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御酒神社(三木市別所町石野)〈神功皇后が三甕の酒を捧げた 延喜式内社の論社〉
御酒神社(みさかじんじゃ)は ゛神功皇后が三韓征伐より凱旋され この地へ御幸 天神地祇を親祭せられ 御酒神社に大己貴神坐すとお聞きになり 三甕の酒を捧げた゛と云う 第36代 孝徳天皇 白雉五年(654)創祀と伝わり 元亀元年(1570)大物主神・天太玉命・天鈿女命を勧請 延喜式内社 播磨國 美嚢郡 御坂神社の論社です
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三坂神社(三木市細川町豊地〈旧大柿村〉)〈延喜式内社〉
三坂神社(みさかじんじゃ)は 浸水の為 長享元年(1487)現在地に遷座 天保元年(1830)炎上 嘉永3年(1850)再築と伝わります 古老の口碑傳説などによれば 天之御中主尊 三坂神社として大柿 (豊地)に鎮座まします 延喜式内社 播磨國 美嚢郡 御坂神社(みさかの かみのやしろ)とされます
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三坂神社(三木市加佐)〈神功皇后由来の伝承を持つ延喜式内社の論社〉
三坂神社(みさかじんじゃ)は 口碑に゛神功皇后が三韓征伐の帰途 当地に立ち寄られ 俄雨で衣を湿らせた この時 竹の皮の大きな笠を奉る者に「笠(かさ)人」と勅命し この「笠人」が皇后はじめ諸神を祀り創建した゛と鎮座地「加佐(かさ)」の由来も伝えます 延喜式内社 播磨國 美嚢郡 御坂神社(みさかの かみのやしろ)の論社です
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美坂社(三木市別所町東這田)〈延喜式内社の論社〉
美坂社(みさかしゃ)は 神号゛美坂゛は 神功皇后から賜ると云う 鎮座地の這田は 元々は 神社に新米を供える田があり「祝田郷」と云ったが「祝田(ほうだ)」に改められ 田圃の世話は這うことから 現在の「這田(ほうだ)」に改められたと云う 延喜式内社 播磨國 美嚢郡 御坂神社(みさかの かみのやしろ)の論社です
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御坂神社(三木市志染町御坂)〈播磨国風土記 三坂社の神・延喜式内社 御坂神社〉
御坂社(みさかしゃ)は 『播磨国風土記』「この土地の水流(みなが)は 甚だ美しい」と 履中天皇が許曽社で勅した故に美囊(みなぎ)となり 阿波国の和那散で食した信深貝(しじみがい)を見た故に 志深(しじみ)里となり 三坂社の神が坐すと記される 延喜式内社 播磨國 美嚢郡 御坂神社(みさかの かみのやしろ)の有力な論社です





