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石部神社 上社跡〈石部神社の御旅所〉(愛知郡愛荘町石橋)〈『延喜式』石部神社二座〉
石部神社 上社跡(いそべじんじゃ かみしゃあと)は 石部神社は 元々は二座で 上社(かみしゃ)と下社(しもしゃ)に分かれていたが 応仁・文明の乱(1467~1477年)で上社は罹災(りさい)し 下社(現在地)境内に移されたと伝わる 上社の跡地は磯部の小字善法寺方といわれ 現在は石部神社 下社の御旅所となっています
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『延喜式神名帳』所載「いそへのかみのやしろ」の社号を持つ式内社とその論社について
『延喜式神名帳』に所載される各々の「いそへのかみのやしろ」は 古代の氏族・「石邊公」「石部氏」に関係する神社 又は 海人族の「磯部氏」に関係する神社とも云われ 数多く分布しています 又『延喜式神名帳』所載の「いそへのかみのやしろ」の社号(いそへ)の読みに充てる字は 「石部」「石邊」「部」「磯部」などがあり 様々です
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石部神社 下社(愛知郡愛荘町沓掛)〈『延喜式』石部神社二座〉
石部神社(いそべじんじゃ)は 「石部・石邊君」などの古代氏族と関係が深く 社伝に創立は崇神天皇の御代 天日方奇比方命を石部邑に奉齋 翌八年九月 大名牟遅尊を相殿に勧請 次いで垂仁天皇の御代 奇比方命の神託により天照皇大神を正座に奉祀と云う 延喜式内社 近江國 愛智郡 石部神社二座(いそへの かみのやしろ ふたくら)です
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石部神社(近江八幡市安土町下豊浦)〈『延喜式』石部神社〉
石部神社(いそべじんじゃ)は 創祀年代不詳ですが 社伝には 景行天皇21年 吾地山に社殿を造営し 勅使の参向を得 盛大なる鎮座祭を斉行 同22年更に勅使参向の栄に浴し 安土山湖水に臨み其の南麓を磯辺の岡と号し社を石部神社と称すと伝える 延喜式内社 近江國 蒲生郡 石部神社(いそへの かみのやしろ)の論社です
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石部神社〈磯部大明神〉(蒲生郡竜王町七里)〈『延喜式』石部神社〉
石部神社〈磯部大明神〉(いそべじんじゃ)は 創立年代は不詳ですが 社伝によれば 正応2年(1289)池内真清等により社殿を奉遷と云い 古くは磯部大明神と称したが 延寶七年(1679)吉田家より正一位の宗源宣旨を受け 石部神社と改称された 延喜式内社 近江國 蒲生郡 石部神社(いそへの かみのやしろ)の論社です





