延喜式神名帳
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塚田三嶋神社(寄居町赤浜)
塚田三嶋神社(つかだみしまじんじゃ)は 『延喜式神名帳』(927年12月編纂)に所載の「武蔵國 男衾郡 稲乃賣神社」の論社です 神社に伝わる鰐口は「武藏国男衾郡塚田宿三嶋宮鰐口 応永2年(1395)乙亥3月27日」とあり 塚田は中世に鋳物業が盛んであったと伝えられ この鰐口も地元在住の鋳物師によって造られたものと考えられています
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稲乃比売神社(寄居町鉢形)
稲乃比賣神社(いなのひめじんじゃ)は 天正18年(1590)鉢形城が落城した際 兵火により 社記録など焼失し 由緒不詳ですが 神職家の「相馬家」が「天長元年(824)6月28日相馬清太輔宗満祠官となる」以降も1200年相当に渡り 現在も代々継承されているようです『延喜式神名帳』(927年12月編纂)に所載の「武蔵國 男衾郡 稲乃賣神社」の論社です 江戸時代には 氷川社と呼ばれていたと記されています
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白旗八幡社〈井椋神社の境内社〉(深谷市畠山)
白旗八幡社(しらはたはちまんしゃ)は 寄居町赤浜に遷座した出雲之伊波比神社〈白旗八幡社〉の元宮になります 天正8年(1580年)荒川の度重なる氾濫により 白旗八幡社が 住民と共に赤浜に遷座した後も 畠山の氏子等は ここに祠を立てて祭りを続けたとされます その後 明治39年の勅令に基いて 明治41年に字栗坪の白幡八幡社を井椋神社の境内に遷座し 現在に至ります
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井椋神社(深谷市畠山)〈境内社の白旗八幡社は式内社〉
井椋神社(いぐらじんじゃ)は 男衾郡 畠山の地に進出した 秩父郡吉田(旧・吉田町、現・秩父市)を本拠地とする秩父氏の嫡流の畠山氏が 守護神として祀っていた 井椋五所宮〈現 秩父市下吉田にある椋神社(式内社)〉を 秩父権守 重綱公が 畠山の地に勧請(分祀)したのが始まりと伝えられています 又 境内社「白旗八幡社」は 式内社「武蔵國 男衾郡 出雲乃伊波比神社」の論社にもなっています
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出雲乃伊波比神社(寄居町赤浜)
出雲乃伊波比神社(いずものいわいじんじゃ)は 天喜年中(1053~58)源頼義が 奥州征伐の途 当社に白旗を献じて戦勝を祈願し「白旗八幡社」と称し 荒川沿いの赤濱村に鎮座しましたが 天正8年(1580年)荒川の度重なる氾濫により 住民と共に現在地に遷座します 江戸時代までは「八幡さま」と呼称されますが 明治になって『延喜式神名帳』(927年12月編纂)に所載の「武蔵國 男衾郡 出雲乃伊波比神社」の論社として 現在の社号に変更しました
