延喜式神名帳
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茨木神社(茨木市元町)&〈奥宮〉天石門別神社〈『延喜式』天石門別神社〉
茨木神社(いばらきじんじゃ)&〈奥宮〉天石門別神社(あめのいわとわけじんじゃ)は 大同2年(807)坂上田村麿が荊切(いばらき)里をつくった時 天石門別神社が今日の宮元町に鎮座 元和八年(1622)茨木神社の社殿修築の時 延喜式内社 攝津國嶋下郡 天石門別神社(あまのいはとはけの かみのやしろ)を奥宮として現在地に遷座
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天太玉命神社(橿原市忌部町)〈『延喜式』太玉命神社四座〔並 名神大 月次 新嘗〕〉
天太玉命神社(あめのふとたまのみことじんじゃ)は この地に忌部宗家が斎部氏を称し土着 自らの祖先と斎部氏に縁故ある神霊を祀ったのが当社の起源 式内社 大和國 高市郡 太玉命神社四座〔並名神大月次新嘗〕(ふとたまのみことのかみのやしろ よくら)又 同じく式内社 天津石門別神社(あまついはとわけのかみのやしろ)の論社
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天津石門別神社(高取町越智)〈『三代實録』天石戸別神『延喜式』天津石門別神社〉
天津石門別神社(あまついわとわけじんじゃ)は 越智氏居館跡の西にあり元暦二年(1185)越智家の祖 親家が戦場守護神として創祀『越智氏系図』 古来 九頭神社と称した 明治八年(1875)奈良県示達により延喜式内社 大和國 高市郡 天津石門別神社(あまつ いはとわけの かみのやしろ)に治定され社名も改称されたが根拠は不明
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水尾神社(高島市拝戸)〈『続日本紀』『三代実録』三尾神・『延喜式』水尾神社〉
水尾神社(みおじんじゃ)は 元々は(河南社 河北社)二座がありましたが 現在は河南社に統合されています 河北社の祭神 振姫〔第26代 継体天皇の生母〕は 当社拝殿を産所として生まれたと伝わります 継体天皇 延喜式内社 近江國 高嶋郡 水尾神社〔並 名神大 月次 新嘗〕(みをの かみのやしろ ふたくら)です
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長田神社(高島市永田)〈『延喜式』長田神社〉
長田神社(ながたじんじゃ)は 社伝によれば 天安2年(858)の創立と伝う 御祭神は事代主神一柱でしたが 三尾川〈和田打川〉洪水の爲 水尾神社の河北社〈天鈿女命〉が流れて 社頭に留り里人が後に神霊を事代主神と同殿に奉遷奉斎したと伝わる 延喜式内社 近江國 高嶋郡 長田神社(なかたの かみのやしろ)です





