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佐波神社(西伊豆町仁科)
佐波神社(さわじんじゃ)は 巨船を造り崇神天皇に献上したとされる゛鴨ケ池(かまがき)゛と呼ばれる池の辺り〈現在の゛鴨ヶ池遺跡゛仁科港の一部(船溜まり)〉に鎮座していましたが 明応7年(1498)に発生した゛明応東海地震の津波゛に流され 御神体が現在の鎮座地に漂着したと伝わります 延喜式内社 伊豆國 那賀郡 佐波神社二座(さはの かみのやしろ ふたくら)の論社です
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山神社〈山王神社〉(西伊豆町大沢里)〈『延喜式』佐波神社二座・瓺玉命神社〉
山神社〈山王神社〉(やまじんじゃ)は 創建年代などは不祥です かつて゛子ノ神を宇波明神゛゛山王を山神゛と称していたらしく 延喜式内社 伊豆國 那賀郡 佐波神社二座(さはの かみのやしろ ふたくら)の内一座とする説があります 又同じく式内社の瓺玉命神社(みかたまのみことの かみのやしろ)の論社ともされています
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永倉神社(西白河郡西郷村長坂)
永倉神社(ながくらじんじゃ)は 創建年代は不祥ですが 六国史『日本文徳天皇實録』の斉衡二年(855)官社に列したと記される゛陸奧國 永倉神゛又 延喜式内社 陸奥国 白河郡 永倉神社(なかくらの かみのやしろ)の論社とされています 江戸時代には神明宮と呼ばれていましたが 明治五年(1872)永倉神社に改称されました
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飯豊比賣神社(白河市大信豊地日向)
飯豊比賣神社(いいとよひめじんじゃ)は 創建年代 由緒ともに不詳です 江戸時代には鹿島大明神と称されていたようです 大正十四年(1925)建立の社号標には 神名に鎮座地の飯土用村の名を用いて゛奉納 延喜式 飯土用姫命゛と刻字があります 延喜式内社 陸奥國 白河郡 飯豊比賣神社(いひとよひめの かみのやしろ)の論社です
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鹿嶋神社(白河市大鹿島)〈『延喜式』白河神社〉
鹿嶋神社(かしまじんじゃ)は 社伝によれば 光仁天皇の御代 宝亀年間(770~780)この地に祭られ 弘仁2年(811)坂上田村麻呂が東夷征伐の際 改めて常陸国鹿島大明神を勧請した神社〈白河以北を守る武神〉とされます 延喜式内社 陸奥国 白河郡 白河神社(しらかはの かみのやしろ)の論社でもあります
