延喜式神名帳

走落神社(長浜市高月町馬上)〈『延喜式』走落神社〉

走落神社(はしりおちじんじゃ)は 社伝には神亀年間(724~729)の創祀と伝わる延喜式内社です 仁和年間(885~889)頃 この地で名馬が産まれ 宇多天皇に献上し「馬上」の 2文字の宸筆の額を賜り 後 神託により鳥居にこの額を掲げ 通過する際は必ず下馬し拝礼したと伝わります 鎮座地名は高月町馬上(まけ)です

走落神社(豊能町木代)

走落神社(はしりおちじんじゃ)は この場所にあった小玉神社に 明治40年(1907)に東能勢村にあった8つの神社を合併して 計9つの神社が合併した神社です その際に合併神社の中でも由緒のある式内社の「走落神社」と名称を改称しました

走湯神社旧跡地(豊能町切畑)

走湯神社旧跡地(はしりゆじんじゃ あと)は かつて走湯天王と称し『延喜式神名帳』(927年12月編纂)所載の式内社「走落神社(はしりおちの かみのやしろ)」とされています 明治40年(1907)9月 小玉神社〈現 走落神社〉に合祀され 現在は旧跡地となっています

大神岩(小浜市堅海)〈久須夜神社旧地〉〈『延喜式』久湏夜神社の発祥地〉

大神岩(おおかみいし)〈久須夜神社旧地〉は 久須夜神社の由緒によれば「境内 山中に岩があり大神岩という 往古 大神がこの岩上に鎮座されたという 里人は 狼岩といって畏怖している 若狭国の名山 久須夜岳は 久須夜神社の名に依って生まれ 久須の夜雨は若狭八景に数えられている」

物部神社(上越市清里区南田中)〈延喜式内社 物部神社(もののへの かみのやしろ)〉

物部神社(もののべじんじゃ)は 『延喜式神名帳』(927年12月編纂)所載の式内社「越後國 頸城郡 物部神社」です かつては 武士(もののふ)村に鎮座し 山王権現〈日吉神〉と呼ばれていました その後 田中村新田に遷座 昭和46年4月 圃場整備事業のため現在地〈南田中〉に遷座しました

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