宇波刀神社(うわとじんじゃ)は 社記には「創立は平城天皇 大同年中(806~810年)に在り」・『三代實録』に「貞觀八年九月甲辰従五位下 宇波戸神授ニ 従五位上」と神位の奉授あり・『延喜式』に記載 式内社 甲斐國巨麻郡 宇波刀神社(うはとの かみのやしろ)と伝えています

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目次
1.ご紹介(Introduction)
この神社の正式名称や呼ばれ方 現在の住所と地図 祀られている神様や神社の歴史について ご紹介します
【神社名(Shrine name)】
宇波刀神社(Uwato shrine)
【通称名(Common name)】
諏訪大明神(すわだいみょうじん)
【鎮座地 (Location) 】
山梨県北杜市明野町上手北組937
【地 図 (Google Map)】
【御祭神 (God's name to pray)】
《主祭神》
建御名方命(たけみなかたのみこと)
《相殿神》
伊弉諾命(いざなぎのみこと)
伊弉冊命(いざなみのみこと)
《配祀神》
〈寛治七年(1093)新羅三郎義光が当地へ赴任の際に勧請合祀〉
素盞鳴命(すさのをのみこと)
倉稲魂命(うかのみたまのみこと)
【御神徳 (God's great power)】(ご利益)
【格 式 (Rules of dignity) 】
・ 国史に記載される神社
〈六国史(『日本書紀』『続日本紀』『日本後紀』『続日本後紀』『日本文徳天皇實録』『日本三代實録』)に記載されている神社〉
・『延喜式神名帳(engishiki jimmeicho )927 AD.』所載社
【創 建 (Beginning of history)】
掛纏毛畏岐此 宇波刀神社波母與
清和天皇貞観八年三月二十八日從五位上乎授奉良連
又 延喜式尓毛毛載良連底 最古支神社耳那牟有計留
斯而齋伎祭留大神波 建御名方斗美命 尓座之氏 此大神波之母 建久雄々之支御心以底 御父 大國主命尓仕奉里 國土乎造里固米給之御事業袁 専良助奉利弖 許々良乃功徳有流神邇那牟座之計留 阿奈畏伎此大御神 阿奈多布止支此乃 宇波刀廼神社明治十一年夏 淺間神社宮司 兼 大講義 源朝臣八代駒雄 謹誌
現地石碑文より

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宇波刀神社(旧郷社) 由緒沿革:
創立年代不詳なるも、貞観六年の銘がある石華表があり、又貞観八年三月二十八日従五位上に叙せられた旨三代実録に記載があり、又 延喜式神名帳にも県内他の十九社と共に登録された式内社であることから、貞観以前の創建であると推定出来る。
新羅三郎義光 寛治七年当国へ任官の際 素盞鳴命・倉稲魂命の二神を勧請合祀し、社領地を寄進せられたと云ふ。明治六年郷社に列せられ、同四十年神饌幣帛供進神社に指定せらる。昭和五十五年四月拝殿の改築と神楽殿を新築する。
山梨県神社庁HPより
https://www.yamanashi-jinjacho.or.jp/intro/search/detail/6075
【由 緒 (History)】
『明治神社誌料(Meiji Jinja shiryo)〈明治45年(1912)〉』に記される伝承
【抜粋意訳】
〇山梨縣 甲斐國 北巨摩郡上手村
郷社 宇波刀(ウハトノ)神社
祭神
建御名方斗美(タケミナカタトミノ)命相殿
伊弉諾神 伊弉冉神
素戔嗚命 倉稲魂命創立は平城天皇 大同年中に在り〔社記〕と云へり、延喜式神名帳に巨摩郡 宇波戸神社とあるは即ち是なり、「清和天皇 貞觀八年九月甲辰従五位下 宇波戸神授ニ 従五位上」と三代實録に見ゆ、祠邊に神口、神奥、大垣、宮澤、宮川、
御手洗等の地名あり、祠中に古華表の額を納む、表に宇波戸神社、裏に大同二年と刻みたる文字模糊として見ゆ、今の華表には貞観二年と彫れり、古来大社なりしこと知るべし、又 村名を上手といひ、祠の近傍を羽場(ウバ)と云ふ、字波戸と上手と訓相近し、或る説に宇波刀は上慮(ウハト)の義にて、上慮(ウハト)の地名ある慮は必ず近傍に卑下の地あり、之れに對して呼びしものなり、今 上手村は藤井平とて、八千石許の田園平坦の地にて、岡の上に神社在り、上手は即 宇波刀なるべしとあるは是亦證とすべきことなるべし、古時 神祭に法樂舞せし處を踊畑と稱し、宮川の落口に滝あり、
里歌に
すすしめや神代もながく宮川の流れも清きうばのしらたき相殿の神々は新羅三郎任園の時、勧請せる所なりと社記に見ゆ。
社殿は、本殿、拝殿、渡殿等あり、境内二百七十五坪(官有地第一種)、松杉枝を交へて道酒森爵たり。
境内神社 秋葉神社
例祭日 三月廿一日 九月廿四日
【原文参照】

明治神社誌料編纂所 編『明治神社誌料 : 府県郷社』中,明治神社誌料編纂所,明治45. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1088278
『甲斐』〈大正15年〉に記される内容
【抜粋意訳】
宇波刀神社 稱 諏訪明神
祭神 (名) (三)(五)建御名方命、(六)傳言 建御名命、(七)諏訪神。
神位 (三實)貞觀八年三月廿八日、甲斐國從五位下 宇波刀神 授ニ 從五位上。
社格 郷社
祭日 三月十日・九月十五日・ (四 )四月十日・九月十五日
所在 (三)(六 ) (八)上手村、諏訪明神、 (四)上手村宇波刀山にあり諏訪明神と云ふ、(五)(七)上手村、(六)宮原村八幡宮、鎌田總社宇波刀神社と稱す、○上手村 諏方明神相傳云、宇波刀神社也、宇波刀と上手と訓相近し、祠邊の地を羽場と云ふ、○下圓井村 諏訪明神、傳へて宇波刀神と云ふ由。〇塚原村御崎明神記云、古産神と稱す、今の産神 熊野祠に對せる名なり、祠邊に上古の穴居の跡多し上方にあるを宇波刀と云、下方にあるを志太刀と云、本祠は其上方に鎭座す故に宇波刀神社也と云ふ、(北巨麻郡上手村)
【原文参照】

太田亮 著『甲斐』,磯部甲陽堂,大正15. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/982143
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【神社の境内 (Precincts of the shrine)】
・宇波刀神社 本殿

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・宇波刀神社 社殿

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・宇波刀神社 拜殿

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・〈拝殿の脇〉社務所

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・四方竹に囲まれて 祀られている石

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・神楽殿

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・寄附の石碑

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・注連柱

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・石鳥居

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山梨県指定有形文化財(建造物) 宇波刀(うわど)神社の石鳥居
この石島居は12世紀後半(平安時代末~鎌倉時代初頭)に創建されたといわれています(14世紀代という異説もあります)。種類としては明神(みょうじん)鳥居に分類され、高さ2.2m、幅1.9mとやや小ぶりで、太い柱と、どっしりと安定惑のあるのが特徴で、県内最古級のものです。台風や地震で何度か倒壊し、現在、烏居の一部は新しく作り直されていますが、古い烏居の部材は神社に大切に保管されています。
鳥居の柱には、貞観六(864)年という年号が、また、神社に残された古い部材には、同じく平安時代の年号「大同(だいどう)」が刻まれていたといわれていますが、これらの年号は後に追刻されたものです。
宇波刀神社は延長(えんちょう)五(927)年にまとめられた『延喜式(えんぎしき)』にも記載された由緒ある神社です。また、この神社が古道である穂坂路に面していることも、この地域の歴史を知るうえで注目されます。
北杜市教育委員会
現地案内板より

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・社頭

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【神社の境外 (Outside the shrine grounds)】
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【この神社の予備知識(Preliminary knowledge of this shrine)】
この神社は 大和朝廷による編纂書〈六国史・延喜式など〉に記載があり 由緒(格式ある歴史)を持っています
〇『風土記(ふどき)』和銅6年(713)
『続日本紀』和銅6年(713)5月甲子の条が 風土記編纂の官命であると見られ 記すべき内容として下記の五つが挙げられています
『風土記(ふどき)』和銅6年(713)の特徴について
1.国郡郷の名(好字を用いて)
2.産物
3.土地の肥沃の状態
4.地名の起源
5.古老の伝え〈伝えられている旧聞異事〉
現存するものは全て写本です
『出雲国風土記』がほぼ完本
『播磨国風土記』、『肥前国風土記』、『常陸国風土記』、『豊後国風土記』が一部欠損した状態
〇『六国史(りっこくし)』
奈良・平安時代に編纂された官撰(かんせん)の6種の国史の総称
・『日本書紀』養老4年(720)完成
・『續日本紀』延暦16年(797)完成
・『日本後紀』承和7年(840)完成
・『續日本後紀』貞観11年(869)完成
・『日本文徳天皇実録』元慶3年(879)完成
・『日本三代實録』延喜元年(901)完成
〇『延喜式(えんぎしき)』延長5年(927)完成
平安時代中期に編纂された格式(律令の施行細則)全50巻 約3300条からなる
『日本三代實録(Nihon Sandai Jitsuroku)〈延喜元年(901年)成立〉』に記される伝承
宇波刀神に從五位上の神位を授ける と記されています
【抜粋意訳】
卷十二貞觀八年(八六六)三月廿八日甲辰
○廿八日甲辰
甲斐國
從五位上勳十二等 物部神 美和神 並に授く 正五位下
從五位下 宇波刀神 從五位上を大和国平城京内の田地十六町三段百二十歩を 従四位下行山城権守 在原朝臣善淵に賜う
これ以前に 善淵が次のように奏上していた
「私は平城太上天皇のために その陵墓の近くに精舎(仏教寺院)を建立しました その維持修繕の費用に充てるため 旧平城京の荒廃した土地を買い取り 開墾して田地としました
ところが 内蔵寮は法令(格)の規定を理由として その土地を朝廷の『勅旨田』として没収してしまった
どうか天皇のご恩により この土地を永久に私有の田としてお認めくださいますようお願いいたします」
これに対し 天皇はその願いを認める詔を下したのであった
【原文参照】

「日本三代実録」(特025-0003)、国立公文書館デジタルアーカイブ、https://www.digital.archives.go.jp/file/1272080

「日本三代実録」(特025-0003)、国立公文書館デジタルアーカイブ、https://www.digital.archives.go.jp/file/1272080
『延喜式神名帳(Engishiki Jimmeicho)』(927年12月編纂)に所載〈This record was completed in December 927 AD.〉
『延喜式(Engishiki)律令の施行細則 全50巻』〈平安時代中期 朝廷編纂〉
その中でも巻9・10を『延喜式神名帳(Engishiki Jimmeicho)』といい 当時〈927年12月編纂〉「官社」に指定された全国の神社(式内社)の一覧となっています
・「官社(式内社)」名称「2861社」
・「鎮座する天神地祇」数「3132座」
[旧 行政区分](Old administrative district)
(神様の鎮座数)東海道 731座…大52(うち預月次新嘗19)・小679[旧 国 名 ](old county name)
(神様の鎮座数)甲斐國 20座(大1座・小19座)
[旧 郡 名 ](old region name)
(神様の鎮座数)巨麻郡 5座(並小)
[名神大 大 小] 式内小社
[旧 神社 名称 ] 宇波刀神社
[ふ り が な ](うはとの かみのやしろ)
[Old Shrine name](Uhato no kaminoyashiro)
【原文参照】

国立公文書館デジタルアーカイブス 延喜式 刊本(跋刊)[旧蔵者]紅葉山文庫https://www.digital.archives.go.jp/DAS/meta/listPhoto?LANG=default&BID=F1000000000000004146&ID=M2014101719562090086&TYPE=&NO=画像利用
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【オタッキーポイント】(This is the point that Otaku conveys.)
あなたが この神社に興味が湧くような予備知識をオタク視点でご紹介します
式内社(うはとの かみのやしろ)の類社について
『延喜式神名帳』(927年12月編纂)に所載「宇波刀神社(うはとの かみのやしろ)」は 甲斐國巨麻郡と美美濃國安八郡の二箇所に記されています
又 甲斐國八代郡 表門神社(うは〔へ〕との かみのやしろ)と云います
延喜式内社 甲斐國巨麻郡 宇波刀神社(うはとの かみのやしろ)の論社
・宇波刀神社(北杜市明野町上手)
・宇波刀神社(甲府市宮原町)
・宇波刀神社(韮崎市円野町)
・御崎神社(甲府市美咲)〈参考論社〉
延喜式内社 美濃國安八郡 宇波刀神社(うはとの かみのやしろ)の論社
・宇波刀神社(安八郡神戸町神戸)
・宇波刀神社(安八郡安八町森部)
延喜式内社 甲斐國八代郡 表門神社(うは〔へ〕との かみのやしろ)の論社
・表門神社(市川三郷町)
・熊野神社〈五社神社〉(右左口町)
・表門神社(甲府市白井町)
・浅間神社(市川三郷町)
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【神社にお詣り】(Here's a look at the shrine visit from now on)
この神社にご参拝した時の様子をご紹介します
JR中央本線 穴山駅から北東方向へ約4.1km 車での所要時間は8~10分程度
南アルプスの山々を眺めながら

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住所は 北杜市明野町上手字北組(きたくみ)

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宇波刀神社(北杜市明野町上手字北組)に参着

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どっしりと安定惑のある太い柱の石鳥居があり 一礼をして くぐり抜けます

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鳥居の扁額には「宇波刀神社 諏訪大明神」と刻字されています

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参道を進むと 境内入り口に注連柱 正面に拜殿が見えます

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石段を上がり 注連柱をくぐり抜けて
拝殿にすすみます

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賽銭をおさめ お祈りをします
ご神威に添い給うよう願いながら礼 鎮まる御祭神に届かんと かん高い柏手を打ち 両手を合わせ祈ります

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諏訪大明神とも呼ばれているので 神紋は「梶の葉」
ただし諏訪大社の神紋「諏訪梶の葉〔上社は根が4本〕・明神梶の葉〔下社は5本〕」という訳ではなく〔根が2本〕です

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拜殿の屋根の紋も神紋は「梶の葉」です

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【神社の伝承】(I will explain the lore of this shrine.)
この神社にかかわる故事や記載されている文献などをご紹介します
『神社覈録(Jinja Kakuroku)〈明治3年(1870年)〉』に記される伝承
式内社 宇波刀神社について 所在は゛今 上手村宇波刀山にあり、諏訪明神と云、゛〈現 宇波刀神社(北杜市明野町上手)〉と記しています
【抜粋意訳】
宇波刀神社
字波刀は假字也
〇祭神 建御名方命、〔名勝志〕
〇上手村に在す、今 諏訪明神と称す、〔同上〕例祭 月 日、
惣國風土記六十三残欠云、巨麻郡 裏門神社、圭田三十八束三毛田、四畝田、所祭、〔虫食不見〕敏達朝行ニ 式例、〔連胤云、裏門は表門の誤なるべし、〕
○當國八代郡 表門神社あり
神位
三代実録、貞観八年三月廿八日甲辰、甲斐國從五位下 宇波刀神 授ニ 從五位上、
社領
當代御朱印高一石八斗余
【原文参照】

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『神祇志料(Jingishiryo)』〈明治9年(1876)出版〉に記される内容
式内社 宇波刀神社について 所在は゛今 上手村宇波刀山にあり、諏訪明神と云、゛〈現 宇波刀神社(北杜市明野町上手)〉と記しています
【抜粋意訳】
宇波刀(ウハトノ)神社、
今 上手村宇波刀山にあり、諏訪明神と云、〔甲斐名勝志、甲斐國志、巡拜奮祠記、神名帳打聞〕
清和天皇 貞観八年三月甲辰、從五位下 宇波刀神に從五位上を授く、〔三代実録〕
凡 其祭 四月十日 九月十五日を用ふ、〔山梨縣取調書〕
【原文参照】

栗田寛 著『神祇志料』第12−14巻,温故堂,明9-20. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/815496
『特選神名牒(Tokusen Shimmyo cho)〈明治9年(1876)完成〉』に記される伝承
式内社 宇波刀神社について 所在は゛上手村 (北巨摩郡上手村)゛〈現 宇波刀神社(北杜市明野町上手)〉と記しています
その他の説として
゛圓野村 諏訪明神゛〈現 宇波刀神社(韮崎市円野町)〉
゛宮原村 八幡宮゛〈現 宇波刀神社(甲府市宮原町)〉
を挙げています
【抜粋意訳】
宇波刀神社 稱 諏訪明神
祭神 建御名方命
神位 清和天皇 貞觀八年三月廿八日甲辰 甲斐國從五位下 宇波刀神 授從五位上
祭日 三月十日 九月十五日
社格 郷社所在 上手村 (北巨摩郡上手村)
今按 宇波刀は上處の義にて 上處の地名ある處は必ず近傍に卑下の地あり これに對して呼ぴしものなり 今 上手村は藤井平とて八千石許の田圃平坦の耕地にて岡の上にあり 上手は即 字波刀なれば 是亦 證とすべし
一說に圓野村 諏訪明神 宮原村 八幡宮をも本社なりと云へど 何れも後に宇波刀神社と唱ひ出せしものと云へば從ひがたし
【原文参照】

教部省 編『特選神名牒』,磯部甲陽堂,1925. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1919019
宇波刀神社(北杜市明野町上手)に「拝 (hai)」(90度のお辞儀)

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