別宮(べつぐう)とは?意味・摂社との違い・伊勢神宮を解説

SHD-0022 別宮(べつぐう)とは?意味・摂社との違い・伊勢神宮を解説 Edition 1 Master

別宮とは、本宮・正宮と特に深い関係をもつ神を祀る宮です。伊勢神宮では正宮に次ぐ位置にあり、現在は内宮10所・外宮4所の計14所です。ただし、全国一律の社格名称ではなく、神社や時代によって成立事情と用法が異なります。本記事では14別宮の一覧と歴史、伊勢以外の用例も整理します。

別宮の基本情報

項目内容
用語別宮
読み方べつぐう
別表記・関連する呼称別宮、別宮所、わけみや(語義を説明する呼び方)
英語表記Betsugu; auxiliary sanctuary of special status
意味本宮・正宮から分かれ、祭神や祭祀の面で特に深い関係をもつ宮
分類神社の社宮・祭祀施設に関する用語
対概念本宮、正宮
関連概念摂社、末社、所管社、分社、勧請、荒御魂

第1章 別宮とは

1-1 本宮・正宮と特に深い関係をもつ宮

別宮(べつぐう)は、一般に本宮または正宮から分かれて祀られ、本社の祭神と特に深い関係をもつ宮を指します。「別」という字が付いていても、本社と関係の薄い神社という意味ではありません。祭神の御魂、同系統の神、祭神の親族神、土地や祭祀を支える神など、関係の内容は宮ごとに異なります。

ただし、「別宮」は全国の神社に共通する一つの制度ではありません。伊勢神宮で用いられる別宮、八幡信仰の展開過程で用いられた別宮、地域の由緒に現れる別宮は、同じ名称であっても成立事情や役割が異なります。

1-2 伊勢神宮では正宮に次ぐ宮

神宮司庁は、別宮を正宮に次いで尊い宮と説明しています。現在の神宮には、皇大神宮(内宮)に10所、豊受大神宮(外宮)に4所、計14所の別宮があります。内宮の荒祭宮と外宮の多賀宮は、それぞれ第一の別宮です。

この位置づけは伊勢神宮の制度に基づくものです。他の神社で「別宮」と呼ばれる社を、直ちに伊勢神宮と同じ序列へ当てはめることはできません。

1-3 「別宮」は全国一律の社格ではありません

近代社格制度の官社・諸社や、現在の神社本庁が定める包括的な社格名称として、全国一律の「別宮」が設けられているわけではありません。神社本庁は、伊勢神宮や石清水八幡宮などで、本社祭神と特に関係の深い神を祀る神社を別宮と呼ぶ例があると説明しています。

したがって、別宮を調べる際は、名称だけで序列を判断せず、どの神社との関係を示すのか、どの史料や由緒に呼称が現れるのかを確認する必要があります。

第2章 別宮の読み方と表記

2-1 基本的な読み方は「べつぐう」

別宮は通常「べつぐう」と読みます。個別の宮名では「荒祭宮(あらまつりのみや)」「多賀宮(たかのみや)」のように、固有名の末尾を「のみや」と読みます。そのため、分類名としての「別宮」と、個別名称に含まれる「宮」の読み方は分けて考える必要があります。

2-2 「わけみや」という説明

別宮は「正宮のわけみや」という趣旨で説明されることがあります。これは本宮・正宮との密接な関係を理解するうえで有用ですが、すべての別宮の成立を一つの語源だけで説明するものではありません。祭神、創祀、昇格、勧請、神領との関係など、個別の由緒を併せて確認します。

2-3 別宮・別社・分社は同じではありません

分社は、本社から祭神を勧請して新たな神社を設けた場合などに用いられます。別社は本社とは別の社という広い意味で使われることがあります。これに対し別宮は、本宮との特別な関係を表す歴史的・制度的な名称です。ただし、実際の用法には時代差と地域差があるため、名称だけで機械的に分類することはできません。

第3章 古代史料にみる別宮

3-1 『皇太神宮儀式帳』と『止由気宮儀式帳』

延暦23年(804)に成立した『皇太神宮儀式帳』と『止由気宮儀式帳』は、古代の伊勢神宮の祭祀、宮社、神領などを知る基礎史料です。そこには、皇大神宮・豊受大神宮と関係する諸宮・諸社の名称や祭祀が記されています。

ただし、史料に記された宮社の名称・数・位置づけを、現在の14別宮へそのまま置き換えることはできません。後世に別宮へ昇格した宮や、近代に創建された宮もあるためです。

3-2 『延喜式』伊勢大神宮式

延長5年(927)に完成した『延喜式』の伊勢大神宮式は、神宮の祭祀や諸宮社に関する規定を伝えます。古代の制度を検討する際には重要ですが、現行の神宮制度はその後の中断、再興、名称変更、昇格、近代の整備を経ています。

3-3 古代の宮と現在の14別宮を直結させない

現在の14別宮は、すべてが古代の同じ時点に同一の資格で成立したものではありません。史料に古い宮名が見える場合でも、現行名称、祭神表記、社殿配置、序列が当時から変わらなかったとは限りません。本記事では、古代史料に確認できる事項と、後世の由緒・現行制度による説明を区別します。

第4章 別宮制度の変遷

4-1 古代から中世へ

伊勢神宮では、正宮と深く関係する諸宮の祭祀が古代から営まれてきました。一方、戦乱や社会状況の変化によって、式年遷宮や諸宮社の祭祀が予定どおり継続できない時期もありました。近世の再興を経て、神宮の宮社と祭祀は改めて整えられました。

4-2 風日祈宮と風宮の昇格

内宮の風日祈宮と外宮の風宮は、もとは風神を祀る社として位置づけられ、正応6年(1293)に別宮へ加列されたと伝えられます。元寇に際して神風をもたらしたという信仰と結び付けて説明されますが、伝承上の説明と制度上の昇格時期は区別して記述する必要があります。

4-3 近代の整備と倭姫宮

明治期には神宮の宮社・祭祀制度が整理されました。月讀宮の四宮なども、現在の配置や参拝順序を考える際、古代から一切変化していないとみなすことはできません。

倭姫宮は、倭姫命を祀るため大正12年(1923)に創建された内宮別宮です。この事例は、現在の14別宮という構成が古代の一時点で完成していたのではなく、長い変遷を経て成立したことを示しています。

第5章 伊勢神宮の14別宮

5-1 内宮10所・外宮4所

現在の神宮には14所の別宮があります。内宮別宮は10所、外宮別宮は4所です。このうち正宮の宮域内にある別宮は5所、宮域外に鎮座する別宮は9所です。宮域外にあることは、本宮との関係が弱いことを意味しません。

伊勢神宮の14別宮一覧

所属宮名読み方主な祭神表記区分
内宮荒祭宮あらまつりのみや天照大御神荒御魂宮域内
内宮月讀宮つきよみのみや月讀尊宮域外
内宮月讀荒御魂宮つきよみあらみたまのみや月讀尊荒御魂宮域外
内宮伊佐奈岐宮いざなぎのみや伊弉諾尊宮域外
内宮伊佐奈彌宮いざなみのみや伊弉冉尊宮域外
内宮瀧原宮たきはらのみや天照大御神御魂宮域外
内宮瀧原竝宮たきはらならびのみや天照大御神御魂宮域外
内宮伊雑宮いざわのみや天照大御神御魂宮域外
内宮風日祈宮かざひのみのみや級長津彦命・級長戸辺命宮域内
内宮倭姫宮やまとひめのみや倭姫命宮域外
外宮多賀宮たかのみや豊受大御神荒御魂宮域内
外宮土宮つちのみや大土乃御祖神宮域内
外宮月夜見宮つきよみのみや月夜見尊・月夜見尊荒御魂宮域外
外宮風宮かぜのみや級長津彦命・級長戸辺命宮域内

5-2 神宮125社における位置づけ

神宮125社は、正宮2所、別宮14所、摂社43社、末社24社、所管社42社で構成されます。数字は現在の構成を示すものであり、すべての社宮が同じ時期に成立したことを意味しません。

神宮125社の全体構成は、次の記事で詳しく紹介しています。

https://shrineheritager.com/ise125shrine/

お伊勢さん125社について〈神宮は正式名称 伊勢神宮125社の総称〉

゛伊勢神宮〈お伊勢さん〉゛ その正式名称は 二文字゛神宮゛(かみのみや or じんぐう)で 125のお社の総称とされます〈内訳は゛正宮〈内宮・外宮〉2所・別宮(わけみや)14社・摂社(せっしゃ)109社・末社(まっしゃ)24社・所管社(しょかんしゃ)34社・別宮所管社8社゛〉

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第6章 皇大神宮(内宮)の別宮10所

6-1 荒祭宮

荒祭宮は内宮の宮域内に鎮座し、天照大御神の荒御魂を祀る第一の別宮です。正宮の祭神と別の神を祀るというより、天照大御神の荒御魂を祀る宮として位置づけられます。

https://shrineheritager.com/aramatsuri-no-miya/

荒祭宮〈皇大神宮(内宮)別宮〉

荒祭宮(あらまつりのみや)は 『皇太神宮儀式帳〈延暦23年(804)〉』に「荒祭宮一院 大神宮の北にあり 相去ること二十四丈 大神宮の荒御魂宮と称す」とあり『延喜太神宮式〈延長5年(927)〉』に「荒祭宮一座 大神の荒魂」とも見える古社です 天照大御神の荒御魂を祀り 内宮に所属する十所の別宮のうち 第一に位しています

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6-2 月讀宮

月讀宮は内宮の宮域外に鎮座し、月讀尊を祀ります。同じ宮域には月讀荒御魂宮、伊佐奈岐宮、伊佐奈彌宮が並び、四宮を一体的に参拝できます。

https://shrineheritager.com/tsukiyominomiya/

月讀宮・月讀荒御魂宮・伊佐奈岐宮・伊佐奈彌宮〈皇大神宮(内宮)別宮〉〉

月讀宮・月讀荒御魂宮・伊佐奈岐宮・伊佐奈彌宮は 各々が皇大神宮(内宮)の別宮で 明治6年(1873)現在の四つ宮並列した形で鎮座しました 『皇太神宮儀式帳(804年)』には「月讀宮一院 正殿四区」と一宮に四殿と記し 『延喜式〈927年〉』には「伊佐奈岐宮・伊佐奈彌社が瑞垣を巡らしたー院」「「月讀宮・月讀尊荒御魂社で一院」と二宮であったと記されています

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6-3 月讀荒御魂宮

月讀荒御魂宮は月讀尊の荒御魂を祀ります。個別記事は、月讀宮・伊佐奈岐宮・伊佐奈彌宮と合わせて6-2のブログカードに収録しています。

6-4 伊佐奈岐宮

伊佐奈岐宮は伊弉諾尊を祀る内宮別宮です。月讀宮四宮の一つとして鎮座しています。個別の所在地・参拝記録は6-2の記事で確認できます。

6-5 伊佐奈彌宮

伊佐奈彌宮は伊弉冉尊を祀ります。月讀宮、月讀荒御魂宮、伊佐奈岐宮と並ぶ四宮の一つで、四宮の配置と参拝順序は6-2の記事で紹介しています。

6-6 瀧原宮

瀧原宮は三重県度会郡大紀町に鎮座する宮域外の別宮です。瀧原竝宮とともに天照大御神御魂を祀り、古くから「遙宮(とおのみや)」と呼ばれてきたと説明されています。

https://shrineheritager.com/takihara-no-miya/

瀧原宮・瀧原竝宮〈皇大神宮(内宮)別宮〉

瀧原宮(たきはらのみや)・瀧原竝宮(たきらのならびのみや)は 二つの内宮の別宮が並列して鎮座します 御船倉を有するなど他の別宮と異なる点が多々あり゛大神の遥宮(とおのみや)゛として大きな信仰を集めます 倭姫命の創建で 元伊勢とも伝えられ 内宮を連想させる神域内の樹齢数百年を越える杉の木立の参道と谷水の流れる御手洗場は太古の信仰へと誘います

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6-7 瀧原竝宮

瀧原竝宮は瀧原宮と並んで鎮座し、天照大御神御魂を祀ります。二宮の関係、境内の配置、由緒は6-6の個別記事にまとめています。

6-8 伊雑宮

伊雑宮は三重県志摩市磯部町に鎮座する内宮の宮域外別宮です。天照大御神御魂を祀り、瀧原宮とともに「遙宮」と呼ばれてきたとされます。御田植式でも知られています。

https://shrineheritager.com/izawa-no-miya/

伊雑宮(志摩市磯部町)〈皇大神宮(内宮)別宮〉

伊雑宮(いざわのみや)は 謎多き「志摩國 一之宮」とされています 伊勢の別宮としての高い格式も持ち「遙宮(tono miya)」と尊崇を集めます 「懸税(kake chikara)神事」の発祥の地として 御田植式(otaue shiki)があり 香取神宮・住吉大社とあわせて日本三大植祭の一つとされています

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6-9 風日祈宮

風日祈宮は内宮の宮域内に鎮座し、級長津彦命と級長戸辺命を祀ります。風神社から別宮へ加列された経緯をもち、名称と位置づけの変遷を考える重要な例です。

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風日祈宮〈皇大神宮(内宮)別宮〉

風日祈宮(かざひのみのみや)は 鎌倉時代 蒙古襲来・2度の元寇(1274年文永の役・1281年弘安の役)の時 伊勢の神風を吹かせ給い 国難を救ったと伝えられ 豊受大神宮(外宮)の風宮(かぜのみや)とともに 末社の格「風神社(かぜのかみのやしろ)」から 正応6年(1293)皇大神宮(内宮)別宮に昇格し゛風日祈宮゛と号します

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6-10 倭姫宮

倭姫宮は三重県伊勢市楠部町に鎮座し、倭姫命を祀ります。大正12年(1923)に創建された宮であり、現在の別宮制度が古代以来不変ではないことを理解するうえで重要です。

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倭姫宮〈皇大神宮(内宮)別宮〉

倭姫宮(やまとひめのみや)は 倭姫命(やまとひめのみこと)を祀るために 大正12年(1923)新しく創建された皇大神宮〈内宮〉別宮です 倭姫命は 2000年以上前に天照大御神の御鎮座の地を求め各地を巡幸された時 御神託を受けて伊勢に来られ 現在の五十鈴川のほとりに皇大神宮(内宮)を創建された 第11代 垂仁天皇の第二皇女です 伝説の初代 斎王(さいおう)でもあります

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第7章 豊受大神宮(外宮)の別宮4所

7-1 多賀宮

多賀宮は外宮の宮域内に鎮座し、豊受大御神の荒御魂を祀る第一の別宮です。正宮南側の高所に位置し、外宮の別宮を代表する宮です。

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多賀宮〈豊受⼤神宮(外宮)別宮〉

多賀宮(たかのみや)〉は 今から約1500年前 第21代 雄略天皇22年 天照大御神の御神勅によって豊受大御神が丹波の国から御饌都神として迎えられ 豊受大神宮が創立されたのと同時に創建されたと伝えられています 豊受大神宮(外宮)には・多賀宮・土宮・月夜見宮・風宮の四別宮があり その第一の宮とされます

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7-2 土宮

土宮は外宮宮域の地主神とされる大土乃御祖神を祀ります。宮川の治水・堤防守護との関係から別宮へ加列されたと伝えられ、正宮祭神の御魂を祀る多賀宮とは異なる成立事情を示します。

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土宮〈豊受大神宮(外宮)別宮〉

土宮(つちのみや)は 外宮鎮座以前から山田原に祀られていた鎮守神でした 外宮が鎮座した後 宮域の゛地主神゛となり その後 大治3年(1128)宮川の洪水から外宮を守る堤防の守護神として゛別宮゛に昇格しました ご祭神は大土乃御祖神(おほつちのみおやのかみ)で 神域内の御池にかかる「亀石」を渡った西側に 他の宮とは異なり〈外宮鎮座以前の姿のまま〉社殿は東を向き鎮座します

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7-3 月夜見宮

月夜見宮は外宮の宮域外に鎮座し、月夜見尊と月夜見尊荒御魂を一つの社殿に祀ります。内宮別宮の月讀宮四宮とは、表記、祭神の祀り方、社殿構成が異なります。

https://shrineheritager.com/tsukiyomi-no-miya/

月夜見宮〈豊受⼤神宮(外宮)別宮〉

月夜見宮(つきよみのみや)は 古くは 高河原(たかがわら)と呼ばれ 農耕の神を祀る神社であったと云います 延喜式〈927年12月編纂〉式内社 伊勢國 度會郡 月夜見神社(つきよみの かみのやしろ)の時は 外宮摂社の首位でした その後 土御門天皇の承元四年(1210)土宮の嘉例に淮じ豊受大神宮(外宮)の別宮に昇格しました

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7-4 風宮

風宮は外宮の宮域内に鎮座し、級長津彦命と級長戸辺命を祀ります。内宮の風日祈宮とともに、風神を祀る社から別宮へ加列された歴史を伝えます。

https://shrineheritager.com/kaze-no-miya/

風宮〈豊受大神宮(外宮)の境内 別宮〉〈お伊勢さん125社〉

風宮(かぜのみや)は 鎌倉時代 蒙古襲来・2度の元寇(1274年文永の役・1281年弘安の役)の時 伊勢の神風を吹かせ給い 国難を救ったと伝えられ 皇大神宮(内宮)の風日祈宮(かざひのみのみや)とともに 末社の格「風神社(かぜのかみのやしろ)」から 正応6年(1293)豊受大神宮(外宮)別宮に昇格し゛風宮゛と号します

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第8章 伊勢神宮以外で知られる別宮

伊勢神宮以外にも「別宮」と呼ばれた神社があります。しかし、その意味は伊勢神宮の14別宮と同一ではありません。八幡信仰の勧請、荘園・神領、本宮との歴史的関係などを背景として別宮と呼ばれた例があります。

8-1 宇佐八幡宮五所別宮――九州五所別宮と呼ばれた五社

宇佐八幡宮五所別宮は、「九州五所別宮」「石清水五所別宮」「八幡五所別宮」などとも呼ばれた五社を扱う歴史的な呼称です。承平・天慶期の争乱を背景とする勧請伝承などが語られますが、造立目的や政治的意図は、各社の由緒と史料を区別して検討する必要があります。

伊勢神宮の別宮が神宮内部の社宮区分であるのに対し、五所別宮は九州各地に鎮座する八幡宮を結ぶ呼称です。同じ「別宮」という語から、同一制度であるとは判断できません。

https://shrineheritager.com/usa-jingu-4/

「宇佐八幡宮五所別宮(usa hachimangu gosho betsugu)」(九州 五所別宮(kyushu gosho betsugu)について

宇佐八幡宮五所別宮(usa hachimangu gosho betsugu)は 朝廷からも厚く崇敬を受けていました 九州の大分宮(福岡県)・千栗宮(佐賀県)・藤崎宮(熊本県)・新田宮(鹿児島県)・正八幡(鹿児島県)の五つの八幡宮を云います

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8-2 藤崎八旛宮

熊本市の藤崎八旛宮は、九州五所別宮の一社として伝えられます。勧請元、創建伝承、後世の位置づけを分けて確認することで、八幡信仰における別宮の用法が理解できます。

https://shrineheritager.com/fujisaki-hachimangu/

藤崎八旛宮(熊本市中央区井川淵町)

藤崎八旛宮(ふじさきはちまんぐう)は 承平5年(935)第61代 朱雀天皇の勅願によって 藤原純友の乱の追討と九州鎮護として 石清水八幡宮から勧請され創建されました 肥後一国の宗廟 熊本大鎮守と公称されて 九州五所別宮(kyushu gosho betsugu)の第三の別宮とされています

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8-3 吉川八幡宮

岡山県吉備中央町の吉川八幡宮は、石清水八幡宮との深い関係を伝える神社です。石清水八幡宮領との関係や史料上の記述から、中世の別宮が祭神関係だけでなく、神領や祭祀組織とも結び付いていた例を確認できます。

https://shrineheritager.com/yoshikawa-hachimangu/

吉川八幡宮(吉備中央町吉川)

吉川八幡宮(よしかわはちまんぐう)は 永長元年(1096)京都 石清水八幡宮の別宮として創建と伝わり その後 慶長年中(1596~1615年)に断絶したが  後光明天皇 寛永21年(1664)に寄付の記録があります 『備中誌』に 吉川村の村内に布郡(ふこほり)と呼ばれる地名があり ここが式内社 古郡神社(ふるこほりの かみのやしろ)の所在ではないかと記しています 

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8-4 魚吹八幡神社

兵庫県姫路市の魚吹八幡神社は、荘園時代に石清水八幡宮の別宮となったと伝えられます。現在の神社名や社格だけでなく、荘園と本宮の関係を含めて別宮という呼称を読む必要があります。

https://shrineheritager.com/usuki-hachiman-shrine/

魚吹八幡神社(姫路市網干区宮内)〈『延喜式』中臣印達神社(名神大)〉

魚吹八幡神社(うすきはちまんじんじゃ)は 神功皇后摂政三年(202)三韓征伐の往路 御舩で宇須伎津に御滞泊の際 皇后神託を受けて 小社を建立し敷嶋宮と号したのが起源 後に仁徳天皇七年 天皇霊夢を御覧になり創建されたと云う 延喜式内社 播磨国 揖保郡 中臣印達神社(名神大)(なかとみいんたちの かみのやしろ)の論社です

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8-5 松崎八幡宮跡

広島県府中町の松崎八幡宮跡は、石清水八幡宮の別宮として中世史料に現れるとされます。神社が現存するかどうかだけでなく、古文書、社領、別当寺などを通じて歴史的な別宮の姿を検討できる例です。

https://shrineheritager.com/ruins-of-matsuzaki-hachimangu-shrine/

松崎八幡宮跡(安芸郡府中町宮の町)

松崎八幡宮跡(まつざきはちまんぐうあと)は 平安時代末~鎌倉時代初めに 京都石清水八幡宮の別宮として創建と伝わり 元暦2年(1185)源頼朝の下文に「松崎別宮」と記されます 江戸時代には 境内 たけい社を『延喜式神名帳927 AD.』記載 多家神社〈名神大〉(おほいえの かみのやしろ)であると主張して総社との争いが絶えず 明治7年(1874)創建した多家神社に合祀されて廃社となった松崎八幡宮の旧跡です

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8-6 日倉神社

島根県雲南市の日倉神社に関する由緒には、「日蔵別宮」「日倉別宮」などの名称が伝わります。史料に見える名称、旧鎮座地、遷座伝承を整理し、現在の神社へ単純に直結させずに検討します。

https://shrineheritager.com/higura-shrine/

日倉神社(雲南市三刀屋町乙加宮)

日倉神社(ひぐらじんじゃ)は 天平時代(729~749)掛合村の日倉山にあったとされ その後 御笠山 鼓ヶ段(つづみだん)に勧請され日倉八幡宮の摂社となる 明治五年(1872)八幡宮と合併し日倉社と改 ...

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第9章 別宮と正宮・摂社・末社の違い

別宮・正宮・摂社・末社の比較

用語基本的な説明注意点
正宮伊勢神宮で天照大御神または豊受大御神を祀る中心の宮「本宮」と完全に同義とは限りません
別宮本宮・正宮と特に深い関係をもつ宮全国一律の制度ではありません
摂社本社祭神と由緒上深い関係をもつ神を祀る社選定基準は神社により異なります
末社本社に付属する小社のうち、摂社以外を指すことが多い社規模だけで決まるとは限りません

9-1 正宮との違い

伊勢神宮では、皇大神宮と豊受大神宮の中心となる宮を正宮と呼びます。別宮は正宮と密接な関係をもち、正宮に次ぐ位置にあります。別宮が正宮から離れた場所にある場合でも、所在地だけで関係の強弱を判断することはできません。

9-2 摂社との違い

摂社も本社祭神と深い関係をもつ神を祀るため、説明だけでは別宮と似て見えます。神宮では別宮と摂社が明確に区分され、別宮は正宮に次ぐ宮とされます。一方、全国の神社では別宮を設けず、摂社・末社のみを用いる場合もあります。

9-3 末社との違い

末社は、一般に本社に付属する小社のうち摂社以外を指します。ただし、社殿の大小だけで摂社・末社を決められるとは限りません。神宮では末社も固有の由緒をもち、別宮、摂社、末社、所管社がそれぞれ区分されています。

第10章 よくある質問

Q1 別宮は何と読みますか

通常は「べつぐう」と読みます。個別名称の「宮」は「のみや」と読む例が多くあります。

Q2 別宮とは何ですか

本宮・正宮から分かれ、本社祭神と祭神・祭祀・由緒の面で特に深い関係をもつ宮です。ただし、意味は神社によって異なります。

Q3 別宮と正宮の違いは何ですか

伊勢神宮では正宮が中心となる二つの宮であり、別宮は正宮に次ぐ宮です。

Q4 別宮と摂社の違いは何ですか

神宮では別宮と摂社は別の区分です。別宮は正宮に次ぐ宮とされます。全国一律の基準として同じ説明を適用することはできません。

Q5 別宮と末社の違いは何ですか

別宮は本宮との特別な関係を示す宮です。末社は本社に付属する社の区分ですが、選定基準は神社によって異なります。

Q6 伊勢神宮には別宮がいくつありますか

現在は内宮10所、外宮4所の計14所です。

Q7 別宮は伊勢神宮だけにありますか

伊勢神宮だけではありません。石清水八幡宮との関係で別宮と呼ばれた神社や、地域の由緒に別宮の名称を伝える神社があります。

Q8 別宮でも式年遷宮は行われますか

神宮の式年遷宮では、両正宮に加えて14別宮の社殿も順次造り替えられます。すべてが正宮と同じ日時・同じ規模で行われるという意味ではありません。

第11章 編集部考察

別宮を理解する際に重要なのは、「別」という文字を本宮からの隔たりや低い位置と直結させないことです。伊勢神宮では、別宮は正宮と特に深い祭祀上の関係をもち、正宮に次ぐ宮として位置づけられています。

一方、八幡信仰に関係する別宮には、勧請、神領、荘園、祭祀組織などを背景とする例があります。伊勢神宮の制度を基準として全国の別宮を並べると、それぞれの歴史を見失うおそれがあります。

また、現在の14別宮を古代へそのまま遡らせることも避ける必要があります。後世の昇格や近代の創建を含むため、各時代の史料が示す宮社と現行制度を分けて読むことが、別宮という用語を正確に理解する出発点です。

第12章 関連項目(See also)・内部リンク

別宮を理解するための関連記事

関連記事URL読む目的
摂社とはhttps://shrineheritager.com/sessha/別宮と摂社の違いを確認します
末社とはhttps://shrineheritager.com/massha/摂社・末社・別宮の区分を確認します
主祭神とはhttps://shrineheritager.com/shusaizin/本社祭神との関係を考えます
お伊勢さん125社についてhttps://shrineheritager.com/ise125shrine/14別宮を神宮125社全体から確認します
皇大神宮〈内宮〉https://shrineheritager.com/kotai-jingu/内宮と10別宮の関係を確認します
豊受大神宮〈外宮〉https://shrineheritager.com/toyouke-daizingu/外宮と4別宮の関係を確認します
宇佐八幡宮五所別宮https://shrineheritager.com/usa-jingu-4/伊勢以外の別宮の用法を確認します

第13章 参考文献

本記事で参照した主な文献・史料

  • 『皇太神宮儀式帳』
  • 『止由気宮儀式帳』
  • 『延喜式』巻第四「伊勢大神宮式」など
  • 神宮司庁編『神宮要綱』
  • 神宮司庁刊行の神宮・別宮案内資料
  • 神社本庁編『神社のいろは』

古典史料の本文、成立年代、現代の宮名との対応は、校訂本と研究資料を照合して確認します。由緒に基づく説明は、史料上確認できる事実と同じ強さで断定しません。

第14章 External Links(外部リンク)

神宮公式サイト「域外の別宮」

神宮の別宮の位置づけ、14別宮の構成、宮域外に鎮座する9別宮を確認できます。
https://www.isejingu.or.jp/about/outerbetsugu/(2026年8月15日閲覧)

神宮公式サイト「内宮の別宮」

荒祭宮をはじめとする内宮別宮の祭神と概要を確認できます。
https://www.isejingu.or.jp/about/naiku/betsugu.html(2026年8月15日閲覧)

神宮公式サイト「外宮の別宮」

多賀宮をはじめとする外宮別宮の祭神と概要を確認できます。
https://www.isejingu.or.jp/about/geku/betsugu.html(2026年8月15日閲覧)

神宮公式サイト「式年遷宮とは」

正宮、14別宮、宇治橋などの造り替えについて確認できます。
https://www.isejingu.or.jp/sengu/aboutsengu.html(2026年8月15日閲覧)

神社本庁「摂社・末社」

摂社・末社の概要と、伊勢神宮・石清水八幡宮などにおける別宮の説明を確認できます。
https://www.jinjahoncho.or.jp/omairi/smallkeidai/(2026年8月15日閲覧)

第15章 改訂履歴

改訂履歴

日付内容
2026年8月15日Edition 1 Official MasterSHM-0002 Version 5.3に基づき全面再構成。伊勢神宮14別宮、個別記事、宇佐八幡宮五所別宮を含む伊勢以外の用例を収録しました。

SEO・編集管理情報

SEOタイトル:別宮とは?意味・摂社との違いと伊勢神宮の14別宮

メタディスクリプション:別宮とは何か、読み方と意味、正宮・摂社・末社との違いを解説します。伊勢神宮の内宮10所・外宮4所の全14別宮を一覧化し、宇佐八幡宮五所別宮など伊勢以外の用例と歴史的な違いも紹介します。

主要検索語句:未確定(Google Search Console、Googleキーワードプランナー等の実検索データ確認後に設定します)

調査対象語句:別宮とは/別宮 意味/別宮 読み方/別宮 摂社 違い/伊勢神宮 別宮/伊勢神宮 別宮 14

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世界文化遺産「富士山-信仰の対象と芸術の源泉」のクライテリア(iii)として「古代から今日に至るまで山岳信仰の伝統を鼓舞し続けてきた 頂上への登拝と山麓の霊地への巡礼を通じて 巡礼者はそこを居処とする神仏の霊能を我が身に吹き込むことを願った」と記されます

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出雲國(izumo no kuni)は「神の國」であり 『出雲國風土記〈733年編纂〉』の各郡の条には「〇〇郡 神社」として 神祇官の所在する社〈官社〉と神祇官の不在の社を合計399社について 神社名の記載があります 『出雲國風土記 神名帳』の役割を果たしていて 当時の出雲國の神社の所在を伝えています

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大国主神(おほくにぬしのかみ)が 坐(ましま)す 古代出雲の神代の舞台へ行ってみたい 降積った時を振り払うように 神話をリアルに感じたい そんな私たちの願いは ”時の架け橋” があれば 叶うでしょう 『古事記(こじき)』〈和銅5年(712)編纂〉に登場する神話の舞台は 現在の神社などに埋もれています それでは ご一緒に 神話を掘り起こしましょう

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出雲国造(いつものくにのみやつこ)は その始祖を 天照大御神の御子神〈天穂日命(あめのほひのみこと)〉として 同じく 天照大御神の御子神〈天忍穂耳命(あめのほひのみこと)〉を始祖とする天皇家と同様の始祖ルーツを持ってる神代より続く家柄です 出雲の地で 大国主命(おほくにぬしのみこと)の御魂を代々に渡り 守り続けています

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宇佐八幡宮五所別宮(usa hachimangu gosho betsugu)は 朝廷からも厚く崇敬を受けていました 九州の大分宮(福岡県)・千栗宮(佐賀県)・藤崎宮(熊本県)・新田宮(鹿児島県)・正八幡(鹿児島県)の五つの八幡宮を云います

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行幸会は 宇佐八幡とかかわりが深い八ケ社の霊場を巡幸する行事です 天平神護元年(765)の神託(shintaku)で 4年に一度 その後6年(卯と酉の年)に一度 斎行することを宣っています 鎌倉時代まで継続した後 1616年 中津藩主 細川忠興公により再興されましたが その後 中断しています 

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對馬嶋(つしまのしま)の式内社とは 平安時代中期〈927年12月〉に朝廷により編纂された『延喜式神名帳』に所載されている 対馬〈対島〉の29座(大6座・小23座)の神社のことです 九州の式内社では最多の所載数になります 對馬嶋29座の式内社の論社として 現在 67神社が候補として挙げられています

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