延喜式神名帳

福長神社(上京区福長町)

福長神社(ふくながじんじゃ)は 『延喜式神名帳』(927年12月編纂)所載 宮中神 神祇官西院坐 座摩巫祭神(イカスリノミカンナキノマツルカミ)5座大の内2座の合殿 元々は 一条猪熊の神祇官西院に祀られていましたが 豊臣秀吉公の聚楽第の造営の時より 2座合殿となり 現在の地に遷されたと伝わります 天明の大火(1788年)で焼失の後 現在は小祠となっていますが 宮中の井水を守る大変に由緒ある神社です

漢國神社(奈良市漢國町)〈延喜式内社名神大社〉

漢国神社(かんごうじんじゃ)は 推古天皇 元年(593)大神君白堤が勅を賜ひ 園神〈大物主命〉を祀り その後 元正天皇の養老元年(717)藤原不比等公が 更に 韓神の二座〈大己貴命・少彦名命〉を相殿として祀りました 清和天皇 貞観元年(859)平安城宮内省へと 園神韓神は勧請されたと社伝にあります

韓国宇豆峯神社(霧島市国分上井)

韓國宇豆峯神社(からくにうづみねじんじゃ)は 隼人の乱(720)に関わる創建の歴史を持つ式内社となります 律令体制の支配強化のため九州南部に大隅国設置(713)した大和朝廷は 豊前國から200戸(約5000人)の民を隼人を教導するため移住させた 彼らが奉斎する韓国神も遷座して建立したものと伝えています その後に自治を求める隼人族の大規模な反乱が起こります

宮浦宮(霧島市福山町)

宮浦宮(みやうらぐう)は 『延喜式神名帳』(927年12月編纂)に所載の式内社で大隅五社の一つです 境内の夫婦銀杏は 樹齢千年を越えており 初代 神武天皇が東征前の仮の宮居であったことを記念して お手植えになったものに後世植え継いだとされています

大穴持神社(霧島市国分広瀬)

大穴持神社(おおなむぢじんじゃ)は 天平宝字8年(764)噴火によって3島が出現した時 噴火で島を造った神の名は「大穴持神」とされ 宝亀9年(778)官社となりました『延喜式神名帳』(927年12月編纂)に所載社〈式内社〉です 大己貴命がマムシに咬まれ忌み嫌ったので この地区にはマムシがおらず まむし除けの信仰の社としても有名です

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