鳥取県
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高野神社(岩美郡岩美町延興寺)〈『延喜式』髙野神社〉
高野神社(たかのじんじゃ)は 延喜式内社 因幡國 巨濃郡 髙野神社(たかのの かみのやしろ)の論社 因幡誌に「昔 二上山の南の尾髙野坂にありしを中古この地に遷す」とあり 近世まで「鐘撞大明神」と称した 明治元年〈若一王子 國常立尊〉〈神明宮 天照大神〉〈八幡宮 誉田別命〉〈神位社 倉稲魂命〉の4柱を合祀し高野神社と改称
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美歎神社(鳥取市国府町美歎)〈『三代實録』美歎神『延喜式』美歎神社〉
美歎神社(みたにじんじゃ)は 『三代實録』貞観十六年(八七四)「因幡国従五位下 美歎神に従五位上を授く」とあり 又『延喜式』因幡國 法美郡 美歎神社(みたにの かみのやしろ)です 元々は昔 因幡山の頂上付近 屋敷鳴に氏神として祀られていたが 金内(屋敷谷)に移転更に現在地に奉遷されたと云う
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中臣崇健神社(鳥取市古郡家西土居)〈『延喜式』中臣崇健神社〉
中臣崇健神社(なかとみたかたけじんじゃ)は 古くより本殿を設けず 石玉垣を神座とする珍しい神社 祭神は大物主命 鎮座地は三輪郷内であり 社がないことから 大和国の大三輪(大神神社)との関わりが示唆されます 延喜式内社 因幡國 邑美郡 中臣崇健神社(なかとみたかたけの かみのやしろ)の論社です
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倭文神社(鳥取市倭文)〈延喜式内社 倭文神社〉
倭文神社(しとりじんじゃ)は 倭文(しとり/しづり)」とも読み「しづ織り」という絹織物のことを指し 機織り(はたおり)を業(なりわい)とする倭文部の民がこの地に居住し 祖神「倭文神・建葉槌命(たけはづちのみこと)」を奉斎したと伝わる 延喜式内社 因幡國 高草郡 倭文神社(しとりの かみのやしろ)です
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服部神社(鳥取市福部町海士)〈三代實錄 服部神・延喜式内社 服部神社〉
服部神社(はっとりじんじゃ)は 『續日本紀』元明天皇 和銅五年(712)秋七月の条に因幡国にて綾錦を織られたと記載があり その頃の創立と思われ 又『三代實録』貞観十六年(874)五月の条に服織神 從五位上と神階の奉授が記される国史見在社であり 式内社 因幡國 法美郡 服部神社(はとりのかみのやしろ)でもあります




