大麻比古神社(鳴門市大麻町)阿波国一之宮とされる由緒ある古社

大麻比古神社は 阿波国を開拓した天太玉命の御孫 天富命(アメノトミノミコト)〈初代 神武天皇の御代が 忌部氏の祖神 天太玉命(アメノフトダマノミコト)を祀ったのに始まるとされます その後 猿田彦大神が合され 平安期には延喜式の名神大社として 中世以降は 阿波国一之宮とされる由緒ある古社です

目次

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1.ご紹介(Introduction)

 この神社の正式名称や呼ばれ方 現在の住所と地図 祀られている神様や神社の歴史について ご紹介します

【神社名(Shrine name

大麻比古神社Oasahiko Shrine)
おおあさひこじんじゃ

 [通称名(Common name)]

大麻(おおあさ)さま大麻(おおあさ)さん大麻(おおあさ)はん

【鎮座地 (Location) 

徳島県鳴門市大麻町板東字広塚13

 [  (Google Map)]

【御祭神 (God's name to pray)】

《主》大麻比古大神(Oasahiko no okami)
   猿田彦大神(Sarutahiko no okami)

【御神格 (God's great power)】(ご利益)

方除 If you pray to God, you can rule out the wrong direction
厄祓 Prayer at an age considered a milestone in life
交通安全 Pray to God not to have a traffic accident

【格  (Rules of dignity)

『延喜式神名帳Engishiki jimmeicho)所載社(名神大)
・ 阿波国一之宮Awa no kuni ichinomiya)
・ 別表神社

【創  (Beginning of history)】

阿波一宮 大麻比古(おおあさひこ)神社 御由緒

御祭神 大麻比古(おおあさひこ)大神・猿田彦大神

由 緒
 神武天皇の御代、天太玉命(あめのふとたまのみこと)の御孫 天富命(あめのみのみこと)勅命を奉じて洽く肥沃の地を求め、阿波国に到りまして、麻楮の種を播殖し、麻布木綿を製して殖産興業の基を開き、国利民福を進め給い、その守護神として太祖 天太玉命を此の地に斎き祀る。
大麻比古(おおあさひこ)神社は、太祖 天太玉命と猿田彦大神の御神徳を称えて奉った御社名と伝えられる。
 猿田彦大神は、昔 大麻(おおあさ)山の峯に鎮まり坐しが後世に至り 本社に合せ祀ると伝えられる。
延喜の制 名神大社に列し、阿波国一宮と称え、阿波、淡路両国の総産土神として崇め奉る。
清和天皇 貞観元年 従五位上を授け奉り、順次進階して中御門天皇 享保4年正一位に進み給う。斯く 朝廷の崇敬厚く、又 代々の国司領主の尊崇深く、神田山林を寄進、藩費を以って 社殿の造営を行い、年々祭費を奉らる。明治6 国幣中社に列す。
 明治13年国費をもって本殿以下の造営が行われた。現在の祝詞殿、内拝殿、外拝殿は昭和45年氏子崇敬者の寄進によって造営された。
 大麻比古(おおあさひこ)神社は、古来 方除、厄除、交通安全の神として霊験を授け給い 県内外の氏子崇敬者から「大麻(おおあさ)さま」「大麻(おおあさ)さん」「大麻(おおあさ)はん」と親しみをこめた御名で崇められ、厚い信仰が寄せられている。

祭礼及び特殊神事
  111 氏子崇敬者の奉仕によって 神輿の渡御 及び 獅子舞の奉納などの神賑がある。
奥宮例祭718 大麻(おおあさ)山頂に鎮座する奥宮 峯神社の例祭が行われ、氏子崇敬者の奉仕によって神幸祭が行われる。旧717日宵宮から18 早暁にかけて三回氏子崇敬者の安全を祈念する大祈祷祭が行われる。
神迎祭 旧正月元旦、2日、3日、本殿に於て旧正月の神事が行われる。
湯立神楽312 社務所前庭に湯竈を築き、忌火によって湯を立て、湯花を本殿に奉り、無病息災と五穀豊穣を祈念する。
神火大祭 2月節分当日 氏子崇敬者が願旨を記して奉納した祈祷木を神火によって焚き上げ、除災招福を祈願する。

参集殿ご案内

現地案内板より

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【由  (History)】

御由緒

天太玉命の神孫である天富命(あめのとみのみこと)は勅命を受け、肥沃の地を求め阿波国に到り、この地で麻植を播種し麻布木綿を精製した。その由緒により阿波地方の殖産産業の祖神として天太玉命(大麻比古大神)が奉斎された。大麻山の峰に鎮まっていた猿田彦大神を後世当神社へ合祀した。阿波国一宮として、古くより阿波・淡路両国の総氏神として崇敬された。

徳島県神社庁公式より
http://awa-jinjacho.jp/shrine/detail.html?id=662

大麻比古神社 オオアサヒコジンジャ

○県内一の大社として有名な神社です。阿波国の一宮として、古くより「おわさはん」として親しまれ、身近な存在として古くから崇拝されています。正月三が日には、23万人を超す初詣客で賑わいます。

○本殿裏手にある大麻山を、約90分(片道)ほど登った山頂に奥宮「峯神社」があります。天狗の容貌をした導きの神様と呼ばれる猿田彦大神(さるたひこおおみかみ)が祀られています。遙拝所は本殿の裏手にございます。

○境内には、本社を囲むように8つの末社があり、それぞれに神社をお祀りしています。
「豊受社」食の神様、「山神社」山の神様、「中宮社」耳が不自由であるという説があり、小づちをたたいて参拝する習わしがあります。「丸山神社」丸山古墳跡。土地の神様。「丸山稲荷社」商売繁盛の神様、「水神社」水の神様、「天神社」学問の神様・菅原道真公が祀られています。「西宮社」天照大神が祀られています。

○境内にはご神木の楠やドイツ橋があります。大楠の木樹齢は1000年と言われています。鳴門市の天然記念物に指定されています。また、もあります。

一般社団法人 鳴門市うずしお観光協会HPより
http://www.naruto-kankou.jp/spot/detail/150

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【境内社 (Other deities within the precincts)】

大麻山山頂に鎮座
峯神社《主》峯大〈津咋見命(ツグイミノミコト)〉

奥宮 峯神社 遙拝所〈境内〉

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境内参道の中央
・御神木「楠(クスノキ)」

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社殿域に鎮座
山神社《主》大山祇神
中宮神社《主》豊受大神
豊受神社《主》豊受大神

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境内南西方のの上に鎮座
鳴門神 海五国龍王神〈石祠〉
丸山神社《主》丸山神
丸山稲荷神社《主》倉稲魂命

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社務所裏に鎮座
水神社《主》水波女命

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境内西側椎尾谷川を渡ったに鎮座
西宮神社《主》天照大神

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参道の一の鳥居〈大鳥居〉付近
・御旅所(オタビショ)

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参道の一の鳥居〈大鳥居〉付近
天神社《主》菅原道真

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参道の一の鳥居〈大鳥居〉付近
野神社(No Shrine)《主》鹿江比売命(Kaehime no mikoto)阿波國 板野郡 鹿江比賣神社」の論社

『延喜式神名帳Engishiki Jimmeicho)(927年12月編纂)に所載
阿波國 板野郡 鹿江比賣神社」の論社です

・野神社〈大麻比古神社 末社〉

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【境外社 (Related shrines outside the precincts)】

八坂神社《主》素盞嗚命 〈鳴門市大麻町桧野神ノ北5〉

八幡神社《主》応神天皇 〈鳴門市大麻町津慈字宮ノ本154

長井長床神社《主》伊弉諾命 伊弉冊命 〈鳴門市大麻町板東永井〉

舞姫神社《主》天鈿女命 〈鳴門市大麻町板東牛ノ宮東〉

宇志比古神社・宇志比賣神社《主》大己貴命 少彦名命 阿波國 板野郡 宇志比古神社」の論社

『延喜式神名帳Engishiki Jimmeicho)(927年12月編纂)に所載
阿波國 板野郡 宇志比古神社」の論社です

・宇志比古神社・宇志比賣神社〈大麻比古神社 境外摂社〉

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この神社の予備知識(Preliminary knowledge of this shrine)

この神社は 由緒(格式ある歴史)を持っています

『延喜式Engishiki)』巻3「臨時祭」中の「名神祭」の条 285座

延喜式Engishiki)律令の施行細則 全50巻』〈平安時代中期 朝廷編纂

延喜式巻第3は『臨時祭〈・遷宮天皇の即位や行幸国家的危機の時などに実施される祭祀〉です
その中で名神祭Myojin sai)』の条に 国家的事変が起こり またはその発生が予想される際に その解決を祈願するための臨時の国家祭祀「285座」が記されています

名神祭における幣物は 名神一座に対して 量目が定められています

座別に
絁(アシギヌ)〈絹織物〉5尺
綿(ワタ)1屯
絲(イト)1絇
五色の薄絁(ウスアシギヌ)〈絹織物〉各1尺
木綿(ユウ)2兩
麻(オ)5兩

嚢(フクロ)料の薦(コモ)20枚若有り(幣物を包むための薦) 

大祷(ダイトウ)者〈祈願の内容が重大である場合

加えるに 
絁(アシギヌ)〈絹織物〉5丈5尺 
絲(イト)1絇を 布1端に代える

名神祭 二百八十五座
・・・・
大麻比古(オホアサヒコノ)神社 一座

天日鷲(アメノヒワシ)神社 一座
巳上 阿波国
・・・・

【原文参照】国立公文書館デジタルアーカイブス『延喜式巻3-4』臨時祭 名神祭 刊本(跋刊)[旧蔵者]紅葉山文庫

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『延喜式神名帳Engishiki Jimmeicho)(927年12月編纂)に所載
(Engishiki JimmeichoThis record was completed in December 927 AD.

延喜式Engishiki)律令の施行細則 全50巻』〈平安時代中期 朝廷編纂
その中でも910を『延喜式神名帳Engishiki Jimmeicho)といい 当時927年12月編纂「官社」に指定された全国の神社式内社の一覧となっています

「官社(式内社)」名称「2861
・「鎮座する天神地祇」数「3132座」

[旧 行政区分](Old administrative district)
(神様の鎮座数)南海道163座…大29(うち預月次新嘗10・さらにこのうち預相嘗4)・小134
[旧 国 名 ](old county name)
(神様の鎮座数)阿波国 50座(大3座・小47座)
[旧 郡 名 ](old region name)
(神様の鎮座数)板野郡 4座(大1座・小3座)
[名神大 大 小] 式内名神大社

[旧 神社 名称 ] 大麻比古神社(名神大)
[ふ り が な ]おほあさひこの かみのやしろ)
[Old Shrine name]Ohoasahiko no kamino yashiro) 

https://www.digital.archives.go.jp/DAS/meta/listPhoto?LANG=default&BID=F1000000000000004146&ID=M2014101719562090086&TYPE=&NO=画像利用
【原文参照】国立公文書館デジタルアーカイブス  延喜式 刊本(跋刊)[旧蔵者]紅葉山文庫

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【オタッキーポイント】Points selected by Japanese Otaku)

あなたが この神社に興味が湧くような予備知識をオタク視点でご紹介します

徳島名産の「すだち」と大麻山について

境内「心願鏡池」の畔に 徳島名産の「すだち」について 古老の伝え「大麻はん(大麻山)の見えんところでは「すだち」は育たん」案内板がありました

「すだち」

徳島県の名産「すだち」は 果皮、果汁が酸味を帯び、特有の芳香を放ち、昔から季節の味覚として料理に愛用されています。
古来 阿波の霊峯 大麻山の
見える所でしか産しないと言われ、大麻山には「すだち」の古木があると伝えられています。

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心願の鏡池ドイツ橋 について

第1次世界大戦のさなか、中国青島(チンタオ)の戦いで捕虜になったドイツ兵士 約千人が 大正6年から9年にかけて異郷の地 板東俘虜収容所に過ごした。
ドイツ兵士達が、遠い祖国を偲びながら1日も早く故国に帰れることを願いつつ当神域を散策し、記念のため境内に池を掘ってメガネ橋を配し、小谷にドイツ橋を架けた。
板東の地で、日々を送った兵士達は、地元の人々と国境を超えた暖かい友情で結ばれ、今も尚、日独友好の灯をともし続けている。以来70有余年を経て、この度 当神社では神池を拡張し、メガネ橋の周辺を整備して、「心願の鏡池」と命名した。
平成4年3月吉日 阿波国一の宮 大麻比古神社 社務所

現地案内板より

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ドイツ橋

1次世界大戦の際、中国の青島で捕虜となったドイツ兵953人が、大正6年から9年までの間、大麻町桧の板東捕虜収容所に収容されていました。この間地元の住民との間に”国境を越えた人間愛と友情”がめばえ、高い水準のドイツ文化が伝えられました。バターやチーズの製法、博覧会の開催、楽団による演奏会等地元の発展に大きく貢献しました。
帰国を前に記念として母国の土木技術を生かし近くで採れる和泉砂岩を使ってドイツ橋が造られました。

四国のみち 環境庁 徳島県

現地案内板より

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阿波国(アワノクニ)の一之宮(イチノミヤ)の変遷について

阿波国の一之宮 時代とともに変遷がありました

現在 一般には「阿波国一宮」 大麻比古神社をさして言いますが 大麻比古神社が 宮と称されるようになったのは中世以降のことで

その経緯
阿波国の古くから宮は 上一宮大粟神社(名西郡神山町)で
平安時代後期になり 国府の近くに 上一宮大粟神社分祀して 一宮神社(徳島市一宮町)が創建され 新一之宮となりました

やがて 足利幕府成立(1338)とともに阿波国 守護職(シュゴシキ)として細川氏(守護職在位13381582年頃が入府します 当時 敵対勢力としては新一之宮「一宮神社」の神職を世襲していた一宮氏がいます
細川氏としては 一宮神社に代わる新たな阿波国一宮としての地位を 崇敬する伝統的な社格(名神大社)を誇っていた大麻比古神社に与えていったと考えられています(14世記後半頃)

現在の阿波国一之宮と称されている神社は4つあります

式内・天石戸別八倉比売神社の論社が3神社と大麻比古神社です

・上一宮大粟神社(神山町)

・一宮神社(徳島市)

・天石門別八倉比賣神社(徳島市国府町)

・大麻比古神社(鳴門市大麻町)

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参道の入口には 朱色の大鳥居が建っていて 扁額と社号標には「大麻比古神社」と記されています

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この大鳥居のすぐ脇には 境内社の天神社《主》菅原道真公 が鎮座しています

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その天神社境内敷地内に 石の祠があり
野神社(No Shrine)《主》鹿江比売命(Kaehime no mikoto)

『延喜式神名帳Engishiki Jimmeicho)(927年12月編纂)に所載
阿波國 板野郡 鹿江比賣神社」の論社です

・野神社〈大麻比古神社 末社〉

境内社のお詣りを済ませてから 石灯篭が並び 木々に覆われたトンネルの様に参道が700~800mほど続いています その様子は「阿波のまほろば」と書かれた案内板の絵からもわかります

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その先には ご神橋の「祓川橋が架かり 大きな社号標には「阿波國一宮 大麻比古神社」と刻まれています
大麻比古神社Oasahiko Shrine)に参着

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祓川橋」を渡ると 再び鳥居が建っていて その先の境内が駐車場になっています

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駐車場の位置から見ると 境内は 更に高い檀にあって 少しづつ階段を上がるようになっています 境内の全体と背後の大麻山との境内図が掲示されています

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最初の階段の下には 前掛けのかわいい狛犬 が座していて 階段をあがった所に手水舎があり清めます

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そして その上の檀には 見事な御神木「楠」が生えています

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玉垣が廻されてい神域への 参道入口には 注連縄柱が建ち 社殿が見えてきます

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注連縄手前で一礼をして ご神域進み 拝殿へ向かいます 拝殿の左右手前には玉垣に囲まれて 狛犬が座しています 玉垣には賽銭箱もあり お詣りをします

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賽銭をおさめ お祈りをします
ご神威に添い給うよう願いながら礼 鎮まる御祭神に届かんと かん高い柏手を打ち 両手を合わせ祈ります

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境内社にお詣りをしながら 本殿の周りを一周します 本殿の真裏にも拝み処があり 改めてお詣りをします

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授与所に立ち寄り 授与を受けてから 神域を振り返り 一礼をします

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再度 御神木でお詣りをして 参道を戻ります

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神社の伝承(A shrine where the legend is inherited)

この神社にかかわる故事や記載されている文献などをご紹介します

『古語拾遺(kogojui)』〈大同2年(807年)〉に記される伝承

社伝に「神武天皇の御命令を受け 天富命(下の宮 御祭神)が 肥沃な土地を求め 最初は阿波国(現徳島県)に上陸 そこに麻や穀(カジ=紙などの原料)を植えられ開拓を進めた」と記されるのと同様の内容が『古語拾遺』記されています

『古語拾遺』では 更にその後 天富命は 更に肥沃な土地を求めて 阿波国に住む忌部氏の一部を引き連れて海路黒潮に乗り 房総半島南端に上陸され ここにも麻や穀を植えられましたとあり 阿波(アワ)徳島忌部(いんべ)氏が 海を渡ってたどり着き 安房(アワ)〈南房総〉となったと記されています〈関連する部分は太字表記〉

【意訳】

神武天皇東征の条

神武天皇が東征を行う年になりました
大伴氏の遠祖の日臣命(ヒノオミノミコト)は 督将イクサノキミの元戎オオツワモノを率いて兇渠アタドモなぎ払い 命の功績に片を並べる者は無かった

物部氏の遠祖の饒速日命(ニキハヤヒノミコト) 虜(アタ)〈を殺し 衆人を率いて 官軍〈神武天皇〉に帰順した 忠誠の効を殊に褒めて寵愛(ミメグミ)された

大和氏の遠祖の椎根津彦(シイネツヒコ) 皇船を迎え導いたので 香山(カグヤマ)香具山の嶺に残しました

賀茂縣主(カモノアガタヌシ)の遠祖の八咫烏(ヤタガラス) 宸駕(ミユキ)天皇乗り物を導いたので菟田(ウダ)の道に御璽を顕し 妖気は 既に晴れて また風塵も無く 都を橿原に建てて帝宅(オオミヤ)を作りました

天富命(アメトミノミコト)太玉命の孫〉が 手置帆負(タオキホオイ)と彦狹知(ヒコサシリ)の2柱の神の孫を率いて 斎斧(イミオノ)・斎鉏(イミスキ)を持ち 始めて山の木を採り 正殿(ミアラカ)を作り建てました

所謂 底津磐根(ソコツイワネ)に太い宮柱(ミヤハシラ)を建てて 高天原に届くほど高く御殿を造られた その末裔は今 紀伊国(キイノクニ)の名草郡の御木(ミキ)・麁香(アラカ)の二郷に居ます[古くは正殿(ミアラカ)を麁香(アラカ)と言う]
材を採取する斎部の居る所を 御木(ミキ)と言い 正殿(ミアラカ)を造る斎部の居る所を麁香(アラカ)と言うのはそのしるしで

また 天富命(アメノトミノミコト)に命じて 斎部の諸氏を率いて 種々の神宝・鏡・玉・矛・楯・木綿・麻等を作らせ
櫛明玉命(クシアカルタマノミコト)の孫は 御祈玉(ミホタマ)りました[古くは美保伎玉(ミホタマ)と言い意味は祈祷で

その末裔は 今は出雲の国に居ます 年毎に調物(ミツギモノ)とその玉を奉納します
天日鷲命(アメノヒワシノミコト)の孫が造る木綿・麻・織布(アラタヘ)を作ります[古くは 阿良多倍(アラタヘ)と言う]

天富命(アメノトミノミコト) 天日鷲命の孫を率いて肥沃な土地を求めて 阿波国(アワノクニ)に遣わして 穀・麻種を植えた その末裔は 今は彼の国に居る。 大嘗(オオニエ)の年に 木綿・麻布・種々の蓑を貢ぎ奉った
故に郡の名を 麻殖(エ)としたのはこれが元で

天富命(アメノトミノミコト) 更に肥沃な土地を求めて阿波の斎部を分けて 東の国に率いて往き (アサ)・穀(カジ)の種を播き殖き 良い麻が生育した 故にこの国を總国(フサノクニ)と言う (カジ)木の生育したところは これを結城郡(ユフキノコオリ)と言いいます[古くは麻を總(フサ)と言い 今の上總・下總の2国がこれで

阿波の忌部が居るところを 安房郡(アワノコオリ)と云う[今の安房国がこれで

天富命(アメノトミノミコト) やがてその地に太玉命(フトダマノミコト)の社(ヤシロ)を建てた 今は安房社(アワノヤシロ)と言いいます その神戸(カムベ)に斎部氏が在ます
また 手置帆負命(テオキホオヒノミコト)の孫は 矛竿(ホコサオ)を作りました その末裔は  別れて讃岐の国に居ます 年毎に調庸(ミツキモノ)の他に八百竿(ヤオサオ)を奉ります 是はその事のしるしで

皇天(アマツカミ)2柱の(オヤ)の詔(ミコトノリ)のままに 神籬(ヒモロキ)を建て 所謂 高皇産霊(タカミムスビ)神皇産霊(カミムスビ)魂留産霊(タマツメムスビ)生産霊(イクムスビ)足産霊(タルムスビ)大宮賣神(オオミヤメノカミ)事代主神(コトシロヌシノカミ)御膳神(ミケツノカミ)[巳上、 は 御座(ミカナギ)の斎祭るところで
櫛磐間戸神(クシイワマドノカミ)豊磐間戸神(トヨイワマドノカミ)[巳上 は 御門(ミカド)の巫(カナギ)斎祭るところで
生嶋(イクシマ)[是は大八州(オオヤシマ)の霊(ミタマ)  生嶋の巫(カナギ)斎祭るところで
坐摩(イカスリ)[是は 大宮地(オオミヤドコロ)の霊(ミタマ) は 坐摩の巫(カナギ)斎祭るところで
日臣命(ヒノオミノミコト)大伴氏の先祖の神 来目部(クメベ)を率いて 宮門(ミカド)を守り その開閉を掌る 饒速日命(ニギハヤヒノミコト)は 内物部(ウチモノノベ)宮廷内の物部氏を率いて楯を造りそのもの既に備えた

天富命(アメノトミノミコト) 諸斎部を率いて 天璽(アマツシルシ)の鏡と剣を捧げ持ち 正殿(ミアラカ)に安置して共に瓊玉(タマ)を懸けて その幣物(ミテグラ)を陳列して 殿祭(オオトノホカイ)宮殿の安泰を願うの祝詞した[その祝詞の文は別巻にあります
次に宮門(ミカド)を祭る[その祝詞の文もまた別巻にあります
しかる 物部は楯を立て 大伴来目は (ツワモノ)を建てて 門を開け 四方の国に朝廷と天位の貴い事を示させた

この時に帝〈神武天皇〉と神の距離は遠くなく 同じ殿(オオトノ)で床を共にされていて 是を常とされていまし 故に神物(カンダカラ)も官物(ミヤケノモノ)天皇の所有物も未だ分別されていません 宮内に蔵を建て 斎蔵(イミクラ)と名付けて 斎部氏を永くその職に任じた

 また
天富命(アメノトミノミコト)太玉命の孫 物を作る諸氏を率いて大幣オオミテグラを作らせた
天種子命(アメノタネコノミコト)天児屋命の孫 天罪国罪(アマツツミクニツツミ)解除(ハラ)わせた[所謂 天罪(アマツツミ)とはすでに説明し終わっています 国罪(クニツツミ)とは 国中の人民(ヒトクサ)が犯した罪の事で有る 中臣の(ハラヘ)の詞(コトバ)にある]

即ち 鳥見山(トミノヤマ)の山中に祭り所を建て 天富命が幣(ミテグラ)を列して 祝詞(ノリト)をして 皇天(アマツカミ)祀り 群望(クニツカミ)様々な山や川の神々を祀り 神祇(アマツヤシロクニツヤシロ)の恩(ミウツクシビ=恩恵)に答えます 是ゆえに中臣・斎部の二氏は 伴に祠祀に関する職を掌った 猿女君(サルメノキミ)の氏は 神楽の事により仕えた
この他の諸氏も各々の職があった

【原文参照】国立公文書館デジタルアーカイブ『訂正古語拾遺』選者:斎部広成 大同2年(807年)編纂/校訂者:猿渡容盛 刊本,明治02年,木村正辞
https://www.digital.archives.go.jp/DAS/meta/listPhoto?LANG=default&BID=F1000000000000047473&ID=&TYPE=&NO=画像利用

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『日本三代実録(Nihon Sandai Jitsuroku)』〈延喜元年(901年)成立〉に記される伝承

貞観元年(859)正月に 日本中の神々「京畿七道諸神」に 総267社に神階を奉授し その中に 阿波国の2神が記されていて
その後も 神階を奉授しが記されています

【抜粋意訳】

貞観元年(859)正月甲申27日)の

京畿七道諸神 進レ階及新叙 惣二百六十七社 奉レ授二・・・・・・・・
・・・・
・・・・

阿波国(アワノクニ)
従5位下
大麻比古神(オホアサヒコノカミ)

忌部天日鷲神(イムヘアメノコワシノカミ)

並びに 従5位上
・・・・・
・・・・・

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【抜粋意訳】

貞観9年(867)4月23日 壬辰の条

阿波国(アワノクニ)
従5位上

葦稲羽神(アシイナバノカミ)
大麻比古神(オホアサヒコノカミ)

並びに 授(サズ)くに 正5位下

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【抜粋意訳】

元慶2年(878)4月14日 己卯の条

授(サズ)くに
阿波国(アワノクニ)正5位上
大麻比古神(オホアサヒコノカミ)
従4位下

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【抜粋意訳】

元慶7年(883)11月1日 甲子朔日の条

陰陽寮(オンミョウリョウ)奏す
御暦を併せ進領暦を於いて太政官例なり

授(サズク)に
阿波国(アワノクニ)従4位下
大麻神(オホアサノカミ)に 従4位上を

【原文参照】国立公文書館デジタルアーカイブス『日本三代実録』延喜元年(901年)成立 選者:藤原時平/校訂者:松下見林 刊本(跋刊)寛文13年 20冊[旧蔵者]紅葉山文庫
https://www.digital.archives.go.jp/DAS/meta/listPhoto?LANG=default&BID=F1000000000000047721&ID=M2014093020345388640&TYPE=&NO=画像利用

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『神名帳考証土代(Jimmyocho kosho dodai)』〈文化10年(1813年)成稿〉に記される伝承

式内社「阿波国 勝浦郡 阿佐多知比古神社」「伊豆国 田方郡 大朝神社」との関連性を示唆しています

【意訳】

大麻比古(オホアサヒコノ)神社 名神大

〇今 坂東村アキ田村
〇石見那賀郡 大麻山神社

〇伝え云う 国人みな 田昆古神なりと云うとぞ
〇信友云う(永万記)大鹿社とあるは 大麻比古神社 欲さらは鹿は麻の誤り

三実
貞観元年(859)正月甲申27日)の・・・従5位上

貞観9年(867)4月23日 壬辰の条・・・正5位下

元慶2年(878)4月14日 己卯の条・・・従4位下

〇勝浦郡 阿佐多知比古神社
 伊豆国 田方郡 大朝神社

【原文参照】国立公文書館デジタルアーカイブ『神名帳考証土代』(文化10年(1813年)成稿)選者:伴信友/補訂者:黒川春村 写本 [旧蔵者]元老院
https://www.digital.archives.go.jp/DAS/meta/listPhoto?LANG=default&BID=F1000000000000039328&ID=M2018051416303534854&TYPE=&NO=画像利用

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『阿波志(awashi)』〈文化12年(1815)全12巻〉に記される伝承

祠廟の条に記されます 現在の大麻比古神社の境外社「長井長床神社舞姫神社宇志比古神社・宇志比賣神社」が傍に有る祠として記されています

【抜粋意訳】

大麻比古祠

延喜式為 名神大祀 月次新嘗 並び 祭国司 祈年祈雨 皆 興す焉

在は 坂東山上

三大実録
貞観元年(859)正月甲申27日)の・・・従5位上
貞観9年(867)4月23日 壬辰の条・・・正5位下
元慶2年(878)4月14日 己卯の条・・・従4位下
元慶7年(883)11月1日 甲子朔日の条・・従4位上

その傍に有り 牛官 舞官 長床長井等の祠

【原文参照】国立公文書館デジタルアーカイブ 『阿波志』著者:佐野憲 文化12年(1815年)全12巻[旧蔵者]教部省 写本 ,明治
https://www.digital.archives.go.jp/DAS/meta/listPhoto?LANG=default&BID=F1000000000000002320&ID=M2018051415051134342&TYPE=&NO=画像利用

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『神社覈録(Jinja Kakuroku)』〈明治3年(1870年)〉に記される伝承

祭神について「大麻彦と称し 国津神なるべし」と記しています

【意訳】

大麻比古神社 名神大

大麻は 於保安佐と訓ずべし 比古は仮字なり

〇祭神 明らかなり
一宮記 頭注等云う 大麻彦は猿田彦神
平田篤胤云う 決めて 天日鷲命なりと云えり
共に信じがたし

今 按〈考えるに〉
これは 大麻彦と称し 国津神なるべし

〇坂東村に在す 当国神社帳

〇式三巻 名神祭285座 
中略 阿波国 大麻比古(オホアサヒコノ)神社 一座

〇当国 一之宮なり
〇永萬記云う 大麻社

神位 三代実録
貞観元年(859)正月甲申27日)の・・・従5位上
貞観9年(867)4月23日 壬辰の条・・・正5位下
元慶2年(878)4月14日 己卯の条・・・従4位下

雑事
朝野群載云う 永暦4年6月10日 秦亀卜 御體御卜 中略 阿波国に坐すに 大麻神 云々 社司等 過ぎる依り 穢神事 祟り給い
遣い使科に中祓い可命 祓い清め奉仕事 下略 
宮主 正6位上 行少祐卜部宿祢兼宗中臣 従6位下 行大祐 大中臣惟

【原文参照】国立公文書館デジタルコレクション『神社覈録』著者 鈴鹿連胤 撰[他] 出版年月日 1902 出版者 皇典研究所
https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/991015『神社覈録』1 『神社覈録』2

『特選神名牒(Tokusen Shimmyo cho)』〈明治9年(1876)完成〉に記される内容

祭神を大麻比古(オホアサヒコノ)と記しています

【意訳】

大麻比古(オホアサヒコノ)神社 名神大

祭神 大麻比古(オホアサヒコノ)
今 按〈考えるに〉
一宮記 神名帳頭注に大麻比古神社は 猿田彦神とあれど 疑わしい
古来伝に この社は 大麻山と云うに在りと云えり しかれば大麻と

云うのは 麻を植えたる由にて 山名もこれ謂(イエケ)れによりて負う所と思う
出雲国風土記に青幡佐草日古命 於いて髙麻山の上 その御魂坐すなり
又 この神の坐す所 於いて今云う 大草と云える 故事をも思い合わすべし
又 式に勝浦郡に 阿佐多知比古神社とあるも この神なるべしとて天日鷲神 津咋見神 穀木種殖以って作り 白和幣 この木は綿なり 己上二物一夜蕃茂なり とあるによりての説なるけれど 
安房忌部系図に 天日鷲神の子 大麻比古命 又の名を 津咋見命ともみえたるによれば 津咋見命ならん 疑楢よく考ふべし

神位
清和天皇
貞観元年(859)正月甲申27日)の・・・従5位上
貞観9年(867)4月23日 壬辰の条・・・正5位下

陽成天皇
元慶2年(878)4月14日 己卯の条・・・従4位下
元慶7年(883)11月1日 甲子朔日の条・・従4位上

祭日 9月12日
社格 國幣中社
所在 坂東村 大麻山(板野郡坂東村大字坂東)

【原文参照】国立公文書館デジタルコレクション『特選神名牒』大正14年(1925)出版 磯部甲陽堂
https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/971155『特選神名牒』

大麻比古神社Oasahiko Shrine) (hai)」(90度のお辞儀)

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