その他の神社(Other old shrine)
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國吉神社(いすみ市苅谷)& 出雲大社上総教会
国吉神社(くによしじんじゃ)は 今から1500年前の昔 この地を治めていた伊甚国造(いじみのくにのみやつこ)が 春日皇后に屯倉(御料地)を献上し 勅使を迎える為の仮屋を設けた跡地に 伊甚国造の祖である天穂日命(出雲国造の祖)と建比良鳥命が仕えた大国主命の御子神である健御名方命をまつり鎮守神としたものです
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船守神社(出雲市塩津町)
船守神社(ふなもりじんじゃ)は 出雲国風土記「宇美社(うみのやしろ)」・延喜式内社「宇美神社(うみのかみのやしろ)」とされる「石上神社(出雲市塩津町)」を明治四年(1871)に合祀した神社です
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牛床詣所(うしどこもいしょ)〈山に参った男達を出迎えた里人の聖地〉
牛床詣所は 屋久島中央部の三岳の神の遥拝所です 里人が山に守られている畏怖の念と感謝をお山に詣でて お伝えする原初の山岳信仰の形式を今に伝えています 標高1936mの宮之浦岳は益救神社の奥宮で かつては毎年春と秋の2回 男衆の「嶽参り」があり 牛床詣所で女子供は山に参った男達を出迎えた里人の聖地とされています
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神明神社(京都市下京区神明町)
神明神社は かつて榎の大木があったので 榎神明(えのきしんめい)と呼称されたそうです 『平家物語』で有名な「鵺」の話の舞台で 源頼政卿の鵺(ぬえ)退治に関わる神社です 社伝には 平安時代末期 近衛天皇(在位1141~1155)〉の時 源頼政(ミナモトノヨリマサ)卿が 鵺(ぬえ)退治に向う時 この神明宮で祈願します この時 使われた弓矢の「矢じり」2本を奉納したと伝わります 現在でも 宝物として現存 祭礼で飾られています
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井椋神社(深谷市畠山)〈境内社の白旗八幡社は式内社〉
井椋神社(いぐらじんじゃ)は 男衾郡 畠山の地に進出した 秩父郡吉田(旧・吉田町、現・秩父市)を本拠地とする秩父氏の嫡流の畠山氏が 守護神として祀っていた 井椋五所宮〈現 秩父市下吉田にある椋神社(式内社)〉を 秩父権守 重綱公が 畠山の地に勧請(分祀)したのが始まりと伝えられています 又 境内社「白旗八幡社」は 式内社「武蔵國 男衾郡 出雲乃伊波比神社」の論社にもなっています
