延喜式神名帳(Engishiki Jimmeicho)

物部神社(笛吹市石和町松本)〈『六国史』物部神・『延喜式』物部神社〉

物部神社(もののべじんじゃ)は 大和朝廷の使者として武内宿禰(たけのうちのすくね)らが東方巡察の折 物部氏の従者により創祀されたと云う 『六国史』には゛物部神゛に神階の奉授が記され 『延喜式』に甲斐國 山梨郡 物部神社(もののへの かみのやしろ)と所載されます 当初 御室山に鎮座し 鎌倉時代に現在地に遷座と云う

二田物部神社(柏崎市西山町二田)〈『延喜式』物部神社〉

物部神社(もののべじんじゃ)は 祭神 二田天物部命は 天香山命に奉仕て 高志国(越国)に天降りしたと云う 二田を献上する者がおり その地に居を定め その里を「二田」と称したと伝え 命は薨(こう)じて 二田の土生田(はにゅうだ)の高陵に葬られたと云う 延喜式内社 越後國 三嶋郡 物部神社(もののへの かみのやしろ)です

物部神社(佐渡市小倉)〈『續日本紀』物部天神・『延喜式』物部神社〉

物部神社(もののべじんじゃ)は 穂積朝臣老(ほづみのあそみおゆ)が養老二年(722)佐渡配流の謫居二十年の間 小祠に物部氏の祖神゛宇麻志麻治命゛を祀り 祈り続けたと云う 『續日本紀』〈延暦10年(791)物部天神 従五位下〉と神位の奉叙が記されている 延喜式内社 佐渡國 雑太郡 物部神社(もののべのかみのやしろ)です

八幡社(三木市志染町安福田)&〈境内社〉御坂社

八幡社(はちまんしゃ)は 戦国期の三木合戦で羽柴秀吉が戦勝祈願の為に安福田の八幡社に出向き 帰りに麓の庄屋で休息を取ったと云い 〈境内社〉御坂社(みさかしゃ)は『播磨国風土記』「志深里(しじみのさと)三坂社の神」の伝承地にある 延喜式内社 播磨國 美嚢郡 御坂神社(みさかの かみのやしろ)の論社とされます

御酒神社(三木市細川町垂穂)〈延喜式内社の論社〉

御酒神社(みさかじんじゃ)は 口伝に゛大己貴命が天降りし時 西南麓を流れる小川の辺りを霊地とし鎭座されたのを起源゛と云う 往古は岩宮と称し 磐座を拝し奉り社殿は無く 天應元年(781)社殿建立 天平2年(730)社殿再建の時 神告により氏子の酒造家等は祈願を籠めて美酒を釀造したので 御酒神社と改稱したと伝わる

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