その中の一祠は 古来から葛城山の山頂に鎮座し 合祀当時は 山麓の寺に遷され小祠として祀られていた「葛城神社」〈式内社「倭文神社(しとりの かみのやしろ)」の論社〉です

Copyright© shrine-heritager , 2023 All Rights Reserved.