延喜式神名帳
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東別府神社(熊谷市東別府)
東別府神社(ひがしべっぶじんじゃ) は 創建年代等は不詳です 鎮座地 別府の地名由来は 平安末期頃 国府の支庁である別府が置かれていた為 又は 別府小太郎清重の在名から名付けられた地名とも云われ 居城の東別府城には 別府氏(藤原氏)の氏神 奈良の春日大社から分祀し 天正18年(1590)の落城まで 城の鎮守であったと伝わります 跡地には 明治42年に埋鳥の村社 榛名神社を合祀して 東別府神社と改称しました『延喜式神名帳』(927年12月編纂)所載「武蔵国 幡羅郡 白髪神社」の論社とされています
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白髪神社(熊谷市妻沼)
白髪神社(しらかみじんじゃ)は 『延喜式神名帳』(927年12月編纂)に所載の「武蔵国 幡羅郡 白髪神社」の論社です 社伝によれば「継体天皇(ケイタイテンノウ)勅し 大伴室屋大連(オオトモノムロヤオオムラジ)而して 毎州祭に白髪神社」とあります 又 第22代 清寧天皇〈即位480~484年頃〉の白髪部との係わりがあるとされます
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知形大神社(深谷市田中)
知形大神社(ちかたじんじゃ)は 『延喜式神名帳』(927年12月編纂)所載の「武蔵国 幡羅郡 田中神社」の3つの論社のひとつです 『大日本地名辞書』〈明治40年(1907)〉には 鎮座地の田中の地名について 知形明神が式内社の田中神社なので 田中という村名となっていると記しています
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三ヶ尻八幡神社(熊谷市三ケ尻)
三ヶ尻八幡神社(みかじりはちまんじんじゃ)は 天喜4年(1056)に鎮守府将軍 源頼義と嫡男 八幡太郎義家が 奥州出陣〈前9年の役〉にあたり 戦勝祈願したとされる古社です 『延喜式神名帳』(927年12月編纂)に所載の「武蔵国 幡羅郡 田中神社」の論社とも云われています
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八幡塚旧跡〈白幡八幡社 旧鎮座地〉(寄居町赤浜)
八幡塚旧跡は 井椋神社に合祀された 字栗坪にあった祠「白旗八幡社」の旧鎮座地の跡になります 従って『延喜式神名帳(Engishiki Jimmeicho)』(927年12月編纂)に所載の「武蔵國 男衾郡 出雲乃伊波比神社」の論社の跡地ですが 延喜式の時代(927年)には 当地に鎮座していたことになります
