-
霧島岑神社(小林市細野)
霧島岑神社(きりしまみねじんじゃ)は 社伝に 往古 高千穂峰(矛峰)と火常峰(御鉢)の間 脊門尾(セタオ)に鎮座と伝わり 延喜式内社 日向國 諸縣郡 霧嶋神社(貞)(きりしまの かみのやしろ)の論社です その後 韓国岳 大幡山 御鉢 新燃岳の噴火で相次いで神殿を焼失しては造営を繰り返し 明治6年(1872)夷守神社を霧島岑神社に合祀した上で 現在地〈夷守神社の社地〉に霧島岑神社が遷座されました
-
八幡神社(能美市鍋谷町)
八幡神社(はちまんじんじゃ)は 古代の豪族 和気公と江沼臣春日部の先祖が居住し 各々の祖神・白山比咩神・蟹淵ノ神・水無谷の風ノ神などを祀ったのが始まりと伝 天平勝宝元年(749)興福寺領となり 後 八幡神を勧請 明治40年に7社を合祀 その一つに式内社 能美郡 滓上神社の論社 滓谷神社があります 境内には 家立(やだ)ちの大事業を行った 杉本庄兵衛の徳をたたえ 鍋谷の祖霊(それい)として祀(まつ)られています
-
滓上神社(小松市中海町)〈『延喜式』滓上神社〉
滓上神社(かすかみじんじゃ)は 社伝に「垂仁天皇の皇子五十日帶彦命が越国に下向 越前を経て当地に幾星霜駐留あらせられ」と云う延喜式内社 加賀国 能美郡 滓上神社(かすかみの かみのやしろ)です 発祥の地 奥宮は東南2km程 その後北方200m平地から明治17年(1884)大洪水被災し明治22年(1888)現 高台に遷座
-
布勢神社(魚津市布施爪)
布勢神社(ふせじんじゃ)は 社伝に 創立は第26代 継体天皇(507~531)の時とあります 鎮座地の布施川流域は 阿古屋野古墳群などの遺跡が多数あり 古代 北陸道の布勢驛があった 新川東部では最も早く拓けた地域とされます 延喜式内社 北陸道 越中国 新川郡 布勢神社(ふせの かみのやしろ)とされます
-
熊野神社(立山町栃津)〈雄山神社 前立社壇の旧鎮座地〉
熊野神社(くまのじんじゃ)は 立山三山を遙拝できる段丘゛神宮山゛に鎮座します 中世に勧請された社地の遺跡〈壮大な建築物の礎石が出土〉があり 東斜面には 磐境(いわさか)〈古代の祭祀遺跡〉があり 立山三山を遙拝する岩峅寺立山信仰を形成した可能性を示唆します 密教が立山に入り込む以前の遙拝信仰の拠点ともされ 雄山神社 前立社壇の旧鎮座地とも伝わります
