高野神社(栗東市高野)〈『延喜式』髙野神社〉

高野神社(たかのじんじゃ)は 社伝に天智天皇の御代以降 高野造が地域一帯を開墾開発し 高野郷と名付けられ 和銅年間(七〇八~七一四)和同開珍」の鋳師 高野宿彌道経一族が住み それ等の人々の氏神として 祖先を祀ったと云う 延喜式内社 近江國 栗太郡 髙野神社(たかのの かみのやしろ)です

Please do not reproduce without prior permission.

目次

1.ご紹介(Introduction)

 この神社の正式名称や呼ばれ方 現在の住所と地図 祀られている神様や神社の歴史について ご紹介します

【神社名(Shrine name

高野神社(Takano shrine

通称名(Common name)

【鎮座地 (Location) 

滋賀県 栗東市高野726

  (Google Map)

【御祭神 (God's name to pray)】

《主》大名草彦命(なぐさひこのみこと

【御神徳 (God's great power)】(ご利益)

・開拓・農耕・ものづくりの神

【格  (Rules of dignity) 

・『延喜式神名帳engishiki jimmeicho 927 AD.所載社

【創  (Beginning of history)】

高野神社由緒

鎮座地 滋賀県栗太郡栗東町大字高野七二六

祭 神 大名草彦(おおなぐさひこ)命(十一代垂仁天皇の御代)

 秀峰三上山を背景に野洲川の辺り、湖南の沃野に鎮座する延喜式神名帳に記された、栗太八座の一に列する、位階ある式内社である。

 社伝によると、天智天皇の御代以降、高野造(たかのみやつこ)なる人が この地一帯を開墾開発し、高野郷と名付けられ、特に飛鳥時代、和銅年間(七〇八~七一四)我が国で最初に鋳造された「和同開珍」の鋳師(鋳銭司)高野宿彌道経一族が住んだことは有名であり、それ等の人々の氏神として、祖先を祀ったのが当社である。

 中世よりは、通称「由紀志呂宮(ゆきしろのみや)」又「由岐宮(ゆきのみや)」として尊崇されて来た。これは大同元年(八〇六)大嘗祭の悠紀方として新稲を進納したことに由来する。尚、正平五年・観応元年(一三五〇)兵災に懸り社殿以下類焼す氏子等仮殿を営みて祭祀十年余を経て、貞治(一三六二)・天正(一五三三)・寛永(一六三〇)と改築修造を重ね天保三年(一八三二)現在の社殿を建立する。

 境内摂社として、土・水を祀る「敏鎌社」(二の宮) 「八重釜社」(三の宮)があり、共に農耕にかかわる大自然の神々で、本殿・二の宮・三の宮は何れも八角柱状の神木を御神体とし、御柱の信仰をとどめるものである。

 大神宮社は明治三十三年(一八九〇)森勝稲荷社は弘化三年(一八四六)の夫々の再建であり、拝殿も安政五年の(一八五六)の再建である。社前の楼門は室町時代の天文二年(一五三二)朝廷(現 京都御所)の門を拝領移築したものと伝う。その際派遣された別当を松源院と申し爾来当社の坊として、天台宗総本山よりも住職を派遣され、又、数々の佛像・経巻等現在所蔵の文化財の寄贈を受く。尚、明治維新「神佛分離」により境外隣地 に移し更に昭和二十年(一九四五)現地に移築する。

 鎌倉時代以降当社に対する武門武士の崇敬篤く祈願奉賽 の事蹟多し。

 氏子は古くは五十余ケ村の総社であったが兵災や検地制度により、又組織上の事情により現在は六ケ村(高野[小坂・土村・今里]・ 六地蔵・梅の木[六地蔵]・林)なり。
以上

参道石碑文より

Please do not reproduce without prior permission.

高野神社

鎮座地 滋賀県栗太郡栗東町大字高野七二六

祭 神 大名草彦(おおなぐさひこ)命(十一代垂仁天皇の御代)

御由緒 ・・・(石碑文と同じに付き略)・・・

境内社
 八重釜神社 御祭神 火武主比命・奥津日子命・奥津比売命
 敏鎌神社  御祭神 瀬織津姫命・速開都姫命・気吹戸主命・速佐須良姫命
 大神宮   御祭神 天照大御神
 森勝稲荷神社 御祭神 宇迦之御霊神
 祖霊社

現地案内板より

Please do not reproduce without prior permission.

【由  (History)】

『近江栗太郡志』巻1 に記される内容

【抜粋意訳】

第参編 有史時代より平安朝

第七章 高野郷と高野神社

高野郷は今 葉山村の地なり 大字に高野あり 式內高野神社鎭座す、
姓氏錄に「高野造、百濟國人、佐平餘自信之後也」とあり、高野郷は高野造の居住により地名を得たらん、葉山村東方の山野に古墳少からず近古 開墾せられて古鏡直刀祭器等を發堀したる舊記を存す、高野神社々藏の古鏡二面も明治の末年 大角氏によりて發堀せられたり、
さて佐平餘自信は百済の重臣にして天智天皇八年に鬼室集斯と共に近江蒲生郡に移されたる人なり、是れ新羅が唐の援軍を得て百済を征し、百済王以下重臣等を虜にしたれば餘自信は鬼室集斯の父
 佐平福信と共に恢復の兵を學げて敵を敗り捕虜せし唐人を我邦に献じたり、國人よりて佐平の尊證を推進 Lなり、齋明紀に
「辛酉年、百濟佐平福信、所 獻唐俘一百六口、居 于近江國墾田(ハルタ)」とあるは、當郡治田郷に當る。

餘自信等は更に使を我國に遣し援兵を請ひ、當時我邦に在りし百済王子豊を迎へて國王と爲さんをも請へり、齊明天皇其請を容れ出帥の準備を諸國に命せられしに翌七年崩御ありたれば、天智天皇其志を継ぎ阿曇比羅夫を将として趣き援け、王子豊を送り、軍器糧食等を賜へり、然るに地理の不利により、軍敗れ豊は讒を信じて福信を斬る等の事あり、百済軍全敗して我援軍は九月に至りて帰國せり、亡國の將 餘自信は鬼室集斯等七百餘人の百済人を率ゐて我邦に投し皇恩に集ひたり、天皇即ち之を蒲生郡に居らしめ給ふ、後ち餘自信は法官となり、集新は學頭職となり、自餘の歸化良民は大陸の美術工藝を傳ふるあり、又 荒野を開きて農業に従事するあり、我邦の文化大に進む、その餘自信の

子孫よう出てし高野造が栗太の地に分住し、依て高野郷の地名を存する亦所以ありといふべし。

【原文参照】

滋賀県近江栗太郡 編『近江栗太郡志』巻1,栗太郡,大正15. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1020235

滋賀県近江栗太郡 編『近江栗太郡志』巻1,栗太郡,大正15. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1020235

『近江栗太郡志』卷四 に記される内容

【抜粋意訳】

高野神社

高野神社は葉山村大字高野に鎮座す祭神 大名草彦命なり、延喜式神名帳 當郡八座の一に列する名神なり、和名類聚鈔の高野郷は此地一帯に亘る稱なり、當社は即ち其郷の惣社 依て高野神社と稱す、姓氏録に「高野造、百濟國人、佐平餘自信之後也」とあり、土地平野にして高地に非ず而して高野郷といふもの高野氏によりて開墾せられ依て祖神を祭る所なるべし、境内鎮座の二の宮に敏鎌の神、三の宮に入重鎌の神の祭祀さるるに見るも 上古 此地 開塾に關係の神なるを證す、〔上古志高野郷と高野造參照〕

中世より由岐代宮と稱するは 社傳に大同元年 大甞會の時 悠紀方として此地より新稲を進納せしに因ると見ゆ、常盤村 印肢志呂神社とは別なり。社記に仁壽元年正月正六位上に寂し 貞觀十三年二月從五位下を授けられ、康治二年八月勲三等正三位、正應三年六月勲一等正一位の授位ありしを記す、國史をあ按ずるに之を記せざるは脱漏せしにや、文明十五年五月吉田家より土御門天皇の勅により大明神の社を授けられし宗源宣旨あり、宗源宣旨の事は神社志總論に説きたり、

宗源 宣旨

高野由岐志呂神 〔近江國栗太郡高野郷〕
宜奉授大明神號者

右依
今上皇帝神宜御表之神璽如件
文明十五年五月廿四日

神部 伊岐宿禰 花押
神祇管領勾當長上從二位侍從 卜朝朝臣 花押

貞治元年八月社殿改築のこと記に見ゆ、奉行高野新右衛門尉、川瀬朝臣義富、公文小坂隼人助為泰等なり、田中氏の栗太志に棟札に天文二年癸巳年七月十一日と記載ありしを記す 今見當らざるは惜むべし されば貞治の改殿は天文二年に更に改築されたるを知るなり、夫より寛永七年修造し天保三年 現在の社殿を建つ、
境内に数基の石燈籠あり其中 最古の一基は本社前に在り 銘文なきも足利時代〔應永頃〕の製作なり、自餘は左に銘文を列記す 又 鎌倉時代の石製大寶塔一基ありしが 明治の初め神佛別離の時 元の社坊松源院に移轉す今同院に存す、松源院は社北に在り當院舊藏の大般若經、梵鐘等皆同寺に存す、大般若經は版本にて六百巻整備す函書に大永六年〔丙寅〕五月吉日、願主長香、十傅、士級、十六善神守護所と記す、又 經巻奥書に栗太郡高野宮別當性賢と記し十六善神の像は文政八年蘆浦観音寺の僧寄附せしを記す、〔寺院志松源院参照〕膳所藩明細帳に由岐志呂大明神 除地一町四方 七ヶ村氏神、社僧松源院と見ゆ、古へ

は神境方四町に亘り五十餘村の總社にて野路の濁池辨才天は當社の旅所なりと傳ふ、元龜兵火後氏子分離し神境方一町に減せらる、長享元年足利義尚 佐々木高頼の親征の為に出陣し鈎に滞陣せし時 當社境内に禁制札を寄せしが禁制札も元龜の兵亂に焼失せりと古記に見ゆ、祭禮古は四月初午なりしが明治以後 五月初午に改む、明治九年十月村社に列す、神前の四脚門は宮城の門なりしを拝領せしと傳ふ、明治四十四年 從來の木華表を石華表に改築す、現今は大字高野伊勢落六地蔵林四大字の氏神なり、

石燈籠銘文

(一)奉寄進石燈籠 別當松源院住持璞海代
  元禄十三庚辰臘月吉辰 願主 梅ノ木村是斎屋 左衛

(二)奉寄進石燈籠 願主 梅ノ木村 小山佐左衛門
  元禄十四辛巳年五月朔日 小山治兵衛 小山源六郎 敬白

(三)御神燈 寬政二辰年正月吉祥日 願主當村若連中

(四)末社天神宮石燈銘
  天神宮 元文四己未年卯月吉辰 願主 小坂村 小原太郎右衛門

金幣銘
由岐志呂大明神 栗太郡高野郷大社施主日野住 牧野朝佛

【原文参照】

滋賀県栗太郡役所 [編]『近江栗太郡志』卷四,滋賀県栗太郡役所,1926. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1915583

滋賀県栗太郡役所 [編]『近江栗太郡志』卷四,滋賀県栗太郡役所,1926. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1915583

滋賀県栗太郡役所 [編]『近江栗太郡志』卷四,滋賀県栗太郡役所,1926. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1915583

スポンサーリンク

神社の境内 (Precincts of the shrine)】

高野神社 本殿

Please do not reproduce without prior permission.

Please do not reproduce without prior permission.

Please do not reproduce without prior permission.

・中門・透塀

Please do not reproduce without prior permission.

Please do not reproduce without prior permission.

・〈社殿向かって右 境内社〉三の宮・八重釜神社

《主》火武主比命・奥津日子命・奥津比売命

Please do not reproduce without prior permission.

Please do not reproduce without prior permission.

・〈八重釜神社 境内社〉二の宮・敏鎌神社

《主》瀬織津姫命・速開都姫命・気吹戸主命・速佐須良姫命

Please do not reproduce without prior permission.

Please do not reproduce without prior permission.

・〈敏鎌神社右 境内社〉太神宮

《主》天照大御神

Please do not reproduce without prior permission.

Please do not reproduce without prior permission.

・〈社殿向かって左 境内社森勝稲荷神社

《主》宇迦之御霊神

Please do not reproduce without prior permission.

Please do not reproduce without prior permission.

祖霊社

Please do not reproduce without prior permission.

・拝殿

Please do not reproduce without prior permission.

・社務所

Please do not reproduce without prior permission.

・祓所

Please do not reproduce without prior permission.

・神武天皇遥拝所

Please do not reproduce without prior permission.

・四脚門〔神門〕

四脚門は 室町時代 京都御所の門を拝領したものと云う

Please do not reproduce without prior permission.

Please do not reproduce without prior permission.

由緒書きの石碑

Please do not reproduce without prior permission.

・狛犬

Please do not reproduce without prior permission.

・手水舎

Please do not reproduce without prior permission.

Please do not reproduce without prior permission.

・高野公園

Please do not reproduce without prior permission.

Please do not reproduce without prior permission.

Please do not reproduce without prior permission.

・古代集落跡 岩畑遺跡

 野洲川左岸自然堤防上に営まれた古墳時代前記から平安時代にかけての大集落である。 持に古墳時代の集落は栗東町を代表するもので、方形堅壁穴式住居跡、堀立柱建物跡、前方後方形周溝墓が発見され、多量の土器類の他に、鉄剣、鉄鏃、玉類、滑石製品等が出土した
昭和六十一年三月
(財)栗東町文化体育振興事業団

現地石碑文より

Please do not reproduce without prior permission.

・社号標・鳥居・参道

Please do not reproduce without prior permission.

・社頭

Please do not reproduce without prior permission.

神社の境外 (Outside the shrine grounds)】

スポンサーリンク

この神社の予備知識(Preliminary knowledge of this shrine)

この神社は 大和朝廷による編纂書〈六国史・延喜式など〉に記載があり 由緒(格式ある歴史)を持っています

〇『風土記(ふどき)』和銅6年(713)
 『続日本紀』和銅6年(713)5月甲子の条が 風土記編纂の官命であると見られ 記すべき内容として下記の五つが挙げられています

『風土記(ふどき)』和銅6年(713)の特徴について
1.国郡郷の名(好字を用いて)
2.産物
3.土地の肥沃の状態
4.地名の起源
5.古老の伝え〈伝えられている旧聞異事〉

現存するものは全て写本です
『出雲国風土記』がほぼ完本
『播磨国風土記』、『肥前国風土記』、『常陸国風土記』、『豊後国風土記』が一部欠損した状態

〇『六国史(りっこくし)』
  奈良・平安時代に編纂された官撰(かんせん)の6種の国史の総称

・『日本書紀』養老4年(720)完成
『續日本紀』延暦16年(797)完成
『日本後紀』承和7年(840)完成
『續日本後紀』貞観11年(869)完成
『日本文徳天皇実録』元慶3年(879)完成
『日本三代實録』延喜元年(901)完成

〇『延喜式(えんぎしき)』延長5年(927)完成
  平安時代中期に編纂された格式(律令の施行細則)全50巻 約3300条からなる

『延喜式神名帳(Engishiki Jimmeicho)』(927年12月編纂)に所載〈This record was completed in December 927 AD.〉

延喜式Engishiki)律令の施行細則 全50巻』〈平安時代中期 朝廷編纂
その中でも910を『延喜式神名帳Engishiki Jimmeicho)といい 当時927年12月編纂「官社」に指定された全国の神社式内社の一覧となっています

「官社(式内社)」名称「2861
・「鎮座する天神地祇」数「3132座」

[旧 行政区分](Old administrative district)
(神様の鎮座数)東山道 382座…大42(うち預月次新嘗5)・小340

[旧 国 名 ](old county name)
(神様の鎮座数)近江國 155座(大13座・小142座)

[旧 郡 名 ](old region name)
(神様の鎮座数)栗太郡 8座(大2座・小6座)

[名神大 大 小] 式内小社

[旧 神社 名称 ] 野神社
[ふ り が な ](たかのの かみのやしろ)
[Old Shrine name]Takano no kaminoyashiro

【原文参照】

国立公文書館デジタルアーカイブス 延喜式 刊本(跋刊)[旧蔵者]紅葉山文庫https://www.digital.archives.go.jp/DAS/meta/listPhoto?LANG=default&BID=F1000000000000004146&ID=M2014101719562090086&TYPE=&NO=画像利用

スポンサーリンク

【オタッキーポイント】This is the point that Otaku conveys.

あなたが この神社に興味が湧くような予備知識をオタク視点でご紹介します

延喜式神名帳』(927年12月編纂)に所載される「髙野神社」について

延喜式神名帳』(927年12月編纂)に所載される「髙野神社」は 五か所あります

①延喜式内社 山城國 愛宕郡 出雲野神社
②延喜式内社 近江國 栗太郡 野神社
③延喜式内社 近江國 伊香郡 野神社
④延喜式内社 因幡國 巨濃郡 野神社
⑤延喜式内社 美作國 苫東郡 野神社

各々の論社について

①延喜式内社 山城國 愛宕郡 出雲髙野神社(いつもの たかのの かみのやしろ)の論社について

・出雲高野神社(京都市左京区上高野西明寺山)〈崇道神社 境内社〉

・御蔭神社(京都市左京区上高野東山)

・上御霊神社(京都市上京区上御霊竪町)

・猿田彦神社(京都市上京区上御霊前町)

②延喜式内社 近江國 栗太郡 髙野神社(たかのの かみのやしろ)の論社について

・高野神社(栗東市高野)

③延喜式内社 近江國 伊香郡 髙野神社(たかのの かみのやしろ)の論社について

・高野神社(長浜市高月町高野)

④延喜式内社 因幡國 巨濃郡 髙野神社(たかのの かみのやしろ)の論社について

・高野神社(岩美郡岩美町延興寺)

⑤延喜式内社 美作國 苫東郡 髙野神社(かうやの かみのやしろ)の論社について

・高野神社 (津山市高野本郷)

・高野神社(津山市二宮)〈美作國二之宮〉

スポンサーリンク

【神社にお詣り】(Here's a look at the shrine visit from now on)

この神社にご参拝した時の様子をご紹介します

JR草津線 手原駅からR1号経由で北東方向へ約2.4km 車での所要時間は6~7分程度

野洲川の西に境内があり 野洲川の対岸には三上山があります

高野神社(栗東市高野)に参着

Please do not reproduce without prior permission.

一礼をしてから鳥居をくぐり抜けて 50~60m程参道を進むと四脚門〔神門〕があります

Please do not reproduce without prior permission.

参道の左手には 由緒書きの石碑があります

Please do not reproduce without prior permission.

四脚門〔神門〕をくぐり抜けると 正面に拝殿が建てられています

拝殿にすすみます

Please do not reproduce without prior permission.

拝所は本殿前の 中門に設けられています

Please do not reproduce without prior permission.

透塀の屋根の鬼瓦の位置に まるで八幡宮の様に 瓦造りの「鳩」が祀られています

Please do not reproduce without prior permission.

Please do not reproduce without prior permission.

参拝日は4/1 透塀には5/5の「例大祭」のポスターが張り出されていました

Please do not reproduce without prior permission.

透塀の内には国指定「重要文化財 石造燈 籠」があるようです

Please do not reproduce without prior permission.

賽銭をおさめ お祈りをします
ご神威に添い給うよう願いながら礼 鎮まる御祭神に届かんと かん高い柏手を打ち 両手を合わせ祈ります

Please do not reproduce without prior permission.

高野神社の本殿を一の宮として
向って右横に

Please do not reproduce without prior permission.

・〈社殿向かって右 境内社〉三の宮・八重釜神社
・〈八重釜神社 境内社〉二の宮・敏鎌神社
・〈敏鎌神社右 境内社〉太神宮

が祀られています

Please do not reproduce without prior permission.

Please do not reproduce without prior permission.

社殿に一礼をして 参道を戻ります

Please do not reproduce without prior permission.

神社の伝承】(I will explain the lore of this shrine.)

この神社にかかわる故事や記載されている文献などをご紹介します

『神社覈録(Jinja Kakuroku)〈明治3年(1870年)〉』に記される伝承

式内社 髙野神社について 所在は゛小坂村に在す、又は由伎志呂明神ともす、゛〈現 高野神社(栗東市高野)〉と記しています

【抜粋意訳】

高野神社

高野は多加乃と訓べし

〇祭神詳ならず

○小坂村に在す、又は由伎志呂明神ともす、

 姓氏録、右京諸蕃下高野造、出自百濟國人佐平余自信之後也、
 また、和泉國神別高野、大名草彦命之後也
 或云、内額に由伎志呂宮大明神、正殿左方有 二社、稱ニ 眞釜、一社稱ニ 焼釜、云、大嘗會時之悠紀之田に由ありと云々、此説本社考証の便りはなけれど、博覧の爲にのす、

連胤按に、此は百濟人の居しなれば、高野造の氏社ならん、

類社

(く)。

【原文参照】

鈴鹿連胤 撰 ほか『神社覈録』下編 ,皇典研究所,1902. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/991015

『神祇志料(Jingishiryo)』〈明治9年(1876)出版〉に記される内容

式内社 髙野神社について 社名のみが記されています

【抜粋意訳】

高野(タカヌノ)神社

【原文参照】

栗田寛 著『神祇志料』第12−14巻,温故堂,明9-20. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/815496

『特選神名牒(Tokusen Shimmyo cho)〈明治9年(1876)完成〉』に記される伝承

式内社 髙野神社について 所在は゛高野村(栗太郡葉山村大字高野)゛〈現 高野神社(栗東市高野)〉と記しています

【抜粋意訳】

高野(タカヌノ)神社

祭神
祭日 四月上午日
社格 村社

所在 高野村(栗太郡葉山村大字高野)

【原文参照】

教部省 編『特選神名牒』,磯部甲陽堂,1925. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1919019

高野神社(栗東市高野) (hai)」(90度のお辞儀)

Please do not reproduce without prior permission.

Please do not reproduce without prior permission.

Please do not reproduce without prior permission.

近江国 式内社 155座(大13座・小142座)について に戻る

おすすめ記事

1

世界文化遺産「富士山-信仰の対象と芸術の源泉」のクライテリア(iii)として「古代から今日に至るまで山岳信仰の伝統を鼓舞し続けてきた 頂上への登拝と山麓の霊地への巡礼を通じて 巡礼者はそこを居処とする神仏の霊能を我が身に吹き込むことを願った」と記されます

2

出雲國(izumo no kuni)は「神の國」であり 『出雲國風土記〈733年編纂〉』の各郡の条には「〇〇郡 神社」として 神祇官の所在する社〈官社〉と神祇官の不在の社を合計399社について 神社名の記載があります 『出雲國風土記 神名帳』の役割を果たしていて 当時の出雲國の神社の所在を伝えています

3

大国主神(おほくにぬしのかみ)が 坐(ましま)す 古代出雲の神代の舞台へ行ってみたい 降積った時を振り払うように 神話をリアルに感じたい そんな私たちの願いは ”時の架け橋” があれば 叶うでしょう 『古事記(こじき)』〈和銅5年(712)編纂〉に登場する神話の舞台は 現在の神社などに埋もれています それでは ご一緒に 神話を掘り起こしましょう

4

出雲国造神賀詞(いずものくにのみやつこのかんよごと)は 律令体制下での大和朝廷に於いて 出雲国造が 新たにその任に就いた時や 遷都など国家の慶事にあたって 朝廷で 奏上する寿詞(ほぎごと・よごと)とされ 天皇(すめらみこと)も行幸されたと伝わっています

5

出雲国造(いつものくにのみやつこ)は その始祖を 天照大御神の御子神〈天穂日命(あめのほひのみこと)〉として 同じく 天照大御神の御子神〈天忍穂耳命(あめのほひのみこと)〉を始祖とする天皇家と同様の始祖ルーツを持ってる神代より続く家柄です 出雲の地で 大国主命(おほくにぬしのみこと)の御魂を代々に渡り 守り続けています

6

宇佐八幡宮五所別宮(usa hachimangu gosho betsugu)は 朝廷からも厚く崇敬を受けていました 九州の大分宮(福岡県)・千栗宮(佐賀県)・藤崎宮(熊本県)・新田宮(鹿児島県)・正八幡(鹿児島県)の五つの八幡宮を云います

7

行幸会は 宇佐八幡とかかわりが深い八ケ社の霊場を巡幸する行事です 天平神護元年(765)の神託(shintaku)で 4年に一度 その後6年(卯と酉の年)に一度 斎行することを宣っています 鎌倉時代まで継続した後 1616年 中津藩主 細川忠興公により再興されましたが その後 中断しています 

8

對馬嶋(つしまのしま)の式内社とは 平安時代中期〈927年12月〉に朝廷により編纂された『延喜式神名帳』に所載されている 対馬〈対島〉の29座(大6座・小23座)の神社のことです 九州の式内社では最多の所載数になります 對馬嶋29座の式内社の論社として 現在 67神社が候補として挙げられています

-延喜式神名帳(Engishiki Jimmeicho)
-,

Copyright© Shrine-heritager , 2026 All Rights Reserved.