栃木県

高椅神社(小山市)

高椅神社は 日本料理の祖神「磐鹿六雁命(Iwakamutsukari no mikoto)」を祀り「料理の神様」として信仰を集めます その創始は古く2000年程遡ります 長元2年(1029)には 社域に掘った井戸から大きな鯉が出て天皇に献上し「禁鯉の宮(キンリノミヤ)」と呼ばれ この地域では鯉をお鯉様と呼び 食さないのは勿論 五月節句の鯉のぼりも立てないそうです

宇都宮二荒山神社(宇都宮市)

宇都宮二荒山神社は 宇都宮市の中心部 明神山(臼ヶ峰、標高約135m)山頂に鎮座します 大変歴史が古く 創建は 第10代 崇神天皇の御代に遡ると云われます 戦災で多くの資料を喪失し 現存の社記には 第16代 仁徳天皇の御代(約1600年前)に 毛野国が下野国と上野国の二国に分割された時 下野国国造に任じられた奈良別王(Narawake no kimi)が 曽祖父・豊城入彦命(toyokiirihiko no mikoto)を氏神として祀ったのに始まると記されています

宇都宮二荒山神社 下之宮(宇都宮市)

二荒山神社 下之宮は 宇都宮二荒山神社の旧 鎮座地に祀られる元宮です 御祭神の4世の孫 奈良別王が 第16代 仁徳天皇の御代(1600年程前)に下野の初代国造となり 国を治めるに当たり 御神霊を荒尾崎(現在の下之宮)の地に祀り合せたとされます その後 神社は 平安時代前半の承和5年(838)に臼ヶ峰(現在地)に還座しましたが 下之宮は発祥の聖地に鎮座するとして永く奉斎されてきました 1995年以後の再開発の際に現在地に再建されました

磐裂神社(足尾鎮守)

磐裂神社は 文化~文政年間 (1804~30) には 修験の山「庚申山」への登拝口 一丁目とされていました 秩父の妙見・相馬の妙見・足尾の妙見を関東三妙見と称したと云います その歴史は古く 大同3年(808)「足尾5氏(神山、星野、倉沢、斉藤、亀山または細内)」と言われる一族14人が 日光から移住してきた時 妙見宮(Myokengu)の分身を拝受し足尾郷14ケ村の鎮守と定めたとされます 明治11年(1878)古河市兵衛が足尾銅山を再開した際 磐裂神社と改称されました

青龍神社(日光西町五社)

青龍神社は 日光西町五社の一つです 弘法大師空海が滝尾・寂光を開いた時に弟子が ご加護を祈って京都醍醐の青龍神を移し祀ったと伝わります 明治維新以前には「青龍大権現」と称していました 本町の氏神様で 東照宮・二荒山神社の大祭の前には晴天を祈って祈晴際が行われます

瀧尾神社(日光市)

滝尾神社は 弘仁11年(820)弘法大師(Kobotaishi)空海(Kukai)が創建したと伝えられます 江戸時代までは 日光山を信仰する三社として日光三社権現(Nikko sansha gongen)(滝尾権現・新宮権現・本宮権現)と呼ばれていました 女峰山を御神体山と仰ぎ 田心姫命(tagorihime no mikoto)を祀り「女体中宮」とたたえます

本宮神社(日光発祥の地)

本宮神社は 神護景雲元年(766年)勝道上人(shodo shonin)が「山菅の蛇橋」(現在の神橋)を渡りこの地(日光)に神仏を祀り 庵を結んだのが始まりとされています ここは日光の原点であり 二荒山神社発祥の地であり 開運の神社と言われます 古くは 新宮(現在の二荒山神社)と滝尾神社と共に 日光三社と呼ばれていました

若子神社(日光市)& 池石(生石)(ikeishi)

若子神社は 弘仁11年(820)日光を訪れた弘法大師(Kobotaishi)空海(Kukai)が 「白糸の滝」で修行し滝尾神社(Takinoo Shrine)を開き 次いで この「寂光の滝」で修行した時 夢の中で女神のお告げを受け ここに祠を建てたと伝えられます 往時は神仏習合し 寂光権現と称していましたが 明治以降「若子神社」と改められます 境内の直下には日光八景に数えられる「寂光の滝」があります

滝尾稲荷神社(日光市 滝尾神社境内) 

瀧尾稲荷神社は 東照宮ができる以前 日光山として仏教の栄えた聖地「白糸の滝」がある滝尾神社本殿奥の境内に鎮座します 弘仁11年(820年)弘法大師(Kobotaishi)空海(Kukai)が滝尾神社と共に開いたと伝わる古社です 「昔 瀧尾上人が朝のお供えを忘れると 稲荷の神が化けて出ては 催促した」という伝説が残っています 

瀧尾高徳水神社(日光市)

瀧尾高徳水神社は 奥吉野(奈良県吉野郡東吉野村)の水の宗社「丹生川上神社 中社(Niukawakamijinja nakasha)」の御祭神 罔象女命(mizuhanome no mikoto)の御分霊を勧請しました 昭和52年(1977)11月26日 当時の栃木県知事 横川信夫氏 より藤原町高徳の鬼怒川沿いに鎮座していましたが 1998年(平成10年)道路拡幅のため現在地に遷座しました

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