岐阜県

村国神社(各務原市)

村国神社は 社伝によれば 飛鳥時代(592~710年)この地一帯を治めていた村国氏の祖が天之火明命(ameno hoakari no mikoto)と御子 石凝姥命(ishikoridome no mikoto)を御祭神として創建したと伝えます その後「壬申の乱(jinshin no ran)」(672)で勲功のあった村國連男依が 祭神としてこの神社に祀られました

村国神社 御旅所(各務原市)

村国神社 御旅所は 『延喜式神名帳(engishiki jimmeicho)』には 美濃国各務郡の村國神社 二座とあり 一座は村国神社で もうひとつの一座が 村國連男依命の墳墓の地と云われている 現在の御旅所になります

村国真墨田神社(各務原市)

村国真墨田神社は 「美濃国一之宮の南宮大社」と「尾張国一宮の真清田神社」を合祀し その後 天武元年(672)に起こった壬申の乱で 功績をあげた村国男依(murakuni no oyori)を 祭神として合祀した由緒があり 『延喜式神名帳(engishiki jimmeicho)』(927年12月編纂)の美濃国各務郡の村国真墨田神社に比定されています

日子坐命御陵墓(伊波乃西神社 旧鎮座地)

日子坐命御陵墓は 第9代「開化天皇」の第三皇子「日子坐王(hikoimasu no mikoto)」の王陵として 宮内省より 明治8年(1875)に「日子坐王陵」と認定されました その為 この地に鎮座していた「伊波乃西神社」は 現在の鎮座地である 清水山の麓に遷宮しました この地は 伊波乃西神社の旧鎮座地となります

飛騨一宮 水無神社(高山市一之宮町)【後編】

水無神社(高山市)は 飛騨國一之宮として 諸願成就を祈る人の姿が絶えず 飛騨高山一円の里人が「心の拠り所」として信仰しています  御祭神は 「水無大神(minashi no okami)」として 主祭神と十四柱の相殿神を奉祀しています 

飛騨一宮 水無神社(高山市一之宮町)【前編】

水無神社(高山市)は 飛騨國一之宮として 諸願成就を祈る人の姿が絶えず 飛騨高山一円の里人が「心の拠り所」として信仰しています  御祭神は 「水無大神(minashi no okami)」として 主祭神と十四柱の相殿神を奉祀しています 

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