その他の神社(Other old shrine)
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神住居神社(対馬 豆酘)神功皇后(ジングウコウゴウ)の「行宮(あんぐう/ゆきみや)」と伝わります
神住居神社(かみずまいじんじゃ)は 〈第14代 仲哀天皇の皇后〉神功皇后(じんぐうこうごう)[摂政の御代〈在位201~269年頃〉]が 三韓征伐で渡航されるとき「行宮(あんぐう/ゆきみや)」とされていた処と伝わり 例祭「豆酘の船浮神事〈カンカン祭り〉」は 神功皇后の出船の祭りであり かつては「さかのぼり」神事〈赤船と白船のお供の人が 分かれて子供たちを捕らえる神事〉があり これは神功皇后が 新羅の軍勢を捕虜にした伝承 に因んでいるとも伝わります
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神御魂神社(対馬 佐護北里)
神御魂神社(かみむすびじんじゃ)は 対馬の北部・上県町 佐護に鎮座します 対馬の天道信仰の中心地とされる南部・厳原町 豆酘と ここ佐護は 対馬の南北での対称の地とされ 祀られている神社も対をなすように 豆酘には「多久頭魂神社」佐護には「天神多久頭魂神社」が鎮座し この両神社にもペアの様に天道法師の母神を祀る神社として 豆酘には「 高御魂神社」があり ここ佐護には当神社「神御魂神社」が鎮座しています かつては 赤米神事に深く関与し 司祭者がいたと伝わります 例祭は 旧3月3日です
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波自采女の碑(対馬 豊玉町田)
波自采女(ハジノウネメ)の碑は 六国史『続日本紀(Shoku Nihongi)797年』の神護景雲2年(768)2月5日の条に 全国から選ばれた善行の者9人が記され その一人として 貞婦として表彰され終生の税を免ぜられたとして 對馬島の波自采女(ハジノウネメ)の伝承が記されています 豊玉町 田のR382号の沿道にあります
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三ツ石神社(対馬 西泊)
三ツ石神社(みついしじんじゃ) は 文永11年(1274)元寇の時 村人が 三所大権現神〈現 能理刀神社(対馬 西泊)〉に祈ると 荒神権現山の中腹より 神石三ツ飛出し 蒙古の異賊船を打砕き 浦合の村人を助け給うた神石とされ 崇められています この碑より東4mの地に鎮座していたが 港湾工事のため神石が地中に埋り この地に神霊碑を奉り建立したとあります
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玉の井(和多都美神社 境内)
玉の井(タマノイ)は 記紀神話で有名な「海幸(ウミサチ)と山幸(ヤマサチ)」の段で 彦火火出見尊(山幸彦)と豊玉姫命(トヨタマヒメノミコト)は ここで出逢い互いに一目惚れをして結ばれます 海神宮(ワタツミノカミノミヤ)〈和多都美神社〉で3年を過ごした山幸彦は 海神(ワタツミノカミ)から失った釣針と潮満瓊(シオミツタマ)・塩涸瓊(シオフルタマ)を授かり故郷に帰ります この2つの珠を使い 兄の火闌降命(海幸彦)を服従させて世継ぎとなった 山幸彦は 初代 神武天皇の祖父にあたります
