京都府

舩井神社(南丹市八木町船枝字才ノ上)〈『延喜式』舩井神社〉

舩井神社(ふないじんじゃ)は 創建は『和名抄』「三韓征伐の凱旋後 神功皇后が この地に住吉明神(舩井神社)を祀った」と伝わり 大堰川の辺「瀛居の社・太古の森(オコノモリ)」に鎮座していたが 慶雲2年(705)現在地に遷座 延喜式内社 丹波國船井郡 舩井神社(ふないのかみのやしろ)です 後 保延年間に春日四座の神を合祀

村山神社(亀岡市篠町森山先)〈『延喜式』村山神社〉

村山神社(むらやまじんじゃ)は 延喜式内社 丹波國桑田郡 村山神社(むらやまの かみのやしろ)と伝わります 社伝によれば「往古 社頭廣かりしも 兵燹にかかりて 焼失し 應永二十七年(1420)領主 渡邊六郎頼方 社殿を再興したることありと云ふ」と伝わり その頃八幡宮を勧請して 兩本殿が並立して祀られたとのこと

天穂日命神社(伏見区石田森西)〈『延喜式』天穂日命神社・石田神社〔大 月次新嘗〕〉

天穂日命神社(あめのほひのみことじんじゃ)は 『三代實録』貞觀四年(862)六月に官社に預り・神階を正六位上から從五位下を授った 式内社 山城國宇治郡 天穂日命神社(あめのほひのみことの かみのやしろ) 又鎮座地は『万葉集』に多く詠まれた名所「石田の森」にあった式内社 山城國久世郡 石田神社〔大月次新嘗〕とも云われます

石田神社(八幡市岩田茶屋ノ前)〈『延喜式』石田神社〔大 月次 新嘗〕〉

石田神社(いしだじんじゃ)は 社伝には 延暦六年(787)三月十一日 御神託「山科 石田神を久世郡石田に遷座せよ」があり当地に遷座したと云う 八幡市岩田には石田神社が当社と(八幡市岩田里)に2ヶ所あり どちらも延喜式内社 山城國久世郡 石田神社〔大 月次 新嘗〕(いはたの かみのやしろ)の論社となっています

石田神社(八幡市岩田里)〈『延喜式』石田神社〔大 月次 新嘗〕〉

石田神社(いしだじんじゃ)は 承應年中(1652~55年)火災に罹り 創立由緒などは不明ですが 鎮座地 八幡市岩田には2座の石田神社 当社(八幡市岩田里)と(八幡市岩田茶屋ノ前)があり どちらも延喜式内社 山城國久世郡 石田神社〔大 月次 新嘗〕(いはたの かみのやしろ)の論社となっています

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