和歌山県

朝椋神社(和歌山市鷺ノ森明神)〈『延喜式』朝椋神社〉

朝椋神社(あさくらじんじゃ)は 社傳には「神代 大國主命が伯耆國より難をさけ 紀伊國の大屋毘古神(伊太祁曽神)を訪れた時 此地に來くると「天つ空なほ明けやらで物の色さへ わからなかったので其地をさして朝暗(あさくら)と名付けた」と云う 延喜式内社 紀伊國 名草郡 朝椋神社(あさくらの かみのやしろ)です

須佐神社(有田市千田)〈『三代實録』湏佐神『延喜式』湏佐神社〔名神大月次新嘗〕〉

須佐神社(すさじんじゃ)は 和銅6年(713)大和国吉野郡 西川の峯より遷座〈伊太祁曽神社が現在地へ遷座と同日〉中雄山の山頂に海を向いて祀られた 海上を通る船舶が帆を下ろし敬意を表さないと転覆するなど御神威があり 海の見えない中腹〈現在地〉に遷ったと伝わります 延喜式内社 紀伊國在田郡 湏佐神社〔名神大 月次新嘗〕です

堅眞音神社(和歌山市神前)〈『三代實録』堅眞神『延喜式』堅眞神社〉

堅眞音神社(かたまおとじんじゃ)は 延喜式内社 紀伊國 名草郡 堅眞神社(かたまの かみのやしろ)とされる由緒ある古社です 天正の兵乱に荒廃して廃絶し 慶安三年(1650)石祠を建て再建 明治6年(1873)村社列格 明治40年(1907)鳴神社境内に遷座〔堅真音神社と合祀〕しましたが 近年この地にも再興されたものです

逆松社(和歌山市鳴神)〈延喜式内社 香都智神社の旧鎮座地〉

逆松社(さかさまつのやしろ)は 延喜式内社 紀伊國 名草郡 香都知神社(かつちの かみのやしろ)の旧鎮座地で 坂松明神と呼ばれていました 天正の兵乱に荒廃して廃絶しましたが 慶安三年(1650)石祠を建て 明治6年(1873)村社列格し 明治40年(1907)鳴神社境内に遷座〔堅真音神社と合祀〕されて現在に至ります

鳴神社(和歌山市鳴神)〈『三代実録』鳴神『延喜式』鳴神社〉

鳴神社(なるじんじゃ)は 古代 紀伊湊を開拓した紀伊忌部氏により創建された 延喜式内社 紀伊國 名草郡 鳴神社(名神大月次相嘗新嘗)(なるの かみのやしろ)とされます 又 境内には 二つの式内社〈香都知神社(かつちの かみのやしろ)・堅眞神社(かたまの かみのやしろ)〉の論社が境内社として祀られています

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