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宮倉神社(阿南市羽ノ浦町西春日野)〈式内社 和耶神社の参考論社〉
宮倉神社(みやくらじんじゃ)は 創立年代不詳なれど この地宮倉は古くより開け 中央政権に送る穀物を一時保管するところの倉を設けてあるところから宮倉地名の起こりのようです 此地の山中腹(羽ノ浦町宮倉)に鎮座していましたが 宅地開発にともない移転せざるを選なくなり 平成十年(1998)五月二十一日の現在地に再建されています
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羽浦神社(阿南市羽ノ浦町中庄千田池)〈二つの式内社・和耶神社・和奈佐意富曽神社〉
羽浦神社(はうらじんじゃ)は 明治四十三年(1890)阿波國 那賀郡の延喜式内社の二つの論社〈・和耶神社(わやの かみのやしろ)・和奈佐意富曽神社(わなさおふその かみのやしろ)〉を含んだ 旧中庄村 旧宮倉村に祀られていた23社の神社が合祀されました この時 村社 八幡神社から羽浦神社と改称し 式内論社となりました
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蛭子神社(那賀郡那賀町和食字町)〈延喜式内社論社〉
蛭子神社(ひるこじんじゃ)は 御創立は古く不詳であるが 太龍寺縁起によれば「天長二年空海奉遷宮」とあり また延喜式神名帳に所載の阿波國 那賀郡 和奈佐意富曽神社(わなさ おふその かみのやしろ)は当社であるという伝承があります 鎮座地名は゛和食(わじき)゛古くは゛鷲敷社(わじきのやしろ)゛と呼ばれたと伝わります
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和奈佐意冨曽神社(海部郡海陽町大里松原)〈延喜式内社〉
和奈佐意冨曽神社(わなさおうそじんじゃ)は 旧鎮座地の鞆浦の大宮山から 慶長九年(1605)大里松原の地〈本宮〉大里八幡神社(海部郡海陽町大里松原)に遷座し 延喜式内社 阿波國 那賀郡 和奈佐意富曽神社(わなさ おふその かみのやしろ)の神名を伝えるため 明治時代に里人によって 八幡神社から中宮として遷座したものです
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大里八幡神社(海部郡海陽町大里松原)〈延喜式内社〉
大里八幡神社(おおさとはちまんじんじゃ)は 日本の「白砂青松百選」に選ばれた全長4kmにも及ぶ大里松原海岸に鎮座します 延喜式内社 阿波國 那賀郡 和奈佐意富曽神社(わなさ おふその かみのやしろ)で 旧鎮座地は 鞆浦の大宮山で 慶長九年(1604)大里松原海岸に遷座し 明治時代まで鎮座したと伝わります





