荒船神社 里宮(下仁田町)

荒船神社 里宮(下仁田町)は 荒船山の北東麓にあたる相沢登山口に 里宮(山頂の奥宮に対する)として鎮座しています 山頂の荒船神社(arafune shrine)は 一之宮 貫前神社(ichinomiya nukisaki shrine)の元の鎮座地とも云われて深い関係があります

1.ご紹介(Introduction)

 この神社の正式名称や呼ばれ方 現在の住所と地図 祀られている神様や神社の歴史について ご紹介します

【神社名(shrine name)】

  荒船神社 里宮(arafune shrine)(Village shrine)(下仁田町)
 (あらふねじんじゃ さとみや

 [通称名(Common name)]

 【鎮座地 (location) 】

群馬県甘楽郡下仁田町大字南野牧8786

 [地 図 (Google Map)]

【御祭神 (God's name to pray)】

《主》経津主神(futsunushi no kami)

《配》大山津見命・大日孁命・建御名方命
  ・菅原道眞 ・國常立命・迦遇突知命
  ・須佐之男命・火産靈命・金山毘古神
  ・伊斯許理度賣命・宇迦之御魂命・市杵嶋比賣命
  ・誉田別命 ・保食命 ・罔象女命
  ・味耜高彦根命・大國主命・日本武尊
  ・煩大人神 ・波迩夜須比賣神・天椹野命

【御神格 (God's great power)】

【格 式 (Rules of dignity) 】

【創 建 (Beginning of history)】

天武天皇 白鳳二年(662)の勧請『北甘楽郡郷土誌』

【由 緒 (history)】

 【境内社 (Other deities within the precincts)】

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この神社の予備知識(Preliminary knowledge of this shrine)

荒船神社(arafune shrine)は 由緒(格式ある歴史)を持っています
『北甘楽郡郷土誌』に 第40代天武天皇 白鳳二年(662)の勧請とされていて 約1360年程前の創建です

荒船大明神(arafune daimyojin)について

群馬県甘楽郡下仁田町と長野県佐久市に跨る「荒船山(1423m)」をご神体山として祀る神社で 荒船山頂には 石祠「奥宮」が鎮座しています

その山容は 荒波を割って進む船を思わせることから その名が付けられたと云われています 頂上部が南北約2km東西約400mの平坦な台地のような安山岩が切り立っている崖となっています

群馬県・長野県には 荒船山の名を冠した社寺等が いくつもあります
荒船神社 里宮(下仁田町)は 荒船山の北東麓にあたる相沢登山口に里宮(山頂の奥宮に対する)として鎮座しています

長野県側にも別の里宮(荒舩山神社)がありますが 御祭神は違います
群馬県側の里宮 当社は「経津主神(futsunushi no kami)」
長野県側の里宮 荒舩山神社は「建御名方命(takeminakata no mikoto)」を祀ります

荒船山には 神代に この2柱の神が互いに争い激しい戦闘があったと伝えています
この2柱の神が 陣営を張った場所が 群馬側と長野側に別れていて 現在でも そのままの配置で祀られていることに感慨深いものがあります

[日本名蹟図誌]には
「経津主命(大和朝廷方)と建御名方命(国津神方)と神戦あり千曲川の水が七日間血に染まった」とあり この図誌からも佐久は激戦地だったと推定されます

荒舩山神社 里宮(佐久市)の記事もご覧ください

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神社にお詣り(Pray at the shrine)

この神社にご参拝した時の様子をご紹介します

上信電鉄上信線 下仁田駅から R254号経由 約13.5km 車20分程度
R254号 旧道に南面して鎮座します

荒船神社 里宮(arafune shrine)(下仁田町) に到着

赤鳥居が建ち 左脇の社号標に「荒船神社」とあります

鳥居の右手前に手水舎があり 清めてから 一礼して鳥居をくぐります
杉の巨木に挟まれた階段の先に社殿が見えます 

杉の巨木に挟まれて石灯篭の足元に「首に赤い襷を掛けた細い小さな狛犬」が構えています

階段を10段程登ると御神木の「夫婦杉(推定400年 樹高36m 幹周8.6m)」が立ち 根元には注連縄が廻らされていて「石祠」が祀られています

参道階段を上ると白いコンクリート造の社殿が建ちます
拝殿にすすみます 

賽銭をおさめ お祈りです
ご神威に添い給うよう願いながら礼 鎮まる御祭神に届かんと かん高い柏手を打ち 両手を合わせ祈ります

白い拝殿の屋根は瓦葺で その後方に 本殿が鎮座します

境内を後に階段を下り 鳥居をくぐり 振り返り一礼

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神社の伝承(Old tales handed down to shrines)

この神社にかかわる故事や記載されている文献などをご紹介します

『上野国志(kozuke no kokushi)』に記される伝承

抜鉾大明神(nukihoko daimyojin)「一之宮 貫前神社(ichinomiya nukisaki shrine)」の最初の鎮座地だと記しています

原文
「 荒船宮 西牧、信州の界上にあり、上州西畔の最高山なり、状ち屋宇の如く、山上平なり、故に搏風(はふ)山といふ、其平かなる事砥の如し、故に又砥山とも云ふ、これ抜鉾大明神 最初の鎮座地なりと云、菖蒲池と云処もあり(尭恵の紀行に、白雲山、并あら舟の御社みゆと云へり、菖蒲池綾女に作るべし、一宮、小幡のあたり、総て綾女庄と云)」とあります

参照『上野国志』著者 毛呂権蔵 (義郷) 出版者 環水堂 出版年月日 明43.9
国立国会図書館デジタルコレクションhttps://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/763813/162

『北甘楽郡郷土誌(kitakanragun kyodoshi)』に記される伝承

原文
「 荒船神社 南野牧村字里宮にあり、天武天皇白鳳二年[662]の勧請にして、経津主神を祭る」とあります

参照『北甘楽郡郷土誌』著者 小竹春雪 編 出版者 精美堂 出版年月日 大正6
国立国会図書館デジタルコレクションhttps://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/956372/67

荒船山の北東麓にあたる相沢登山口に里宮(山頂の奥宮に対する)として鎮座しています

荒船神社 里宮(arafune shrine)(下仁田町)に「拝 (hai)」(90度のお辞儀)

一之宮 貫前神社(ichinomiya nukisaki shrine)の記事をご覧ください

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