延喜式神名帳
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春日神社(福井市石畠町)〈『延喜式』石田神社〉
春日神社(かすがじんじゃ)は 慶長以前創立と伝わり 明治四十三年九月 中山村三五番地字村北原の硲神社(はさまじんじゃ)に合併 のち再び現在地(石島部落の末端の丘陵地)に遷座された 延喜式内社 越前國坂井郡 石田神社(いはたの かみのやしろ)の論社です
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寒川神社(千葉市中央区寒川町)〈『延喜式』寒川神社〉
寒川神社(さむかわじんじゃ)は 一説には延喜式内社 下總國千葉郡 寒川神社(さむかはの かみのやしろ)の論社とされます 御祭神は 寒川比古命・寒川比賣命 配祀神に天照皇太神の御三神を祀り 神明様または伊勢神明様(いせのみょうじんさま)と呼ばれていました 明治元年(1868)社号を寒川神社に改称しています
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三輪茂侶神社(流山市三輪野山)〈『三代實録』茂侶神『延喜式』茂侶神社〉
三輪茂侶神社(流山市三輪野山)は 三輪野山の北側に半円形状につき出た台地の中央に鎮座します 大和三輪の大神神社を勧請したものと伝わり 以前は地名にちなみ「三輪神社」と呼ばれていました 延喜式内社 下總國 葛餝郡 茂侶神社(もろの かみのやしろ)の論社となっています
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三輪神社(吉川市三輪野江)〈『三代實録』茂侶神『延喜式』茂侶神社〉
三輪神社(みわじんじゃ)は 元和年中(1615~1623年)三輪野山の茂呂神社より そのご神体が分霊され祭られたのが 当郷の三輪の社とされます 享保三年(1718)には神祇道官領 卜部兼敬によって正一位三輪大明神の宗源宣旨を受けており 延喜式内社 下總國 葛餝郡 茂侶神社(もろの かみのやしろ)の論社となっています
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茂侶神社(松戸市小金原)〈『三代實録』茂侶神『延喜式』茂侶神社〉
茂侶神社(もろじんじゃ)は 延喜式内社 下總國 葛餝郡 茂侶神社(もろの かみのやしろ)の論社となっています 詳細は不明ですが 最初に論社と考えたと伝わるのは水戸光圀公です この時 各種資料には 鎮座地が「栗ヶ沢」となっています





