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八幡神社〈五社宮〉(福井市片粕町)〈『延喜式』大山御板神社〉
八幡神社(はちまんじんじゃ)は 貞観二年(860)清和天皇の時代に創建と伝わり 又「五社宮」とも云われます 五社の中には「白山神社〔御祭神 伊邪那美尊・火産霊尊・武甕槌命の三柱〕」が含まれており この白山神社が 延喜式内社 越前國 丹生郡 大山御板神社(おほやまみたの かみのやしろ)であると伝わっています
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越知神社 里宮(丹生郡越前町大谷寺)〈『延喜式』大山御板神社〉
越知神社 里宮(おちじんじゃ)は 第44代 元正天皇 養老二年(718)泰澄は仏像を作り 越知山頂(612m)に社堂を建て「越知山三所大権現」と称して祀ったのが始まり 当地はその遥拝所にあたります 一説には延喜式内社 越前國 丹生郡 大山御板神社(おほやまみたの かみのやしろ)の論社とされます
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神明神社〈上総社〉(越前市若竹町)〈『延喜式』大山御板神社を合祀〉
神明神社(しんめいじんじゃ)は 第26代 継体天皇が即位のため都に向かう時 日野山に向かい越前国中の神々を拝された宮跡と伝わり 伏拝(ふしおがみ)と云い日野山を遥拝する聖地でした 明治41年 延喜式内社 越前國 丹生郡 大山御板神社(おほやまみたの かみのやしろ)の論社 三ツ口の神明神社を合祀して神明神社と改称しました
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神明神社(越前市三ツ口町)〈『延喜式』大山御板神社〉
神明神社(しんめいじんじゃ)は 『越前鹿子』等の地誌は『足羽社記」の「三太。今云三口歟。又延喜式所載 大山御板神社是ノ處乎。」との記載により當社を延喜式内社 越前國 丹生郡 大山御板神社(おほやまみたの かみのやしろ)に比定しています 明治41年(1908)楠町の伏拜神社に合併され 伏拜神社は神明神社と改称しています
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大洗磯崎神社(丹生郡越前町乙坂)〈『延喜式』大山御板神社〉
大洗磯崎神社(おおあらいいそさきじんじゃ)は 古代から乙坂山〔奈良の三輪山に似た秀れい形の山〕を神体山としています 『越前名勝志』〈元文三年(1738)〉に「三大(みた) 今三ッ口〔式〕云、大山御板の神社、今 乙坂村」とあり 延喜式内社 越前國 丹生郡 大山御板神社(おほやまみたの かみのやしろ)の論社となっています





