東京都

國吉神社(いすみ市苅谷)& 出雲大社上総教会

国吉神社(くによしじんじゃ)は 今から1500年前の昔 この地を治めていた伊甚国造(いじみのくにのみやつこ)が 春日皇后に屯倉(御料地)を献上し 勅使を迎える為の仮屋を設けた跡地に 伊甚国造の祖である天穂日命(出雲国造の祖)と建比良鳥命が仕えた大国主命の御子神である健御名方命をまつり鎮守神としたものです

羽黒三田神社(奥多摩町氷川)

羽黒三田神社は 社伝によると「貞観二年(860)出雲国の人 土師連行行基が東国に下向し 御嶽山に詣り神告を得て 当地に高皇産霊神 少彦名神の二神を祀り 穴澤天神と号した」と伝わり式内社の論社です その後 永禄九年(1566)六月 穴澤天神の社内に羽黒権現が合祀されましたが 今は 羽黒権現を本殿とし 穴澤天神が合殿となっています

穴澤天神社(あきる野市深沢)

穴澤天神社(あきる野市深沢)は 式内社「武藏國 多磨郡 穴澤天神社」の論社「棚澤天神」ではないかとの誤説もあるようですが 棚澤天神は 奥多摩町棚澤に鎮座しています この神社は 深澤村の各神社を合祀した同名の参考神社として ご紹介します

穴澤天神社(稲城市矢野口)

穴澤天神社は 社伝によれば 第6代 孝安天皇4年(紀元前389年頃)の創建 主祭神は少彦名命を御祀りした社と伝わり 『延喜式神名帳(Engishiki Jimmeicho)』(927年12月編纂)に所載の式内社と比定されている大変由緒ある神社です

虎狛神社(調布市佐須町)

虎狛神社は 今から1430年以上前の崇峻天皇2年(589年)8月に創建され 農業の神様である大歳御祖神(オオトシミオヤノカミ)がお祀りされ祭事が始まったと伝えられています 『延喜式神名帳(Engishiki Jimmeicho)』(927年12月編纂)に所載の「武蔵国 幡羅郡 虎柏神社」の論社の一つです

虎柏神社(青梅市根ヶ布)

虎柏神社は 『延喜式神名帳(Engishiki Jimmeicho)』(927年12月編纂)に所載の「武蔵国 幡羅郡 虎柏神社」の論社です 社伝によれば 第10代 崇神天皇の御代に勅祭された これを創建とし 天慶3年(940)に平将門征伐の源経基が 相殿に諏訪神社を勧請し 天正18年(1590)木村常陸介 浅野弾正少弼が 当社の由来を記したとされます

小野神社(多摩市)

小野神社は 『延喜式神名帳(Engishiki Jimmeicho)』(927年12月編纂)所載の論社です 式内社の小野神社は 武蔵国一之宮ともされています ただし 多摩川を挟んで南北に各々に小野神社が鎮座しており 当神社は南岸で もう一方は 北岸にあたる府中市に鎮座します これは多摩川が氾濫を繰り返し 都度 遷座も繰り返されて2社に別れたとも 北岸には旧址があり本社とし 南岸は分祠であるとも云われています

二宮神社跡(伊波乃比咩命神社 旧鎮座地)

二宮神社跡は 伊波乃比咩命神社の 旧鎮座地です 三宅島では 度重なる火山活動によって 多くの神社で遷座が繰り返されています 当神社も 当初の鎮座地「坪田観音(Tsubota kannon)」から 坪田村小倉山「当地〈二宮神社跡〉」に遷座して 現在は 二宮神社(三宅島 坪田)に合祀されています

若宮神社(三宅島 阿古)

若宮神社は 阿古地区にあるスコリア丘〈噴石丘〉の頂上に鎮座しています
三島大明神の随神「若宮(Wakamiya)」が祀られています この随神4柱を祀る神社を通称「四社の宮」と云います おそらく この「若宮(Wakamiya)」の元宮が鎮座していた場所(噴火の為不明)だと思います

坪田観音【旧蹟 伊波耶観音神社】(三宅島 坪田)

坪田観音は『延喜式神名帳(engishiki jimmeicho)』(927年12月編纂)に所載の由緒(格式ある歴史)を持っています 現在は「二宮神社(坪田)」に合祀されている「伊波比咩命神社(Iwahime no mikoto no kaminoyashiro)」の当初の鎮座地であると云われいています「伊波耶観音神社」の旧蹟です 

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