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久須夜神社(小浜市堅海)〈『延喜式』久湏夜神社〉
久須夜神社(くすやじんじや)は 久須夜ヶ岳を神と崇めた古代信仰とされ 山中に「大神岩」〈里人は狼岩といって畏怖〉があり 往古 大神がこの岩上に鎮座されたと云う 社伝に 社殿の創建は大化元年(645)・斎衡年間(854~857)現在地に社殿を建て鎮座 延喜式内社 若狭國 遠敷郡 久湏夜神社(くすやの かみのやしろ)です
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摩氣神社(園部町竹井)〈『文徳天皇實録』麻氣神社『延喜式』麻氣神社〔名神大〕〉
摩氣神社(まけじんじゃ)は 社伝には「嵯峨天皇御宇 弘仁二年(812) 僧空海の勧請せし所にして 摩氣郷十一ヶ村の總氏神たりといふ」とあるが『新抄格勅符抄』には「稱徳天皇 神護景雲四年(770)神封一戸を奉ず」とあり 奈良時代以前の創建と推測されます 延喜式内社 丹波國 船井郡 麻氣神社〔名神大〕(まけの かみのやしろ)です
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山神社(高島市マキノ町牧野)〈『三代實録』麻氣神『延喜式』麻希神社〉
山神社(さんじんじゃ)は 『高島郡誌』神社誌に 西庄村大字牧野に鎭座する「山神社」の社傳として「社傳に云、もと麻氣神社と稱し、字 眞毛野に鎭座ありしが、中古 彌馬野(ヤマノ)に移して 彌馬野神社と稱したり」とあり 延喜式内社 近江國 高嶋郡 麻希神社(まけの かみのやしろ)とされています
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冨都神社(磯城郡田原本町富本)〈『延喜式』富都神社〔鍬靫〕〉
冨都神社(ふつじんじゃ)は 創建年代等は不祥です 由緒を明確にする資料もありません 延喜式内社 大和國城下郡 富都神社〔鍬靫〕(ふとの かみのやしろ)に比定されていますが 地名「富本(とんもと」の文字が「富(ふつ・とみ)」と物部氏に通じるとの根拠としているらしく 確かな証はないとされています
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天神社(一宮市萩原町西宮重東光堂)〈『延喜式』賣夫神社〉
天神社(てんじんしゃ)は 津田正生は『尾張國地名考』『尾張神名帳集設乃訂考』に延喜式内社 尾張國 中嶋郡 賣夫神社(ひめふの かみのやしろ)と挙げており 旧鎮座地は今の宮より艮〈北東〉二三町〈218~327m程〉天神と呼んだ所 又 今の宮の北東を彌宜屋〈社人住居〉 宮北を長福寺〈神宮寺〉と云い大宮の名残の証と記します





