奈良県
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春日大社(奈良市春日野町)
春日大社(かすがたいしゃ)は 社記によると 神護景雲二年(768)・武甕槌命〈常陸国 鹿島神宮〉・経津主命〈下総国 香取神宮〉・天児屋根命〈河内国 枚岡神社〉・比売神〈河内国 枚岡神社〉を併せ 御蓋山(みかさやま)麓に四殿の社殿を造営し 四座が鎮座して 春日大社が創建されたと伝えています
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春日大社(奈良市春日野町)・摂社・末社
春日大社(奈良市春日野町)の・摂社・末社について 記載しています
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隼神社〈角振明神〉(奈良市角振新屋町)
隼神社(はやぶさじんじゃ)は 平安京への遷都によって京都に遷座された式内社の隼神社の本社と伝わります 御祭神 角振隼総別命(つのふりはやぶさわけのみこと)は 鎮座地 角振新屋町の地名の由来ともなっています 角振明神(つのふりみょうじん)とも呼ばれます
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采女神社(奈良市樽井町)
采女神社(うねめじんじゃ)は 現在 春日大社の末社で 猿沢池のほとりに鎮座します 『大和物語〈平安時代(951年頃)までに成立〉』には 奈良時代 天皇の寵愛が薄れたことを嘆き 猿沢池に身を投じた采女(うねめ)の物語が記されています 神社の創建は この采女の霊を慰めるために祀られた祠が始まりです
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浮雲神社〈春日大社境内社〉(奈良市春日野町)
浮雲神社(うきぐもじんじゃ)は もと興福寺の子院・四恩院の鎮守社として祭祀されていましたが 明治の廃仏毀釈により現在地に遷座し 春日大社境内社となっています 「御蓋山(みかさやま)の頂上 浮雲峰(うきぐものみね)」に鎮座する本宮神社(禁足地内 一般参拝不可)と同体とされます
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宅春日神社(奈良市白毫寺町)
宅春日神社(やけかすがじんじゃ)は 社伝では 天児屋根命は神護景雲二年(七六八)河内国枚岡から大和添上郡高円山麓に移座〈高円山の社とは当社地のこと〉同年十一月九日に現 春日大社の社地に留まられたとあり かつて山の辺の道沿いの当地方は大宅郷と称し 物資豊かで古代豪族の大宅氏が北大和を領有していた要衝であったと伝えられている
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春日神社(山添村春日)
春日神社(かすがじんじゃ)は 平城京遷都に伴なって〈神護景雲二年(768)の「春日大社」創建の際〉鹿島神宮から武甕槌命の御神霊が奈良〈春日大社〉へ向かう際 立ち寄って一泊した所〈山添村春日〉と云う その跡地に春日神を祀った神社とされ 式内社 春日神社の論社でもあります
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榎本神社〈春日大社境内社〉(奈良市春日野町)
榎本神社(えのもとじんじゃ)は 春日大社の境内社で 本社廻廊の南西の角に鎮座します 式内社 春日神社(かすかの かみのやしろ)の論社です 春日大社が 現在地(春日野)に創建される以前からの 当地の地主神で 一時安倍山(現奈良県桜井市)にお遷りになったが 承平5年(935)再びこの場所へ御帰座になったと伝えられています
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鳴雷神社&高山神社〈春日大社末社〉(奈良市春日野町 春日山内)
鳴雷神社(なるいかづちじんじゃ)&高山神社(こうせんじんじゃ)は 佐保川と能登川の源流 春日山の分水嶺 香山(こうせん)に鎮座する水神様 水源祭祀の御神体として龍王池を祀る鳴雷神社は 明治8年(1875)までは香山龍王社とも呼ばれ 又『延喜式神名帳AD.927』所載 宮中神 36座 主水司坐神(もいとりのつかさにましますかみ)1座 鳴雷神社は 大和国の式内大社 鳴雷神社〈当社〉を遷座したものとされます
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穴栗神社(奈良市横井)
穴栗神社(あなぐりじんじゃ)は 元々は 横井村の北西に鎮座していたが 江戸時代初期の寛文年間〈1661~1673年〉に現在地〈古市村〉に遷座したと伝わります 二つの式内社「宇奈太理坐高御魂神社(うなたりにますたかみむすひの かみのやしろ)」「穴次神社(あなつきの かみのやしろ)」の論社とされています