玉の井(和多都美神社 境内)

玉の井は 記紀神話で有名な「海幸(ウミサチ)と山幸(ヤマサチ)」の舞台です 彦火火出見尊(山幸彦)豊玉姫(トヨタマヒメミコト この玉の井出逢い一目惚れをして結婚をします 海神宮(ワタツミノカミノミヤ)「和多都美神社」で3年を過ごし 海神(ワタツミノカミ)から失った釣針と潮満瓊(シオミツタマ)・塩涸瓊(シオフルタマ)を授かり故郷に帰ります この2つの珠を使って 兄の火闌降命(海幸彦)を服従させ世継ぎとなります 山幸彦は 初代 神武天皇の祖父にあたります

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1.ご紹介(Introduction)

 この神社の正式名称や呼ばれ方 現在の住所と地図 祀られている神様や神社の歴史について ご紹介します

【神社名(Shrine name

玉の井Tama no i)
(タマノイ)

 [通称名(Common name)]

【鎮座地 (Location) 

長崎県対馬市豊玉町仁位和宮55

 [  (Google Map)]

【御祭神 (God's name to pray)】

不詳

【御神格 (God's great power)】(ご利益)

【格  (Rules of dignity)

和多都美神社 境内

【創  (Beginning of history)】

・遠く神代と伝わります

名神大社 和多都美(わたづみ)神社

御祭神
 彦火々出見尊(ひこほほでみのみこと)
 豊玉姫命(とよたまひめのみこと)

御由緒
・・・・・・・
・・・・・・・

縁起を辿れば、神代の昔、海神である豊玉彦尊(とよたまひこのみこと) 当地に宮殿を造り、宮を「海宮(わたづみのみや)」と名付け、この地を「夫姫(おとひめ)」と名付けた。その宮殿の大きさは、高さ一町五反余り、広さ八町四方もあったという。そして神々しい神奈美(かんなび)「夫姫山(おとひめざん)」のさざ波よせるこの霊地に彦火々出見尊と豊玉姫命の御夫婦の神を奉斎したと伝えている。
 豊玉彦尊には一男二女の神があり、男神は穂高見尊(ほだかみのみこと)、二女神は豊玉姫命・玉依姫命(たまよりひめのみこと)という。ある時、彦火々出見尊は失った釣り針を探して上国より下向し、この宮に滞在すること3年、そして豊玉姫を娶り妻とした。この海幸彦・山幸彦の伝説は当地から生まれたものである。
満潮の時は、社殿の近くまで海水が満ち、その様は龍宮を連想させ、海神にまつわる玉の井伝説の遺跡跡や満珠瀬(みつたませ)、干珠瀬(ひるたませ)、磯良恵比須(イソラエビス)の磐座などの旧跡も多く、・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

境内案内板より抜粋

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【由  (History)】

玉井の出逢い

瓊瓊尊の御子 彦比火火出見尊は失った釣針を捜して 上国よりお下りになり 此の海宮においでになった尊は 宮殿から水をくむために出て来られた豊玉姫命の侍女が水を汲もうと井戸の中を見れば きれいな神様の姿が映っているのに驚き 早速 豊玉姫に申し上げると 姫は父君の海神 豊玉彦尊と共に 彦比火火出見尊を宮殿にご案内申し鄭重に待遇された。
尊は3ヶ年この海宮に滞在され 遂に豊玉姫を御娶り遊ばされたという伝説の玉の井はここである。 今も清水が混々と湧き出ている。 

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この神社の予備知識(Preliminary knowledge of this shrine)

この神社は 由緒(格式ある歴史)を持っています

『延喜式神名帳Engishiki Jimmeicho)(927年12月編纂)に所載
(Engishiki JimmeichoThis record was completed in December 927 AD.

本社 和多都美神社の記事をご覧ください

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【オタッキーポイント】Points selected by Japanese Otaku)

あなたが この神社に興味が湧くような予備知識をオタク視点でご紹介します

玉ノ井の目前 海浜は 満珠瀬(マンジュセ)と干珠瀬(カンジュセ)

海浜の名前は まるで 記紀神話の「海幸(ウミサチ)と山幸(ヤマサチ)」に出てくる潮滿瓊(シオミチノタマ)・潮涸瓊(シオヒノタマ)」を彷彿させる名がついています

海浜に案内板が有りますので 紹介します

(一)真珠の浜 Pearl Beach

和多都美神社には 真珠にちなむ伝承があり宮の浦の真珠浜から、汐満珠・汐干珠の神宝2珠を産したと言い伝えている。
伝承は いかにも神秘的であるが、もっと素朴に考えて、真珠を御饌に献じたであろうことを想像してよいかと思う。

(二)満珠瀬(Manju-se)と干珠瀬(Kanju-se)

太田浜には 海中に2つの岩礁があり左の瀬を満珠瀬・右の瀬を干珠瀬という。対照的なこの呼称は 汐滿瓊・汐涸瓊神宝2珠になぞらえているのでその故事を伝えるためのものと思われる
 滿瓊・汐涸瓊いうのは  滿珠・汐干珠と同義語で 赤い玉の意である。又「此ノ付近ハ真珠貝ヲ数多生ズレドモ 里人 神ノ貝ト言伝ヘテ取ルコトヲ忌ム」と伝えている。

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神社にお詣り(For your reference when visiting this shrine)

この神社にご参拝した時の様子をご紹介します

和多都美神社から 目の前の海の鳥居の西側進み 約200m 徒歩3分程度

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道には方向案内「玉の井」とあります 

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海浜の際進むと 姫が玉を捧げている像があるのですが 豊玉姫(トヨタマヒメミコトなのか しかし 数年後には 玉だけが無く盗難か?  対馬には外国人観光客が多かった時期があり 良く寺社仏閣の物が盗難に遭っています

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弓なりの海浜「太田浜」を進みます 彼岸花(曼珠沙華)に蝶がとまっています

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フナグロー船「イルカ漁」「四ヶ浦祭」で使用する 船の倉庫があり
長さ12.41mの木造船が置かれています

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玉の井Tama no i)に参着

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地図を見ると 海上に一列に並ぶ 海の鳥居の左側に桟橋があり そのすぐ北(上)に 船ぐろう倉庫 と 玉の井となっています

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鳥居には扁額が掛かり「和夛都美神社」と刻まれています
井戸にすすみます 

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「玉の井」の号碑がありますが 賽銭箱はありません お祈りをします
ご神威に添い給うよう願いながら礼 鎮まる御祭神に届かんと かん高い柏手を打ち 両手を合わせ祈ります

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振り返ると 鳥居の先に 仁位浅芽湾があります

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一礼をして 和多都美神社へ向かいます

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途中 海の鳥居を眺めながら戻ります
〈現在は 一の鳥居は台風で倒壊 再建予定中です〉
この鳥居は 潮の満ち引きで表情を変えます

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神社の伝承(A shrine where the legend is inherited)

この神社にかかわる故事や記載されている文献などをご紹介します

『古事記(Kojiki)』和銅5年(712)編纂 に記される伝承

有名な「海幸(ウミサチ)と山幸(ヤマサチ)」神話の中で

山幸彦(ヤマサチヒコ)〈天津日高日子穂穂手見命〉と豊玉毘売(トヨタマヒメ)が 出逢い結ばれる「海神の宮(ワタツミノミヤ)の地」が登場します
これが「玉の井」と和多都美神社(対馬 仁位)」です

天津日子番能邇邇芸命〈ニニギノミコト〉と木花佐久夜毘売命〈コノハナサクヤヒメノミコト〉の間に 三兄弟が生まれた所から神話は始まります

長いお話ですが 原文意訳文を載せます 玉の井」と和多都美神社(対馬 仁位)」に 該当する箇所は 太字で表記しておきます

意訳

その火が 燃え盛るときに生まれたる子が 火照命(ホデリノミコト
火照命(ホデリノミコトこの者は 隼人(ハヤト)阿多君(あたのきみ)の祖(オヤ)です

次に生まれたる子が 火須勢理命(ホスセリノミコト

次に生まれたる子の名は 火遠理命(ホオリノミコト
又の名は 天津日高日子穂穂手見命(アマツヒタカヒ ホホデミノミコト) の3柱です

故(カレ)
火照命(ホデリノミコト 海佐知毘古(ウミサチビコ=海幸)として 背鰭(セビレ)の広い魚や背鰭(セビレ)狭い魚を取っていました

火遠理命(ホオリノミコト 山佐知毘古(ヤマサチビコ=山幸)として 毛の粗い動物 毛の柔らかい動物を取っていました

ここに
火遠理命(ホオリノミコト その兄の 火照命(ホデリノミコトに「それぞれの佐知(サチ)〈山の幸・海の幸〉を互いに交換してみよう」と言って 三度乞われたのだけれども 兄は承知しませんでした
しかし ついに取り易えることが 出来ました

爾(カレ)
火遠理命(ホオリノミコト 海左知(ウミサチ)を使って 魚を釣るが 一匹の魚も得られません 又 その釣り針までを 海てしまいました

ここに
その兄の 火照命(ホデリノミコト その釣り針を 求めて言いました
「山佐知(ヤマサチ)自分の(サチ)〈山の獲物〉 海佐知(ウミサチ)自分の(サチ)〈海獲物〉 やはり お互に交換した(サチ) 元に戻そう」言う時

 

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すると 弟の 火遠理命(ホオリノミコトが 言われるには
「あなたの釣り針で 魚釣りをしましたが つも釣れずに 遂に 海でなくしてしまいました」

しかし 兄は 強く返せと 責めました

そこで 
弟は 履かれていた十拳剣(トツカノツルギ)を砕いて 釣り針を500個作って 兄に償つぐなわれのですが 受け取りませんでした
そこで また1000本の釣り針を作って 償つぐなわれのですが 受け取りません

そして兄は
やはり 元の釣り針欲しい」と言いました

ここに
その弟が 泣き憂いて 海辺いると 塩椎神(シオツチノカミ)が来て 問うて言いました
「どうして 虚空津日高(ソラツヒダカノ〈貴い天津神の御子〉が泣いておられるのですか?」

答えて言われるのには
「わたしは 兄の釣り針を交換して それを無くしてしまいました そして その釣り針を求めます
 沢山の釣り針で償いましたが 受け取ません なおさらもとの釣り針を欲しい』と言います それで泣いて 困っているのです」

ここに
塩椎神(シオツチノカミ
「わたしが あなたの為に 良い策をお作りしましょう
すぐに 間勝間隙間のの小船を造って その船に乗せて

教えになりながら 言われるには

「わたしが この船を押し流します 暫く そのまま往(イ)きなされ
御路(ミチ)があるでしょう その海流に乗って行かれれば
魚の鱗(ウロコ)のように造られた宮殿があります
それが 綿津見神(ワタツミノカミ)の宮殿です
その神御門(ゴモン)に着かれたなら
そばの井戸の近くに 湯津香木(ユウカヅラノキ)があります
その木の上に座っておられれば 海神(ワタノカミ)の娘(ムスメ)見て 取り計らってくれましょう

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故(カレ)

教え随(シタガ)い 少し行くと すべて言われた通りでしたので すぐにその香木に登って座っておられました

ここに
海神(ワタノカミ)の娘(ムスメ)の豊玉毘売(トヨタマヒメ)の従婢(マカナイ〈侍女〉 玉器(タマモ)を持って 水を汲もうとする時に 井戸に光がありました 仰ぎ見ると麗(ウルワ)しい男がおられます とても不思議に思っていました

爾(カレ)
火遠理命(ホオリノミコト その婢(ヒ)〈侍女〉を見て「水が欲しい」と乞いました
(ヒ)〈侍女〉 水を汲んで 玉器に入れて差し上げました

爾(カレ)ここに
水を飲まずに お(クビ)掛けていた飾りを解いて 口に含んで その器に吐き入れました するとその玉が 器にくっついて (ヒ)〈侍女〉が珠を離すこと出来ません 侍女はその玉がついたままに 豊玉毘売命(トヨタマヒメノミコト)に見せました

爾(カレ)〈豊玉毘売命(トヨタマヒメノミコト
その玉を見て (ヒ)〈侍女〉問いました
「もしかして 門の外に 人がいますか」

(ヒ)〈侍女〉は答えました
私たち 井戸の上 香木の上に 座っている人が あります
とても 麗しい男性です
私どものよりも勝(マサ)っておられます
その人が 水を求めたので 水を差し上げましたら 水を飲まずに この玉を吐き入れたのです
離れませんので 入れたまま持ってきました

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爾(カレ)

豊玉毘売命(トヨタマヒメノミコト)は 不思議に思い 出て見ると 一目惚れだと感じます 
そして その父親に言いました
「わたしたちの門に 麗しい男性が おります

爾(カレ)
海神(ワタノカミ) みずから出て見て 言われるには
「この人は 天津日高御子(アマツヒダカノミコ)虚空津日高(ソラツヒダカ)だ」と 言って すぐに宮殿内に招きいれ 
美智〈アシカ〉の皮をにして 八重(ヤエ)〈沢山〉敷いて その上に絹敷物八重(ヤエ)〈沢山〉敷いて その上に座ませと奉った

そして百取の机代の物〈沢山の献上の品々〉具え ご馳走でもてなし すぐに その娘の豊玉毘売命(トヨタマヒメノミコト嫁がせました

故(カレ)
3になるまで その国に住まわれました

ここに
火遠理命(ホオリノミコト その初めの事を思われて 大きなため息をしました

すると 
豊玉毘売命(トヨタマヒメノミコト)が そのため息を聞かれて その父に言うには
「三年 お住みなりました いつも ため息などございません 今夜 大きな溜息を一つなされました 何か理由があるのでしょうか」と申します

その父の大神は (ムコノキミ)に問うて言われました
今朝(ケサ)わが娘が語るのを聞きました
3おいでになるけれど いつもは溜息なかった 今夜大きな溜息をなさいました』と申しました 何か理由がありますか また ここに来られたのは何理由でしょう

爾(カレ)
その大神に 
私の兄が 失った釣り針を返せと罰する状況を詳しく伝えました

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そこで

海神(ワタノカミ) 海の大小様々な魚を悉(コトゴト)く 呼び集めて 問いました
「もし この釣り針を取ったあるか
すると諸々の魚が言うには
この 赤海鯽魚〈赤いタイ〉の喉に骨が刺さり ものが食べられないと憂いている おそらく これが取ったのでしょう」

そこで
その赤海鯽魚〈赤いタイ〉の喉を探すと 釣り針がありました
すぐに取り出し 洗い清めて 火遠理命(ホオリノミコト奉り(タテマツリ)ました時

その綿津見大神(ワタツミノオオカミ)が教え申し上げます
「この釣り針を 兄に返す時には
『コノハリ オボチ・スス・マヂチ・ウルチ』言って
そして 後ろ〈後ろ向きで〉渡されよ

そして 
その兄が 高いに田を作ったなら 貴方様は 低いに田を営みなされ 
その兄が 低いに田を作ったならば 貴方様は 高いに田を営みなされ
そうすれば 私が水を掌(ツカサド)るのですから
3間には必ず その兄は 貧しくなでしょう

もし これを恨んで 攻め戦って来た 塩盈珠(シオミツタマ)を出して 溺れさせ 
もし 助けを請うたら 塩乾珠(シオフルタマ)を出して生かし そう 苦しめなさい」言って
塩盈珠(シオミツタマ)塩乾珠(シオフルタマ)合わせて二つをお授けになられました

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すぐに
悉(コトゴト)く 和邇魚〈ワニ〉を集めて問われるには
「今 天津日高御子(アマツヒダカノミコ)の虚空津日高(ソラツヒダカ)が 上の世界へお出になろうとされている 誰が 何日で送り奉れるかすぐに報告出来るか」

すると ワニたちが 自分の身長のままに「何日掛かる」と言っている中に 一尋和邇(ヒトヒロワニ)が
「わたくしが一日で お送り申し上げて帰って參りましよう」言いました

爾(カレ)
ここに
その一尋和邇(ヒトヒロワニ)に「それならば お前がお送り申し上げよ 海中を渡る時にこわがらせ申すな」と言い その鰐の首にせ申し上げて送り出しました
約束通り一日にお送り申し上げました その鰐が帰ろうとした時 紐の附いている小刀をお解きになり その鰐の掛けて お返しになりました
そこでその一尋和邇(ヒトヒロワニ)は 今でも佐比持神(サヒモチノカミ)といいま

かくして 悉く
海神(ワタノカミ)の教えどおりに 釣り針を返しました

それからあと
いよいよ貧しくなっていき 更に 荒れ起こり 攻めて来ました

攻めようとしたときは 塩盈珠(シオミツタマ)を出して溺れさせ
助けを求めて来た時は 塩乾珠(シオフルタマ)で救い
悩まし苦しめたときに お辞儀をして
「わたしは 今より以後 貴方様を昼夜守護人(マモリビト)となり お仕えましょう」と言いました

そこで 今に至るまで 隼人(ハヤト) その溺れた時の仕草を演じ仕え奉っています

【原文参照】『古事記』選者:太安万侶/刊本 明治03年 校訂者:長瀬真幸 国立公文書館デジタルアーカイブ
https://www.digital.archives.go.jp/DAS/meta/listPhoto?LANG=default&BID=F1000000000000047416&ID=&TYPE=&NO=画像利用

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『日本書紀(nihon shoki)』養老4年(720)編纂に記される伝承

先に述べた『古事記(Kojiki)』「海幸(ウミサチ)と山幸(ヤマサチ)」神話に対応する個所として
『日本書紀(nihon shoki)』の10段 『本文』と 『一書の(第1)(第2)(第3)(第4』にそれぞれ 似たような話〈僅かに違う〉が 記されています

長いお話ですが 原文意訳文を載せます 玉の井」と和多都美神社(対馬 仁位)」に 該当する箇所は 太字で表記しておきます

『日本書紀(nihon shoki)』第10段 本文の条
彦火火出見尊(ヒコホホデミノミコト)と火闌降命(ホノスソリノミコト)

意訳

兄の 火闌降命(ホノスソリノミコト)は もともとと海の幸を得る力を備えていました
弟の 彦火火出見尊(ヒコホホデミノミコト)は もともと山の幸を得る力を備えていました

兄弟2人は お互い相談し
「ためしに2人の幸を取りかえてみよう」とそれで取り換えてみた

しかし それぞれの幸を扱えなかった
兄は 後悔し 弟の弓矢を返し 自分の釣針を返してくれと申し出た
弟は この時すでに兄の釣針を失くし 探し訪れるすべもなかった

そこで 別に新しい針を作って兄に与えるが
兄は 不満で もとの針をと責めた

弟は 悩み 自分の太刀で新しい針を鍛えて 箕(ミノ)に一杯に盛って贈ったが
兄は 怒って「私のもとの針でなければ たくさんでも受取らない」ますます責めた

それで 彦火火出見尊(ヒコホホデミノミコト)は 憂い深く苦しみ
海のほとりでさまよう時に 塩土老翁(シオツチノオジ)出逢います

老翁(オジ)は 問うた
「なぜこんなところで悲しんでいるのですか」

彦火火出見尊(ヒコホホデミノミコト)は事の始終を告げました

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老翁(オジ)
「心配には及びません 私があなたに考えをさずけましょう」と言って
無目籠(マナシカタマ〈目の細かいカゴ〉を作って 彦火火出見尊(ヒコホホデミノミコト)を籠の中に入れ海に沈めた

すると ひとりでに可怜小汀(ウマシハマ)美しい小さい浜に着きました

そこで 籠を捨てていくと 
たちまち海神宮(ワタツミノカミノミヤ)に着きました

その宮は 雉堞タカガキヒメガキ)〈立派な垣整い 高殿(タカドノ)が光り輝いていまし
その門の前に 一つの井戸があり 井戸の上に 一本の湯津杜樹(ユツカツラノキがあり その枝葉が茂っていました

彦火火出見尊(ヒコホホデミノミコト)は その木の下を歩き彷徨った

しばらくすると 一人の美人が 扉を押し開いて出てきまし
玉で 出来ている立派な椀を持ち 水を汲もうとしていました
彦火火出見尊(ヒコホホデミノミコト)が見ていると 驚いて中に入り その父母に言いました

「一人の珍しい客人がおられます 門の前の木の下です」

そこで海神(ワタツミノカミ)は 八重に敷物を敷いて 内に導き入れまし
座につかれると ここに来られた訳を尋ねまし

彦火火出見尊(ヒコホホデミノミコト)は 詳しく訳を話されまし

海神(ワタツミノカミ)は 大小の魚を集めて 問いました

魚たちは知りません」
ただ赤女(アカメの鯛)がこの頃 ロの病があって この場に来ておりませんでした

そこで
赤女(アカメの鯛)を呼び寄せて そのロを探すと やはり 失くした針を見つけ出しまし
こで
彦火火出見尊(ヒコホホデミノミコト)は 海神(ワタツミノカミ)の娘の豊玉姫(トヨタマヒメ)を娶とられました

海宫(ワタツミノミヤ)で3が経過しました

そこは 安らかで楽しいと思い しかし 彦火火出見尊(ヒコホホデミノミコト)は 故郷を思う心がありました

それで時には 大きな溜息された
豊玉姫(トヨタマヒメ)は それを聞いて 父に言いました

「天孫(アメミマ)は しばしばため息つかれています きっと土(クニ)を思って懐かしい思われるのでしょう」

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海神(ワタツミノカミ)は 彦火火出見尊(ヒコホホデミノミコト)を呼び静かに語りました

「天孫(アメミマ)もしも故郷に帰りたいと思われるならば お送りして差上げます」

そして 手に入れた針を授けて
「この針をあなたの兄に渡されるときに こっそりと針に『貧釣(マヂチ)』と言ってから お渡しなさい」と言われた

また潮滿瓊(シオミツニ)潮涸瓊(シオヒルニ)を授けて
潮滿瓊(シオミツニ)海水につけると 潮がたちまち満ちるでしよう
これで あなたの兄を溺れさせることが できます
もし 兄が悔いて救いを求めたら 潮涸瓊(シオヒルニ)を海水につければ
潮は自然に引く これで救いなさい 
こうして 攻め悩ませれば あなたの兄は 降参することでしょう」と言った

まさに帰ろうとするときになって 豊玉姫(トヨタマヒメ)が 天孫(アメミマ)言うには
「私はすでに孕んでいます 間もなく生まれるでしょう 私は 風や波の荒い日にきっと浜辺に出ます どうか 私のために 産屋を立てて待っていて下さい」

彦火火出見尊(ヒコホホデミノミコト)は 元の宮にお帰りになり 一から海神(ワダツミノカミ)に教えられた通りにしました時に
兄の火闌降命(ホノスソリノミコト)は 災厄に悩まされて 自ら降伏し

「今より以降 私は あなたの俳優の民(ワザオギノタミ〈人に仕え 演技などをする者となります だから許してください」といわれまし

彦火火出見尊(ヒコホホデミノミコト)は その願いのまま これを許しまし

その 火闌降命(ホノスソリノミコト)は 吾田君(アタノキミ)小橋(オバシ)の本祖(トオツオヤ)です

【原文参照】国立公文書館デジタルアーカイブ『日本書紀』(720年)選者 舎人親王/刊本 文政13年 [旧蔵者]内務省
https://www.digital.archives.go.jp/DAS/meta/listPhoto?LANG=default&BID=F1000000000000047528&ID=M2017042515415226619&TYPE=&NO=画像利用

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『日本書紀(nihon shoki)』第101書(1の条

意訳

1(第1によると

兄の 火闌降命(ホノスソリノミコト)は よく海の幸を得ることができ
弟の 彦火火出見尊(ヒコホホデミノミコト) よく山の幸を得ることができました

ある 兄弟は 互いにその幸を交換しようと思いました
そこで 兄は 弟の幸弓(サチユミ)を持って山に入り (シシ)を求めたが (シシ)の足跡も見つけられずに終わった

弟は 兄の幸鉤(サチチ)を持って 海に行き魚を釣りましたが 何も獲れませんでした そして その針を失ししまいまし

兄は 弓矢を返して 自分の針を返せと責めまし
弟は りました 腰に差していた 針を作り (ミノ)に一杯盛って兄に渡しましたが 兄はそれを受取らず
「私の幸鉤(サチチ)欲しいのだ」と言いました

彦火火出見尊(ヒコホホデミノミコト) 探すところも判りません 憂いて悲しんで海辺に行き 嘆いていまし

すると 一人の(オキナ)あって 自ら 塩土老翁(シオツチノオジ)と名乗りました
塩土老翁(シオツチノオジ)が尋ねました
「あなたは誰ですか 何故 ここで悲しんでいるのですか

彦火火出見尊(ヒコホホデミノミコト) 詳しく述べました
老翁(オジ) 袋の中の玄櫛(クロクシ)をとだし 地に投げると五百箇竹林(イツホタカハラ)沢山の竹林になりました
その竹をとり 大目麁籠(オオマアラコ)目の荒い籠を作り 彦火火出見尊(ヒコホホデミノミコト)をその中に入れ 海へ投げれました

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別の伝にれば
無目堅間(マナシカタマ)編み目が細かい籠〉を造り 浮木(ウケキ)として 細縄(ホソナワ)〈イカダ〉で 彦火火出見尊(ヒコホホデミノミコト)を結いつけて海に沈めました

海の底進み いつのまにか可怜小汀(ウマシオハマ)に出ました
そこで浜伝いに進まれると 海神豊玉彦〈ワタツミノカミトヨタマヒコ〉の宮に着かれまし
その 周囲の垣(城壁)は高く華やかに飾ってあり 高楼は壮大ですばらしいものでした

門の外に井戸があり 井戸のそばに杜樹(カツラノキ)がありました
木の下に立っておられると しばらくして 一人の美女があり
この美女は 容貌世にすぐれ 侍女を多く従えて 中から出てきました

そして 玉壷(タマノツボ) 水を汲もうとして 上を見ると 彦火火出見尊(ヒコホホデミノミコト)を見つけられた
驚き帰って その父に言われた
「門の前の井戸のそばの木の下に 一人の人がおられます 人品が並みの人ではございません もし 天から降ったのであれば 天垢(アマノカホリがあり 地かられば地垢(チノカホリがあるでしょう
本当に妙なる美しさです 虛空彦(ソラツヒコ)という神でしょう

別の伝にれば
豊玉姫(トヨタマヒメ)の侍者が 玉瓶(タマノツルベ)で水を汲みました どうしても一杯にならない 井戸の中を覗く 逆さまに人の笑顔が映っていまし それで上を見ると 一人の麗わしい神がいて 杜樹(カツラノキ)に寄りかかり立っていました そこで中に入って その王に告げたとも言われています

ここに
豊玉彦(トヨタマヒコ)は 人を遣わして問いました
「客人はどなたですか  何故ここにおいでになるのですか」

彦火火出見尊(ヒコホホデミノミコト)は答えました
「私は天神(アマツカミ)の孫です」
そしてここに来た経緯を説明しました

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海神(ワタツミノカミ) 迎え拝んで 中に入れ 丁寧にお仕えしまし
そして 娘の豊玉姫(トヨタマヒメ)をその妻としました

海宮(ワタツミノミヤ)で3経過しました
この後 彦火火出見尊(ヒコホホデミノミコト) 溜め息を漏らす事がありました
豊玉姫(トヨタマヒメ)が尋ねました
天孫(アメミマ)はもしや 元の国に帰りたいと思っておられるのではありませんか」

彦火火出見尊(ヒコホホデミノミコト)は答えました
「そうです」

豊玉姫(トヨタマヒメ) すぐに父の神に伝えました
「ここにおいでになる高貴な人は 上国(ウハツクニ)へ帰りたいと思っておられます」

海神(ワタツミノカミ) そこで海の魚どもをすべて集めて その針を求め尋ねられました
すると 一匹の魚が答えていうのに
赤女(アカメ)赤鯛)は 永らくロの病いになっています あるいは赤女(アカメ) この針を呑んだのではないでしようか」

すぐに 赤女(アカメ)を呼んで そのロを見ると は やはり口中にありました これを取り出し 彦火火出見尊(ヒコホホデミノミコト)に授けまし
そして教えられました
「釣針をあなたの兄へ渡されるときには 呪って言いなさい
貧窮(マジ)の本(モト) 飢饉(ウエ)の始め 困苦(クルシミ)の根(モト)』といってから 渡しなさい
また あなたの兄が海を渡るときには 私は 必ず迅風(ハヤチ)洪濤(オオナミ)を立てて 兄を溺れさせ たしなめなさい」と言われました

そして 彦火火出見尊(ヒコホホデミノミコト)を大鰐オオワニ)似(ニ)せて 元の国にお送りされまし


これより先に 別れようとするときに 豊玉姫(トヨタマヒメ) おもむろに語り出し
「私はもう孕んでいます 風波の盛んな日に海辺に出ております どうか 私のために産屋を作って待っていて下さい」と言われまし

の後
豊玉姫(トヨタマヒメ) やはりその言葉の通りやってきました
彦火火出見尊(ヒコホホデミノミコト)に言われた
「私は今晩 子を生むでし どうか ご覧にならないで下さい」

しかし 彦火火出見尊(ヒコホホデミノミコト) 聞き入れられず 櫛の先に火をつけてその明りでご覧になりました

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豊玉姫(トヨタマヒメ) 大きな鰐の姿になって 這い回っておられた 
見られて辱かしめられたのを恨み 直ちに 海郷(カイキョウ)に帰られた

その妹の 玉依姫(タマヨリヒメ)残して 子を養育させまし
その子の名を 彦波瀲武鸕鷀草葺不合尊(ヒコナギサタケウガヤフキアエズノミコト)言います
その訳は その海辺の産屋に 鵜の羽で屋根を葺くのに まだ葺き終わらぬうちに子が生まれたからです

上国は羽播豆矩儞(ウツクニ)と読みます

【原文参照】国立公文書館デジタルアーカイブ『日本書紀』(720年)選者 舎人親王/刊本 文政13年 [旧蔵者]内務省
https://www.digital.archives.go.jp/DAS/meta/listPhoto?LANG=default&BID=F1000000000000047528&ID=M2017042515415226619&TYPE=&NO=画像利用

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『日本書紀(nihon shoki)』第101書(2の条

 

意訳

1(第2によると

門の前に 一つの好い井戸が ありました
その井戸のそばに 枝のよく茂った杜樹(カツラノキ)が ありました
彦火火出見尊(ヒコホホデミノミコト) 跳ね上って その木にのぼり立っておられまし

そのとき 海神(ワタツミノカミ)の娘の豊玉姫(トヨタマヒメ) 手に玉鋺(タマノマリ)を持ってやってきて 水を汲もうとしまし
すると 人の姿が井戸の中に映っているのを見て 見上げられました
そのとき 驚いて碗を落とされまし
碗は 破れ砕けましたが 顧みないで 戻って両親に伝えました
「私は 一人のひとが 井戸のそばの木の上にいるのを見ました 顔色 美しく 容貌も高貴 先ず 常人ではありません」

父の神は これを聞き 不思議に思い 八重畳(ヤエタタミ)を敷いて迎え入れられ
座につかれると どうしてここにお出でになったかと問われまし

彦火火出見尊(ヒコホホデミノミコト) ことの訳を詳しく話されました

海神(ワタツミノカミ) 憐れみの心を起こして 鰭廣(ハタノヒロモノ)鰭狹(ハタノサモノ)を全部集めて尋ねられました
魚が皆が言うには「知りません
ただ 赤女(アカメ)だけが ロの病があって来ておりませんでした

では
口女(ボラ)は 口の病気があったと」というものがあり 急いで呼んでそのロを探ると 失した釣針がすぐ見つかりました

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そこで 海神(ワタツミノカミ) 
口女(クチメ) お前はこれよりずっと 餌を飲んではならない また天孫(アメミマ)の食事にはしない」とされ
口女(クチメ)が 天皇の食事に上がらないのは このためです

海神(ワタツミノカミ) 彦火火出見尊(ヒコホホデミノミコト) 帰ろうとされる
「今 天神(アマツカミ)の孫が 恐れ多くも 私のところへお出で下さった から喜びは いつまでも忘れないでしょう」と言われまし

そして ・思則潮溢之瓊(オモエバシオミチノタマ)・思則潮涸之瓊(オモエバシオヒノタマ) その針に添えて奉って 言われまし
「遠く隔たっても どうか 時に思いだして 忘れてしまわないようにして下さい」

そして 教えられました
「この針を あなたの兄に与えらるときに
『貧鉤(マヂチ)・滅鉤(ホロビノチ)・落薄鉤(オトロエノチ)』唱えて
言い終ったら 後の方に投げ棄てて 渡し与えなさい 面と向かい合って授けてはいけません

もし 兄が怒り あなたを損おうとするなら
潮溢瓊(シオミチノタマ)を出し 溺れさせ
苦しんで助けてくれと乞うたら
潮涸之瓊(シオヒノタマ)を出して救いなさい
このように責め悩ませれば 自ずから従でしよう」

彦火火出見尊(ヒコホホデミノミコト) この瓊(タマ)と鉤(チ)を持って 本宮(モトツミヤ)に帰って来ました

海神(ワタツミノカミ)の教えの通りに まずその針を兄に渡しました
兄は 怒って受けとりませんでした
そこで弟は 潮溢瓊(シオミチノタマ)を出すと 潮が大きく充ちてきて兄はおぼれました

兄は 助けを求めて言いました
「私は あなたにお仕えして 奴僕(ヤッコ)となりましょう どうかお助け下さい」

弟が 潮涸之瓊(シオヒノタマ)を出すと潮はひいて 兄はもとに返りました

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後になると 兄は前言を改め
「私は お前の兄である どうして 兄として 弟に仕えることができようか」と言いました

弟は そのとき 潮溢瓊(シオミチノタマ)を取り出し
兄は これを見て 高山に逃げ登った
潮は 山をも呑んだ
兄は 高い木に登った
潮は また木を没した
兄は 全く困って逃げるところもなくなり 伏して
「私過ちをした 今後は わたしの子孫八十連屬(ウミノコノヤソツヅキ)〈子々孫々〉まで あなたの俳人(ワザヒト)になりましょう」と言いました

別の伝にれば
『狗人(イヌヒト)』なります どうか哀れんで下さい」と言ったとされます

弟が 潮涸之瓊(シオヒノタマ)を出す 潮は おのずから引きました
そこで 兄は 弟が 海神(ワタツミノカミ)徳を身につけていることを知り ついに その弟に服従しました
それで 火酢芹命(ホノスセリノミコト)の後裔(コウエイ)である 諸々の隼人(ハヤト)たちは 今に至るまで 天皇(スメラミコト)の宮墻(ミヤカキ)のそばから離れず 吠える犬の役をしてお仕えしているので
世の中の人が 失せた針を責めない これがその由来で

【原文参照】国立公文書館デジタルアーカイブ『日本書紀』(720年)選者 舎人親王/刊本 文政13年 [旧蔵者]内務省
https://www.digital.archives.go.jp/DAS/meta/listPhoto?LANG=default&BID=F1000000000000047528&ID=M2017042515415226619&TYPE=&NO=画像利用

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『日本書紀(nihon shoki)』第101書(3の条

意訳

1(第3によると

兄の 火酢芹命(ホノスセリノミコト) 海の幸を得ることができたので 海幸彦(ウミサチヒコ)と名づけられまし
弟の 彦火火出見尊(ヒコホホデミノミコト) 山の幸を得ることができたので 山幸彦(ヤマサチヒコ)といいました

兄は 風が吹き雨が降る度に その幸を失います
弟は 風が吹き雨が降っても その幸が違いませんでした
そこで 兄が弟に言います
「私は試しに お前と幸を取り替えてみたいと思う」

弟は 承諾して取り替えまし

兄は 弟の弓矢を持って 山に入り (シシ)を狩り 
弟は 兄の釣針を持って 海に行き 魚を釣ました
しかし どちらも幸を得られないで 空手(ムナデ)で帰ってきまし

兄は 弓を返し 自分の「釣鉤(チ)を還せ」求めまし
弟は (チ)を海中(ウミナカ)に失して 探し求める方法ありません

それで 新しい釣針(チ)を沢山作って兄に渡しました
しかし 兄は怒って受け取らず もとの針(チ)を返すよう責めました という云々

このときに
弟は海に行き うなだれ 歩いて悲しみ嘆いていた
そのとき 川雁(カワカリ) 罠にかかって 苦しんでいた
それを見て 憐れみを起こし 解き放してやりました

しばらくすると
鹽土老翁(シオツチオジ)が来て 無目堅間(マナシカタマ)で船を造り 火火出見尊(ホホデミノミコト)を乗せて 海の中に押しちました
すると 船は自然と沈んでいきました

たちまち 可怜御路(ウマシミチ)があり その路(ミチ)に従って行くと ひとりでに海神宮(ワタツミノカミノミヤ)に着きました
このとき
海神(ワタツミノカミ) 自ら出迎えて 招き入れて 海驢(アシカ)の皮沢山 敷いて その上に座らせまし
また 数多くの物を並べた机を用意して 主人礼を尽しまし

そしておもむろに尋ねました
天神(アマツカミ)の孫(ミマ)は なぜ 恐れおおくも お出でなさいましたか

ある伝えには
「この頃 我が子が 語りますのに『天孫(アメミマ)が海辺で憂えんでいる』というのですが 本当でしょうか そんなことがありましたか」と尋ねた

彦火火出見尊(ヒコホホデミノミコト) 詳しく事情を述べられまし
そして そこに住まれた
海神(ワタツミノカミ) その子である 豊玉姫(トヨタマヒメ)妻に差し上げた
二人は仲睦まじく愛し合い 3経過した

帰ろうとされるときに 海神(ワタツミノカミ)が 鯛女(タイを召して そのロを探られると 釣針が得られました
この針を 彦火火出見尊(ヒコホホデミノミコト) 奉られた

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そして
「これを あなたの兄に 与えるときに
『大鉤(オオチ)踉䠙鉤(ススノミヂ)貧鉤(マヂチ)癡騃鉤(ウルケヂ)』と言いなさい 言い終ったら後の方へ投げてください

鰐魚(ワニ)を呼び集めて問いました
天神(アマツカミ)の孫(ミマ)が 今お還りなる お前達は 何日間でお送りできるか」
沢山の鰐魚(ワニ) それぞれに 長く あるいは 短か日数を述べました
その中の一尋鰐(ヒトヒロワニ)
「一日で お送りすることができます」
そこで 一尋鰐(ヒトヒロワニ)に命じて お送りなられました

また
潮滿瓊(シオミチノタマ)・潮涸瓊(シオヒノタマ)の二種の宝物を奉って 玉の使い方をお教えしまし
「兄が 高い所田を作られたら あなたは 窪んだ低い田を作りなさい
 兄が 窪んだ低い田を作ったら あなたは 高い所の田を作りなさい」

海神(ワタツミノカミ) このように誠を尽してお助けされました

彦火火出見尊(ヒコホホデミノミコト) 帰ってきて 海神(ワタツミノカミ)の教えの通りに実行しました
その後
火酢芹命(ホノスセリノミコト) 日々に やつれていき 憂いてこう言いました
「私は貧乏になってしまった」そして弟に降伏なさいました

弟が 潮滿瓊(シオミチノタマ)を出すと 兄は 手を挙げて溺れ苦し
   潮涸瓊(シオヒノタマ)を出すと すぐに水は引いて 元通りなることを 繰り返されたからで

これよりのことです
豊玉姫(トヨタマヒメ) 天孫(アメミマ)言いました
「私は妊娠しました 天孫(アメミマ)の御子を海中(ウミナカ)で生むことはできません 子を生むときには きっとあなたの所へ参ります 私のために産屋(ウブヤ)を海辺に作って待っていて下さい」

彦火火出見尊(ヒコホホデミノミコト) 故郷に帰って すぐに 鸕鷀(ウ)の羽で屋根を葺(フ)いた産屋(ウブヤ)を立てました

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その蓋(イラカ)が出来上がる前に
豊玉姫(トヨタマヒメ) 大亀に乗って 妹の玉依姫(タマヨリヒメ)を連れ 海を照らしながらやって来ました
時は臨月に至り 子は産まれる直前であった
それで 屋根を葺き終えるのを待たずに 産屋(ウブヤ)に入り そしておもむろに 天孫(アメミマ)に言いました
「私が子を生む時に どうか見ないで下さい」

天孫(アメミマ)は 内心 そのことばを怪しんで こっそり覗かれました
すると 姫は八尋(ヤヒロ)の大きな鰐(ワニ)に化けていました
しかも 天孫(アメミマ) 覗き見されたことを知って 深く恥じ恨みを抱きました

既に 子が生まれてから 天孫(アメミマ)が行って問われました
「子の名前を何とつけたら良いだろうか」

答えていうのに
「彦波瀲武鸕鷀草葺不合尊(ヒコナギサタケウガヤフキアエズノミコト)と名付けるべきです」
言い終ると 海を渡って すぐに去りました

【原文参照】国立公文書館デジタルアーカイブ『日本書紀』(720年)選者 舎人親王/刊本 文政13年 [旧蔵者]内務省
https://www.digital.archives.go.jp/DAS/meta/listPhoto?LANG=default&BID=F1000000000000047528&ID=M2017042515415226619&TYPE=&NO=画像利用

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『日本書紀(nihon shoki)』第101書(4の条

意訳

1(第4によると

兄の火酢芹命(ホノスセリノミコト)山の幸利(サチ)を得て
弟の火折尊(ホオリノミコト)海の幸利(サチ)を得ていたと云々

弟が悩み彷徨って海辺におられる時 鹽筒老翁(シオツツノオジ)に会いました
老翁(オジ)は「何故そんなに悲しまれるのですか」と問いました

火折尊(ホオリノミコト)答えました云々

老翁(オジ)言いました
「ご心配は なさいますな私が計り事をして差し上げます

そして
海神(ワタツミノカミ)の乗る 駿馬(シュンメ)八尋鰐(ワヒロワニ)です
これが その鰭背(ハタ)を立てて橘之小戸(タチバナノオド)におります私が彼と一緒になって計り事をいたしましょう
といって火折尊(ホオリノミコト)をつれて共に行き(ワニ)に出会いました
(ワニ)が 言うに
「私は 8日の後に天孫(アメミマ)を 海神宮(ワタツミノカミノミヤ)に お送りできます
しかし我が王の駿馬は一尋鰐魚(ヒトヒロワニ)でこれはきっと一日の中にお送りするでしょう
だから今 私が帰って彼を来させましょう彼に乗って海に お入りなさい
海に入られたら 海中(ウミナカ)可怜小汀(ウマシオハマ)があります
その浜の通りに進まれたら必ず我が王の宮に着くでしょう
宮の門の井戸の上に湯津杜樹(ユツカツラノキ)がありますその木の上に乗っていらっしゃい」

言い終わるとすぐ海中に入って行った

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そこで天孫(アメミマ)(ワニ)の言った通りに 8日間待たれ
しばらくして一尋鰐魚(ヒトヒロワニ)がやってきました
それに乗って海中に入りました
すべて前の(ワニ)の言った通り従いました

そのとき豊玉姫(トヨタマヒメ)の侍者が
玉鋺(タマノマリ)をもって 井戸の水を汲もうとすると人影が水底に映っているの汲みとることができず上を仰ぐと 天孫(アメミマ)の姿が見えました

それで中に入って 王に告げました
「私は我が 大王だけが優れて麗しい と思っていましたしかし今 一人の客を見ると比べられないほど優れていました」

海神(ワタツミノカミ)それを聞いて言われるには
試しに会ってみよう」
三床(ミツノユカ)を設けて招き入れられました

そこで天孫(アメミマ)
入口の床で両足を拭かれ
次の床では両手をついて
内の床では眞床覆衾(マドコオフスマ)の上にゆったりと座られまし

海神(ワタツミノカミ)これを見てこの人は 天神(アマツカミ)の孫と知りましたそして ますます崇敬(アガメウヤマウ)ようになりました云々

海神(ワタツミノカミ)赤女(アカメ)と 口女(クチメ)を呼び寄せて 尋ねられました
すると口女(クチメ)の口から釣り針を出して献上しました
赤女(アカメ)は 赤鯛(アカダイ)です
口女(クチメ)は 鯔魚(ボラ)です

海神(ワタツミノカミ)(チ)彦火火出見尊(ヒコホホデミノミコト)に授けて教えました
「兄にこの針を返す時に天孫(アメミマ)この様に唱えなされ
『お前の生子(ウミノコ)
 八十連屬(ヤソツヅキ)の末裔まで
 貧鉤(マヂチ=貧乏針)
 狹狹貧鉤(ササマヂチ=もっともっと貧乏針)』

言い終ったら三度(つば)を吐いてこれを与えなさい

また兄が海で釣りをするときに
天孫(アメミマ)海辺におられて風招(カザオキ)をなさい
風招(カザオキ)とはロをすぼめて息を吹き出すことです

そうすると私は瀛風(オキツカゼ)・邊風(ヘツカゼ)を吹いて速い波を起こし溺れさせて困らせましょう」と言いました

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火折尊(ホオリノミコト)帰ってきて海神(ワタツミノカミ)の教えの通りにしました

兄が釣をする日に
弟は浜辺にいて嘯(ウソブ)ました

すると
疾風は やてが急に起こり 兄は溺れ苦しみ 生きられそうもなく 遥か遠くの 弟に救いを求めて
「お前は 長い間海原で暮らしたから きっと何かよいワザを知っているだろう どうか助けてくれ 私を助けてくれたら 私の生兒(ウミノコ)八十連屬(ヤソツヅキ)に お前の宮殿の外壁のそばを離れず 俳優(ワザオサ)の民となろう」と言いました

そこで 弟は 嘯(ウソブ)くことをやめると 風もまた 止みました
それで 兄は 弟の徳を知り 自ら罪に服しようとしました
しかし 弟は まだ怒っていて ロをきかなかった

そこで 兄は著犢鼻(タフサギ)〈ふんどし一丁〉になり 赭(ソホニ)〈赤土〉を手のひらと額に塗りこみ
「私は この通り身を汚しまし 永久に あなたのための俳優者(ワザオサヒト)になります」と言い 
そこで足をあげて踏みならし その苦しそうな真似をしまし

始め 潮が差して足を浸してきたときに 爪先立ちをし
膝に ついたときには 足をあげ
股に ついたときには 走り回
腰に ついたときには 腰をなで回し
脇に 届いたときには 手を胸におき
首に 届いたときには 手を上げて ひらひらさせまし
それから 今に至るまで その子孫の隼人(ハヤト)たちは この所作をやめずに 続いています

【原文参照】国立公文書館デジタルアーカイブ『日本書紀』(720年)選者 舎人親王/刊本 文政13年 [旧蔵者]内務省
https://www.digital.archives.go.jp/DAS/meta/listPhoto?LANG=default&BID=F1000000000000047528&ID=M2017042515415226619&TYPE=&NO=画像利用

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