八剱神社(諏訪市)

八剱神社は 諏訪の七不思議の第一にあげられる「諏訪湖の御渡り」諏訪明神建御名方命(タケミナカタノミコト)」 下社の女神「八坂刀売命(ヤサカトメノミコト)」のもとへ訪れに氷の上を渡られた跡といわれ〉これを定める「御渡り拝観という特殊神事を守り伝えています 天和3年(1683)以降の御渡り拝観の記録「御渡り帳」が今日まで書き継がれています 天正18年(1590)高島築城に際し城地にあった八剱神社と高島村は現在地に遷されました 

1.ご紹介(Introduction)

 この神社の正式名称や呼ばれ方 現在の住所と地図 祀られている神様や神社の歴史について ご紹介します

【神社名(Shrine name

八剣神社Yatsurugi Shrine)
やつるぎじんじゃ

 [通称名(Common name)]

【鎮座地 (Location) 

長野県諏訪市小和田13-18

 [  (Google Map)]

【御祭神 (God's name to pray)】

《主》八千矛神Yachihoko no kami)
 ※大国主命(okuninushi no mikoto)の別称

》日本武尊Yamatotakeru no mikoto)
》誉田別尊Homutawake no mikoto)

【御神格 (God's great power)】(ご利益)

【格  (Rules of dignity)

諏訪大社 上社 摂社

【創  (Beginning of history)】

創建時期は不詳

天正18年(1590)高島築城に際し 現在地に遷座

【由  (history)】

八剱神社 御由緒
八剱神社は八千矛神(やちほこのかみ)を主祭神に日本武尊(やまちたけるのみこと)と誉田別命(ほむたわけのみこと)を合せて祀る小和田の氏神である。
古来は 船湛神主によって奉祀され、諏訪神社に準じた神事を行うとともに、諏訪湖の御渡り拝観という特殊神事を守り伝えてきた。
天正18年(1590)高島築城に際し城地にあった八剱神社と高島村は現在地に遷された。
初代 高島藩主 諏訪頼水は当社を城の鎮護神社として以来 歴代の藩主は 産土神として篤い崇敬の念を寄せ、社領、絵馬、神宝等を寄進している。江戸時代の末までは 諏訪神社の矢島権祝が神官として仕えた。

大祭は夏の虫除け祭り(現行7 1日曜日)秋の例大祭ーみかん祭り(現行12月第1日曜日)の他、7年目毎の寅申の年に御柱大祭が斎行される。御柱大祭には御柱の曳建てとともに御本殿の建て替えと遷座祭が行われ 氏子地区毎に御遷宮の飾り物を造って奉祝しその宏大豪華さを競った。

諏訪の七不思議の第一にあげられる「諏訪湖の御渡り」は諏訪明神が氷の上を渡られた跡といわれ、御渡りができれば氷上を人馬が渡っても危険でないとされてきた。当社には天和3年(1683)以降の御渡り拝観の記録「御渡り帳」が伝わり 今日まで書き継がれている。

拝殿は 嘉永元年(1848)に上棟したもので、彫刻は立川専四郎富種の手になるものである。
八剱神社社務所

境内案内板より

【境内社 (Other deities within the precincts)】

道祖神社《主》猿田彦大神

大国主命社《主》大国主命
事代主命社《主》事代主命
北野社《主》菅原道真

厳島社《主》厳島姫命,大国主命,八千鉾命
山之神社《主》大山祇命
山之神社《主》大山祇命
御社宮司社《主》御社宮司神
神明社《主》天照皇大神,豊受大神

スポンサーリンク

この神社の予備知識(Preliminary knowledge of this shrine)

この神社は 由緒(格式ある歴史)を持っています 

八剣神社Yatsurugi Shrine)は 御渡拝見の役目を果たしています

御神渡りの記録として
1443~1681年『当社神幸記(tosha shinkoki)』が残り
平安末期の歌集『山家集(sanka shu)』には

「春を待つ諏訪のわたりもあるものをいつを限にすべきつららぞ」と記されて
1397年(室町時代)に諏訪大社が 幕府へ報告した文書『御渡注進状扣』には「当大明神 御渡ノ事」と記され 古くは平安時代末期頃には「御神渡り」呼称があったとされます

天正18年(1590)高島築城に際し 現在地に遷座とあります

スポンサーリンク

【オタッキーポイント】Points selected by Japanese Otaku)

あなたが この神社に興味が湧くような予備知識をオタク視点でご紹介します

諏訪の七不思議 御神渡(オミワタリ)について

境内に掲示の写真より

冬に諏訪湖の湖面が全面結氷すると 大音響とともに 南の岸から北の岸へかけて氷の亀裂が走りせりあがり 高さ30cmから1m80cm位の氷の山脈ができます
これは諏訪神社上社の男神「建御名方命(タケミナカタノミコト)」 下社の女神「八坂刀売命(ヤサカトメノミコト)」のもとへ訪れに行かれた道筋といわれています

特殊神事『御渡拝観』について

神事は 八剱神社の宮司によって執り行われます

御神渡りの記録は
1443~1681年『当社神幸記(tosha shinkoki)
1682~1871年『御渡帳(miwatari cho)』は 現在まで毎年記録され続けています

https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/16/042800158/?SS=imgview&FD=-787263934

諏訪湖の御渡(みわた)り

零下十度の日が三、四日続くと諏訪湖は 全面結氷し やがて大音響とともに亀裂が盛り上がり湖上を貫く、これを御渡りといい諏訪明神様がお渡りになられた跡であると信仰され その後に人や馬が渡ってもよいとされた

天和三年(1683)以降 御渡拝見の役目は八剣神社やつるぎじんじゃ)の氏子がつとめ その記録『御渡帳』が今に書き継がれている

拝殿の奉献酒「神渡 八剣」の前に置かれた案内より

スポンサーリンク

神社にお詣り(For your reference when visiting this shrine)

この神社にご参拝した時の様子をご紹介します

上諏訪駅からR20号経由 北東へ 約1km 車5分程度
R20から入ると北西側の鳥居が建ちます

八剣神社Yatsurugi Shrine)に参着

鳥居をくぐると 境内社が並び お詣りをします

拝殿のすぐ脇に出てしまいました 境内の裏手から入ったことに気づきました

すぐ脇に 鳥居がありましたので 入り直します

鳥居の脇に 真ん中に立石 のある手水鉢があり 清めます

境内の中に 更に玉垣があり 社殿が建っています

拝殿にすすみます 

扁額には「八剱神社」記されています

賽銭箱には 御神紋が描かれています
諏訪大社の神紋「梶の葉(カジノハ
梶の葉(カジノハ足の数は 上社が4 下社5本の区別があり こちらは上社の摂社ですので4

奉献の酒樽「八剣」の前には 平安時代の文献・堀川院御時百首和歌の中で源顕仲が詠んだ和歌が書かれています
『 諏訪乃海の 氷の上の 通で路は 
   神の渡りて とくるなりけ里 』

賽銭をおさめ お祈りです
ご神威に添い給うよう願いながら礼 鎮まる御祭神に届かんと かん高い柏手を打ち 両手を合わせ祈ります

拝殿の正面には「舞屋(神楽殿)」が社務所に対して直角に建っています

「舞屋(神楽殿)」の壁面には「八剱神社 御柱祭 御遷宮の飾り物」の写真が飾れていて 説明文には 江戸時代に小和田の氏子が この祭りを奉祝して 船止や川 境内を利用して競って飾り物を造ったと書かれれています

社殿の四方には 御柱が立てられています

「舞屋(神楽殿)」の脇から南東方向に出ると広い境内があり ああこちらからが表参道だと改めてわかりました
こちらから「舞屋(神楽殿)」をながめると

表参道を戻り 鳥居を抜けて 振り返り一礼をします

スポンサーリンク

神社の伝承(A shrine where the legend is inherited)

この神社にかかわる故事や記載されている文献などをご紹介します

特殊神事『御渡拝観』の神事は 八剱神社の宮司によって執り行われます

諏訪大社 上社七不思議(ナナフシギ)」について

八剣神社Yatsurugi Shrine)の御神事は「5.御神渡(オミワタリ)」です

1.元朝の蛙狩り(ガンタンノカワズガリ)

蛙狩神事において
11 諏訪大社 上社 御手洗川(ミタラシガワ)の氷を割って土を掘り 赤蛙をつかまえ 小弓で射て いけにえとして神前に供える神事です
毎年必ず赤蛙が2~3匹はでるので不思議とされています

2.高野の耳裂鹿(コウヤノミミサケシカ)

御頭祭(3月の酉の日に行われるので酉の祭り)では 神野(コウヤ)〈八ヶ岳の裾野で捕られた鹿 75頭の頭神前に供えられましたが 毎年 その中には必ず1頭は耳の裂けた鹿がいたそうです

3.葛井の清池(クズイノセイチ)

茅野市上原の葛井神社にある葛井(クズイ)の池 底なしといわれます
毎年 諏訪大社 上社 1年神事に使用された道具や供物を大晦日の夜に沈めると 翌朝元旦に遠州(静岡県)の佐奈岐(サナギ)浮き上がるということです 
また葛井(クズイ)の池には 池の主として片目の大魚がいるとされています

4.宝殿の天滴(ホウデンノテンテキ)

どんなに晴天が続いても 諏訪大社 上社宝殿の屋根の穴からは 毎日必ず3粒の水滴が落ちてくるといわれ この水を「ご天水」といい 天竜川の水源だと言われています 日照りの際には この水滴を青竹に入れて雨乞いすると必ず雨が降ったと言われ 田に入れれば水がかれないと伝えられています

5.御神渡(オミワタリ)

諏訪湖の湖面が全面結氷すると 大音響とともに 南の岸から北の岸へかけて氷の亀裂が走りせりあがり 高さ30cmから1m80cm位の氷の山脈ができます
これは諏訪神社上社の男神「建御名方命(タケミナカタノミコト)」 下社の女神「八坂刀売命(ヤサカトメノミコト)」のもとへ訪れに行かれた道筋といわれています

6.御作田の早稲(ミサクダノワセ)

諏訪大社の御作田(上社 藤島と下社 御作田)毎年6月に田植えを行いま藤島社(諏訪市中洲)の御作田は6月30日に田植えをしても まわりの田よりも早く稲穂が出て 7月下旬には収穫できたと言います 81日には神前に供えることができるので不思議とされています

7.穂屋野の三光(ホヤノノサンコウ)

諏訪大社の狩猟の神事のうち 最重要の祭りの御射山祭の当日は 必ず太陽・月・星の光が同時に拝むことができるそうです

八剣神社Yatsurugi Shrine) (hai)」(90度のお辞儀)

 

おすすめ記事

1

宇佐八幡宮五所別宮(usa hachimangu gosho betsugu)は 朝廷からも厚く崇敬を受けていました 九州の大分宮(福岡県)・千栗宮(佐賀県)・藤崎宮(熊本県)・新田宮(鹿児島県)・正八幡(鹿児島県)の五つの八幡宮を云います

2

行幸会は 宇佐八幡とかかわりが深い八ケ社の霊場を巡幸する行事です 天平神護元年(765)の神託(shintaku)で 4年に一度 その後6年(卯と酉の年)に一度 斎行することを宣っています 鎌倉時代まで継続した後 1616年 中津藩主 細川忠興公により再興されましたが その後 中断しています 

3

対馬の式内社とは 平安時代中期〈927年12月〉に朝廷により編纂された『延喜式神名帳(Engishiki Jimmeicho)』に所載されている 對馬嶋の29座(大6座・小23座)の神社のことです もちろん九州では最多の所載数になります 現在 この式内社29座の論社は 67神社となります

-その他の古社
-,

Copyright© shrine-heritager , 2022 All Rights Reserved.