千葉県

下総国 式内社 11座(大1座・小10座)について

下緫国(しもふさのくに)の式内社とは 平安時代中期〈927年12月〉に朝廷により編纂された『延喜式神名帳(Engishiki Jimmeicho)』に所載される 下緫国の 11座(大1座・小10座)の神社です

上緫国 式内社 5座(大1座・小4座)について

上緫国(かずさのくに)の式内社とは 平安時代中期〈927年12月〉に朝廷により編纂された『延喜式神名帳(Engishiki Jimmeicho)』に所載される 上緫国の 5座(大1座・小4座)の神社です

下立松原神社(南房総市千倉町)

下立松原神社は 『古語拾遺〈大同2年(807年)〉』に記される神武天皇元年の安房開拓に纏わる忌部氏の伝承が残る古社です 鎌倉幕府を開いた源頼朝公が自らが書写した大般若経600巻を奉納しています 又 同名の下立松原神社が千倉町と白浜町にそれぞれ鎮座していて 双方ともに式内社の論社となっています

下立松原神社(南房総市白浜町滝口)

下立松原神社は 『古語拾遺〈大同2年(807年)〉』に記される神武天皇元年の安房開拓に纏わる忌部氏の伝承が残る古社ですが 同名の下立松原神社が白浜町と千倉町にそれぞれ鎮座していて 双方ともに『延喜式神名帳(Engishiki Jimmeicho)』(927年12月編纂)に所載の式内社の論社となっています

莫越山神社(南房総市沓見)

莫越山神社は 社伝には神武天皇元年 天富命が 阿波の忌部の諸氏を率いて安房に開拓の為 移り住んだ時 安房の東方の開拓をしたのが 天富命の孫 小民命(おたみのみこと)とその御子 御道命(みぢのみこと)です そして莫越山に手置帆負命を祀り 彦狭知命を合祀したと伝わります 式内社の論社としては ここ沓見と宮下の2社が挙げられます

莫越山神社(南房総市宮下)

莫越山神社は ご神体山〈莫越山〉の麓に遥拝所として造営され 往古境内は広大 神殿は壮麗でしたが 中世を経て荒廃したと社伝は云い 古代の祭祀遺跡が周辺に点在し 古くから信仰があることがわかります 式内社の論社としては ここ宮下と沓見の2社が挙げられます

天神社〈下立松原神社の境内〉(南房総市白浜町)

天神社は 下立松原神社の拝殿の向かって右側に鎮座します 高御産巣日神(タカミムスビノカミ)神産巣日神(カミムスビノカミ)を祀る式内社の論社で 本郷 谷(ヤツ)部落から昭和3年に下立松原神社本殿に合祀されました その後 昭和12年(1937)に改めて天神社を祀ったものです

洲宮神社(館山市洲宮)

洲宮神社は 現在の南側 魚尾山(トオヤマ)の上に鎮座していましたが 文永10年(1273)の火災により古書などを焼失して現在地へ遷座します 明治5年(1872)には 教部省が式内社と認定しますが 翌6年(1873)に洲崎神社を式内社であると覆し 式内社論争となります 両社とも近代社格制度では縣社に列格されました

安房國の式内社〈6座〉について

安房國の式内社とは 平安時代中期〈927年12月〉に朝廷により編纂された『延喜式神名帳(Engishiki Jimmeicho)』に所載されている 安房國の6座(大2座・小4座)の神社のことです

安房神社(館山市)

安房神社は 日本神話の有名な「天の岩戸」の前で 天照大御神の出現を願い祭祀(サイシ)を執り行った 天太玉命(アメノフトダマノミコト)を祀ります 天太玉命は 忌部氏の氏神であり 古代の大和朝廷では 忌部氏が 祭祀に必要な鏡や玉 神に捧げる幣帛や織物 威儀物の矛や楯など武具 社殿の造営などを司っていました 故に 日本における全ての産業の総祖神としても崇敬されています

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