滋賀県

石部神社 上社跡〈石部神社の御旅所〉(愛知郡愛荘町石橋)〈『延喜式』石部神社二座〉

石部神社 上社跡(いそべじんじゃ かみしゃあと)は 石部神社は 元々は二座で 上社(かみしゃ)と下社(しもしゃ)に分かれていたが 応仁・文明の乱(1467~1477年)で上社は罹災(りさい)し 下社(現在地)境内に移されたと伝わる 上社の跡地は磯部の小字善法寺方といわれ 現在は石部神社 下社の御旅所となっています

石部神社(近江八幡市安土町下豊浦)〈『延喜式』石部神社〉

石部神社(いそべじんじゃ)は 創祀年代不詳ですが 社伝には 景行天皇21年 吾地山に社殿を造営し 勅使の参向を得 盛大なる鎮座祭を斉行 同22年更に勅使参向の栄に浴し 安土山湖水に臨み其の南麓を磯辺の岡と号し社を石部神社と称すと伝える 延喜式内社 近江國 蒲生郡 石部神社(いそへの かみのやしろ)の論社です

石部神社〈磯部大明神〉(蒲生郡竜王町七里)〈『延喜式』石部神社〉

石部神社〈磯部大明神〉(いそべじんじゃ)は 創立年代は不詳ですが 社伝によれば 正応2年(1289)池内真清等により社殿を奉遷と云い 古くは磯部大明神と称したが 延寶七年(1679)吉田家より正一位の宗源宣旨を受け 石部神社と改称された 延喜式内社 近江國 蒲生郡 石部神社(いそへの かみのやしろ)の論社です

馬路石邊神社(守山市吉身)〈『延喜式』馬路石邊神社〉

馬路石邊神社(うまじいそべじんじゃ)は 社伝に 白鳳三年(675)建速須佐之男命を奉斎し創祀 朱鳥元年(686)大己貴命を合祀と云う 社名の馬路は「馬道首」に因む地名 石邊は馬道郷の土豪「石邊君氏」の姓 馬道(路)郷の石邊君の氏社で 延喜式内社 近江國野洲郡 馬路石邊神社(むまみちのいそへの かみのやしろ)とされます

高野神社(栗東市高野)〈『延喜式』髙野神社〉

高野神社(たかのじんじゃ)は 社伝に天智天皇の御代以降 高野造が地域一帯を開墾開発し 高野郷と名付けられ 和銅年間(七〇八~七一四)和同開珍」の鋳師 高野宿彌道経一族が住み それ等の人々の氏神として 祖先を祀ったと云う 延喜式内社 近江國 栗太郡 髙野神社(たかのの かみのやしろ)です

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