滋賀県

馬路石邊神社(守山市吉身)〈『延喜式』馬路石邊神社〉

馬路石邊神社(うまじいそべじんじゃ)は 社伝に 白鳳三年(675)建速須佐之男命を奉斎し創祀 朱鳥元年(686)大己貴命を合祀と云う 社名の馬路は「馬道首」に因む地名 石邊は馬道郷の土豪「石邊君氏」の姓 馬道(路)郷の石邊君の氏社で 延喜式内社 近江國野洲郡 馬路石邊神社(むまみちのいそへの かみのやしろ)とされます

高野神社(栗東市高野)〈『延喜式』髙野神社〉

高野神社(たかのじんじゃ)は 社伝に天智天皇の御代以降 高野造が地域一帯を開墾開発し 高野郷と名付けられ 和銅年間(七〇八~七一四)和同開珍」の鋳師 高野宿彌道経一族が住み それ等の人々の氏神として 祖先を祀ったと云う 延喜式内社 近江國 栗太郡 髙野神社(たかのの かみのやしろ)です

小野道風神社(大津市小野)〈『延喜式』小野神社二座(名神大)〉

小野道風神社(おののとうふうじんじゃ)は 小野篁の孫で平安中期の書家ある小野道風を祀ります 道風は 柳に飛び付く蛙の姿を見て発奮努力して 文筆の極地に達せられた 文筆の神として崇められています 延喜式内社 近江國 滋賀郡 小野神社二座(名神大)(をのの かみのやしろ ふたくら)の論社です

小野神社(大津市小野)〈『延喜式』小野神社二座(名神大)〉

小野神社(おのじんじゃ)は 第5代孝昭天皇の第一皇子 天足彦国押人命〈小野一族の祖〉と 同命から数えて七代目の米餅搗大使主命〈餅及菓子の匠・司の始祖〉の二柱を祀ります 延喜式内社 近江國 滋賀郡 小野神社二座(名神大)(をのの かみのやしろ ふたくら)とされる古社で 境内には小野篁(たかむら)を祀る篁神社もあります

天皇神社(大津市和邇中)〈『延喜式』小野神社 二座 名神大〉

天皇神社(てんのうじんじゃ)は 創立は不祥 社伝によれば 村上天皇 康保3年(966)和邇荘が崇福寺領の頃 京都八坂の祇園牛頭天王を奉遷して和邇牛頭天王社と称したと伝えられる 和邇中 今宿の産土神として崇敬され 明治9年(1876)「天皇神社」と改称されています 『式内社調査報告』には゛小野天皇社゛と記されます

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