延喜式神名帳(Engishiki Jimmeicho)

物部神社(与謝野町石川物部)〈延喜式内社 物部神社〉

物部神社(もののべじんじゃ)は 創建年代は不祥ですが 『朝野群載』承暦四年(1080)に 御卜〈天皇の身体を亀甲で卜い 卜兆に現れたところを奏上する儀式〉にて゛丹後國 物部神の神祟あるを以て社司に中祓を科す゛と記されており 神威ある神社でした 延喜式内社 丹後國 與謝郡 物部神社(もののへの かみのやしろ)です

平館天神社(南房総市千倉町)

平館天神社(へだて てんじんしゃ)は 平舘地区 名戸川原(なづがっぱら)と呼ばれる水田〈湿地帯〉の中にある磐座の中に社が祀られています 古代には゛火雷天神゛゛田の神天神゛と称されていて 口碑では 延喜式内社 安房国 朝夷郡 天神社(あまつ かみのやしろ)と伝わります

杜屋神社(下関市豊浦町黒井)長門国三之宮

杜屋神社(もりやじんじゃ)は 創建の伝説が幾つかあり 日本武尊が大海化にあった時 亀甲に乗った三穂津命が現われ船を無事に毛呂の長浜に導いた 或は 仲哀天皇が九州御征討で 海路豊浦宮に行幸された時 穴門の中ッ村毛呂の里に霊光が終夜輝き渡り この霊光を守り屋の神と称しお祀りされた とも伝わる古社で 式内社 長門國 豊浦郡 村屋神社(むらやの かみのやしろ)とされます

山神社(西伊豆町大沢里禰宜ノ畑)

山神社(やまじんじゃ)は 西伊豆の大浜海岸の辺りから仁科川を溯り 天城連山に分け入る県道59号を進み 仁科の集落を抜けて さらに山道へ〈平家の落人伝説も残る山深い〉祢宜ノ畑の集落に鎮座します 延喜式内社 伊豆國 那賀郡 瓺玉命神社(みかたまのみことの かみのやしろ)の論社とされています

忌宮神社(下関市長府宮の内町)長門国二之宮

忌宮神社(いみのみやじんじゃ)は 第14代仲哀天皇が熊襲ご平定の為 穴門(長門)豊浦宮を興し7年間政務をとられた旧趾です 天皇は筑紫国 香椎宮で崩御せられ 神功皇后は喪を秘して武内宿禰に御遺骸を奉じて豊浦宮に帰らしめ 殯斂(仮埋葬)せられた ご懐妊中の神功皇后は 新羅征討ご凱旋の後 天皇の御神霊を豊浦宮に鎮祭されたのが当社の起源と『日本書紀』に記されています

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