松原神社(まつばらじんじゃ)は 元明天皇の御代 和銅四年(711)創建と伝え 社地の辺りは古来地名を高牟(たかむ)と呼び 社名も古くから高牟神社と号し 延喜式内社 尾張國 春日部郡 髙牟神社(たかむの かみのやしろ)とされます 中世に稲荷信仰が普及して合祀され 江戸時代の棟札には高牟稲荷大明神と記したものがあります

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目次
1.ご紹介(Introduction)
この神社の正式名称や呼ばれ方 現在の住所と地図 祀られている神様や神社の歴史について ご紹介します
【神社名(Shrine name)】
松原神社(Matsubara shrine)
【通称名(Common name)】
【鎮座地 (Location) 】
愛知県春日井市東山町2263
【地 図 (Google Map)】
【御祭神 (God's name to pray)】
《主》高皇産霊尊(たかみむすびのみこと)
倉稲魂命(うかのみたまのみこと)
埴山媛命(はにやまひめのみこと)
稚牟須比命(わくむすびのみこと)
大宮姫命(おおみやめのみこと)
大山祇命(おおやまつみのみこと)
猿田彦命(さるたひこのみこと)
底筒男 中筒男 表筒男命(そこつつを なかつつを うわつつをのみこと)
神功皇后(じんぐうこうごう)
【御神徳 (God's great power)】(ご利益)
【格 式 (Rules of dignity) 】
・『延喜式神名帳(engishiki jimmeicho )927 AD.』所載社
【創 建 (Beginning of history)】
松原神社由緒
当社は元明天皇の御代の和銅四年(七一一)の創建と伝えている 社地のあたりは古来地名を高牟(たかむ)と呼び、社名も古く高牟神社と号し、延喜式第九(神名式)所載の春日部郡高牟神社に比定される。
中世に稲荷信仰が普及して合祀されるにいたったため 江戸時代の棟札には高牟稲荷大明神と記したものが少なくないし 京都の神祇官の神道裁許状にもそう記されている
しかし高牟神社は金工の祭神 高御産霊神は天地創造の神 稲荷大明神は農業神として 両社は別個の神格として崇敬されて来た
時移り明治四年十月、犬山県は当社を尾張国神明帳所載の松原神社と認定し 翌五年五月愛知県は近傍十八ヶ村の郷社に確定したので 松原神社と名を改めて現在にいたっている倉稲魂命
埴山媛命
雅産霊命
高皇産霊尊
大宮姫命
大山祇命
猿田彦命
底筒男中筒男表筒男命 神功皇后現地石碑文より

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『明治神社誌料(Meiji Jinja shiryo)〈明治45年(1912)〉』に記される伝承
【抜粋意訳】
愛知縣 東春日井郡 郷社
〇愛知縣 尾張國 東春日井郡篠木(シノギ)村大字下原
郷社 松原(マツハラノ)神社
祭神
高御産毘神 稚牟須比命 大宮比賣命
倉稻魂命 埴山比賣命 猿田比古命舊と稲荷神社と稱す、創立年代詳ならずといへども、社記に「天明四辰年再輿」と記せり、明治四年四月國帳の松原神社なる故を以て社號を改め、同五年五月郷社に列せらる。
社殿は本殿、祭文殿、拝殿、社務所等を具備し、境内地三千二百八十一坪(官有地第一種)あり、因みに國帳の松原神社に對して、尾張志は「其所々うせて知る人なし」といへり。
境内神社
神明社 蛭子社 香良社 金刀比羅社
南宮社 御鍬社 白狐社 黄狐社 御嶽社
【原文参照】

明治神社誌料編纂所 編『明治神社誌料 : 府県郷社』上,明治神社誌料編纂所,明治45. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1088244
【由 緒 (History)】
『式内社調査報告第八巻』昭和59年に記される内容
延喜式内社 尾張國 春日部郡 髙牟神社(たかむの かみのやしろ)
【抜粋】
尾張國 春日部郡 髙牟神社
【社名】
「タカムノ神社」とよむ。ただし、『尾張國神名帳』は、高見神社としてゐる。これ以外に、異稱はみえない。
【所在】
當社の所在については、古来二ヶ所の所説がみられる。
A社
名古屋市守山區大字瀬古字高見二、四〇〇番地(東春日井郡守山町大字古字高見二、四〇○番地)。B社
春日井市東山町二、二六三番地(東春日井郡篠木村大字下原字平橋二、二六一番地)。現社名、松原神社。【祭神】
A社 ・・・・〈中略〉
B社
現在は、高皇產靈尊・倉稲魂命・埴山媛命・雅牟須比命・大宮姫命・猿田彦命・大山祇命・底筒男中筒男表筒男命・神功皇后の十一座を奉斎してゐる。
『神社明細書』の提出時は、高皇產靈命・倉稲魂命・植山媛命・雅牟須比命・大宮姫命・猿田彦命の六座である。
合祀等の記録は、あまりよくわからないが、高皇産靈命に、稲荷の神が合祀され、江戸期には、稲荷信仰が中心の社であつた。なぜ稻荷神を祭るやうになったか不明であるが、社家井村氏の初代 稲生六郎が社職になった建久五年(一一九四)といふ社傳を持つところから、鎌倉期からであらうか。高车神社の祭神は、『本國神名帳集説』に、「高皇産靈尊歟」としてゐる。高皇産靈命と考へられる。
【由緒】
A社・・・〈中略〉
B社
和劇四年(七一二)二月十一日の創建の社傳を持つが、くはしくは不明である。中世以降、稲荷社となり、江戸期には、高牟稲荷と稱したこともある。明治四年十月に、大山縣より、松原神社の確定書により、現社名になる。【論社考證】
A社・B社ともに、式内社を稱する。
『尾張國式社確定記』『神祇志料』等は、A社、瀬古の高牟神社を式内社としてゐる。
しかし、B社も明治四年の確定書に、「延喜式並本國神名帳所載」とみえ、古くより式内といはれてるたと思はれる。兩社とも、論社を考證に足る史料はみられなかった。
A社は、庄内川、矢田川にはさまれた中州にある神社のため古くから水害に悩まされ、史料を失ったと思はれる。
B社は、篠岡古窯群(五世紀後半の古窯)がみられ、古くから人々が活躍をしたと考へられる。中世になり、篠岡古窯群が衰退するとともにさびれたと考へられる。鎌倉以後、稲荷信仰とともに、江戸期に發展した。天保頃の高车神社の繁榮を示す繪圖が、徳川林政史研究所に殘つてゐる。調査した結果、A社・ B社ともに併記する神社と考へ報告しておく。
しかし、両社ともに古代の豪族・氏族との勢力範圍、庄内川・矢田川の河道の變遷、篠岡古窯との關係などの考察が必要と思はれる。(剱持悦夫)
【原文】

『式内社調査報告第八巻』著者 式内社研究会編纂.刊行年.昭和59年.出版社 皇学館大学出版部より
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【神社の境内 (Precincts of the shrine)】
・松原神社 社殿

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・〈社殿向かって右 境内社5宇と石碑〉(・御鍬社・大山祗社・津島社・南宮社・秋葉社・御嶽社)

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・〈社殿向かって右 境内社〉白孤義兼神社

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・〈社殿向かって右 境内社6宇〉(・香良須社・神明社・明治神宮・熱田神宮・金毘羅社・蛭子社)

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・松原神社 拝殿

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・手水舎

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・蕃塀越しに境内

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・参道入口

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【神社の境外 (Outside the shrine grounds)】
・〈境外社〉高牟天神社《主》菅原道眞公
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この神社の予備知識(Preliminary knowledge of this shrine)
この神社は 大和朝廷による編纂書〈六国史・延喜式など〉に記載があり 由緒(格式ある歴史)を持っています
〇『風土記(ふどき)』和銅6年(713)
『続日本紀』和銅6年(713)5月甲子の条が 風土記編纂の官命であると見られ 記すべき内容として下記の五つが挙げられています
『風土記(ふどき)』和銅6年(713)の特徴について
1.国郡郷の名(好字を用いて)
2.産物
3.土地の肥沃の状態
4.地名の起源
5.古老の伝え〈伝えられている旧聞異事〉
現存するものは全て写本です
『出雲国風土記』がほぼ完本
『播磨国風土記』、『肥前国風土記』、『常陸国風土記』、『豊後国風土記』が一部欠損した状態
〇『六国史(りっこくし)』
奈良・平安時代に編纂された官撰(かんせん)の6種の国史の総称
・『日本書紀』養老4年(720)完成
・『續日本紀』延暦16年(797)完成
・『日本後紀』承和7年(840)完成
・『續日本後紀』貞観11年(869)完成
・『日本文徳天皇実録』元慶3年(879)完成
・『日本三代實録』延喜元年(901)完成
〇『延喜式(えんぎしき)』延長5年(927)完成
平安時代中期に編纂された格式(律令の施行細則)全50巻 約3300条からなる
『延喜式神名帳(Engishiki Jimmeicho)』(927年12月編纂)に所載〈This record was completed in December 927 AD.〉
『延喜式(Engishiki)律令の施行細則 全50巻』〈平安時代中期 朝廷編纂〉
その中でも巻9・10を『延喜式神名帳(Engishiki Jimmeicho)』といい 当時〈927年12月編纂〉「官社」に指定された全国の神社(式内社)の一覧となっています
・「官社(式内社)」名称「2861社」
・「鎮座する天神地祇」数「3132座」
[旧 行政区分](Old administrative district)
(神様の鎮座数)東海道 731座…大52(うち預月次新嘗19)・小679[旧 国 名 ](old county name)
(神様の鎮座数)尾張國 121座(大8座・小113座)
[旧 郡 名 ](old region name)
(神様の鎮座数)春日部郡 12座(並小)
[名神大 大 小] 式内小社
[旧 神社 名称 ] 髙牟神社
[ふ り が な ](たかむの かみのやしろ)
[Old Shrine name](Takamu no kaminoyashiro)
【原文参照】

国立公文書館デジタルアーカイブス 延喜式 刊本(跋刊)[旧蔵者]紅葉山文庫https://www.digital.archives.go.jp/DAS/meta/listPhoto?LANG=default&BID=F1000000000000004146&ID=M2014101719562090086&TYPE=&NO=画像利用
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【オタッキーポイント】(This is the point that Otaku conveys.)
あなたが この神社に興味が湧くような予備知識をオタク視点でご紹介します
尾張國の式内社には 高牟神社(たかむの かみのやしろ)が 春日部郡と愛智郡の二ヶ所に所載されています
延喜式内社 尾張國 春日部郡 高牟神社(たかむの かみのやしろ)の論社について
・高牟神社(名古屋市守山区)
・松原神社(春日井市東山町)
・高田寺白山社(北名古屋市高田寺)
・八所神社(豊山町豊場木戸)
・五社神社(春日井市玉野町)
・勝川天神社(春日井市勝川町)
延喜式内社 尾張國 愛智郡 高牟神社(たかむの かみのやしろ)の論社について
・高牟神社(名古屋市千種区今池)
・高針高牟神社(名古屋市名東区高針)
・御器所八幡宮(名古屋市昭和区)
【神社にお詣り】(Here's a look at the shrine visit from now on)
この神社にご参拝した時の様子をご紹介します
JR中央本線 春日井駅から県道196号経由で北方向へ約4.3km 車での所要時間は15~16分程度
県道196号の下原町東の交差点でR155号を右折して200m程で松橋神社前の交差点があります 6差路の変則の交差点ですが そこに7差路目の細い参道があります
とてもわかり難い参道入口ですが 進みます
松原神社(春日井市東山町)に参着

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参道の途中に 鳥居が建てられています
鳥居の扁額には゛松原神社゛と刻字されています

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鳥居をくぐり抜けると広い境内地となっています

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神域の廻りには玉垣が廻されています
参道の正面には 蕃塀が立ち その奥に社殿の屋根が見えています
向って左手前は 御神木でしょうか
向かって右奥には 稲荷の赤鳥居が見えています

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右奥に見えていた稲荷の赤鳥居に近づくと「稲荷山白狐義兼大明神」の幟旗が並んでいます

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赤鳥居の入口には社号標が建ち「白狐義兼神社」

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蕃塀を廻り込んで
拝殿にすすみます

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賽銭をおさめ お祈りをします
ご神威に添い給うよう願いながら礼 鎮まる御祭神に届かんと かん高い柏手を打ち 両手を合わせ祈ります

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【神社の伝承】(I will explain the lore of this shrine.)
この神社にかかわる故事や記載されている文献などをご紹介します
『神社覈録(Jinja Kakuroku)〈明治3年(1870年)〉』に記される伝承
式内社 高牟神社について 所在は゛山田庄高田寺村に在す、今白山と称す、゛〈現 高田寺白山社(北名古屋市高田寺)〉と記しています
【抜粋意訳】
高牟神社
高牟は多加武と讀り
○祭神詳ならず
○山田庄高田寺村に在す、今白山と称す、〔府志〕
張州府志云、集説以ニ 此祠爲ニ 小高苑神社、按、和名鈔曰、春日部郡高苑、中世稱ニ 高田郷、然則小高園祠 亦當在ニ 此邑、今不可尋、
類社
當國愛智郡 高牟神社神位
國内神名帳云、從三位高牟天神、〔一本作高見〕
【原文参照】

鈴鹿連胤 撰 ほか『神社覈録』上編 ,皇典研究所,1902. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/991014

鈴鹿連胤 撰 ほか『神社覈録』上編 ,皇典研究所,1902. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/991014
『神祇志料(Jingishiryo)』〈明治9年(1876)出版〉に記される内容
式内社 高牟神社について 所在は゛安食庄瀬古村にあり、高見島天神と云、゛〈現 高牟神社(名古屋市守山区)〉と記しています
【抜粋意訳】
高牟(タカムノ)神社
今 安食庄瀬古村にあり、高見島天神と云、〔尾張國式社確定〕
蓋 高御產靈尊を祭る、〔本社傳説〕
凡 毎年八月廿五日祭を行ふ、〔愛智縣神社調〕
【原文参照】

栗田寛 著『神祇志料』第12−14巻,温故堂,明9-20. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/815496
『特選神名牒(Tokusen Shimmyo cho)〈明治9年(1876)完成〉』に記される伝承
式内社 高牟神社について 所在は゛安食村瀬古村〔字高見島〕(東春日井郡坂下村大字瀬古 郷社 高牟神社)゛〈現 高牟神社(名古屋市守山区)〉と記しています
その他の説として 3説を挙げているが証するものがない と記しています
゛高田寺村白山社゛〈現 高田寺白山社(北名古屋市高田寺)〉
゛勝川村下原村にもあり゛〈現 勝川天神社(春日井市勝川町)〉
゛豐場村 八所明神゛〈現 八所神社(豊山町豊場木戸)〉
【抜粋意訳】
高牟神社
祭神 高皇產靈神
今按 社傳 高皇產靈尊の外に國常立尊 豐斟渟尊 國狹槌尊をも祭ると云へど信がたし 故今とらず
祭日 八月二十五日
社格 村社(明細帳に郷社)所在 安食村瀬古村〔字高見島〕(東春日井郡坂下村大字瀬古 郷社 高牟神社)
今按 尾張國式社考に張州府志に高田寺村白山社を高牟神社とするは據もなく高牟と高田とまかふべき地名にも非れば取がたし
又 勝川村下原村にもありと云ひ
又 豐場村 八所明神なるべしと云説もあれど 何れも證なしと云り
【原文参照】

教部省 編『特選神名牒』,磯部甲陽堂,1925. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1919019
松原神社(春日井市東山町)に「拝 (hai)」(90度のお辞儀)

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