延喜式神名帳(Engishiki Jimmeicho)

菅田神社(近江八幡市中小森町)〈菅田首が 祖神〈天目一命〉を祀る 延喜式内社〉

菅田神社(すげたじんじゃ)は 御祭神は 天津日子根命の御子で 鍛冶屋の祖とも伝えられている天目一命(あめのまひとつのみこと)です 古代には この子孫である蒲生稲置や菅田首が 祖神〈天目一命〉を祀り 蒲生平野一帯を治めていたとされます 延喜式内社 近江國 蒲生郡 菅田神社(すかたの かみのやしろ)の論社です

菅田神社(大和郡山市八條町)〈製鉄の神 天目一命を祀る 延喜式内社〉

菅田神社(すがたじんじゃ)は 古代 製鉄・鍛冶を営んだ菅田首(すがたのおびと)が 『新撰姓氏録〈弘仁6年(815)〉』に載る祖神「菅田首 天久斯麻比止都命之後也」を祀ったとされます この祖神゛天久斯麻比止都命(あめのくしまひとつのみこと)゛は 鍛冶の神゛天目一箇神(あめのまひとつのかみ)゛と同神とされます

猿投神社(豊田市猿投町大城)〈国史見在社・延喜式内社〉

猿投神社(さなげじんじゃ)は 主祭神 大碓命〈第12代 景行天皇の第一皇子 日本武尊と双生児〉を祀り 社伝によれば 第14代 仲哀天皇元年(192)勅願により現在地に鎮座と伝わる 『六国史』にも神階の奉授が記さる国史見在社 『延喜式』には 式内社 参河國 賀茂郡 狭投神社(さなげの かみのやしろ)と所載されます

廣澤神社〈広沢天神〉(豊田市猿投町小黒見)〈延喜式内社〉

広沢神社(ひろさわじんじゃ)は 創祀年代など不祥ですが 江戸時代までは 廣澤天神(ひろさわてんじん)と呼ばれたと云う 明治42年(1909)猿投神社境内に合祀されたが その後再びもとの廣澤の地に復祀 猿投神社の末社として現在に至っています 延喜式内社 参河國 賀茂郡 廣澤神社(ひろさはの かみのやしろ)の論社です

勝占神社(徳島市勝占町中山)〈延喜式内社・旧 郷社〉

勝占神社(かつらじんじゃ)は 古代この附近一帯は海で 出雲系海人の豪族が支配し その祖神 大己貴命を海に突き出た中山の東端の景勝地に祀ったのが発祥とされます 播磨風土記 宍禾郡 御方里の條 葦原志許乎命の黒葛(くろかつら)の伝承にも関連があるとも云う 延喜式内社 阿波國 勝浦郡 勝占神社(かつらの かみのやしろ)です

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