表門神社(うはとじんじゃ)は 『式内社調査報告』には 雄略天皇十三年の創立とあり 延喜式内社 甲斐國八代郡 表門神社(うは〔へ〕との かみのやしろ)の論社となっています 社殿の後方には 祭神に関わる高貴婦人を葬する古墳があり 本殿はこの丘の上に祀られています

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目次
1.ご紹介(Introduction)
この神社の正式名称や呼ばれ方 現在の住所と地図 祀られている神様や神社の歴史について ご紹介します
【神社名(Shrine name)】
表門神社(Uhato shrine)
【通称名(Common name)】
表門さん(うはとさん)
【鎮座地 (Location) 】
山梨県甲府市白井町1
〈旧住所〉山梨県東八代郡中道町白井1
【地 図 (Google Map)】
【御祭神 (God's name to pray)】
《主》木花開耶姫命(このはなさくやひめのみこと)
建御名方命(たけみなかたのみこと)
【御神徳 (God's great power)】(ご利益)
【格 式 (Rules of dignity) 】
・『延喜式神名帳(engishiki jimmeicho )927 AD.』所載社
【創 建 (Beginning of history)】
表門神社(旧指定村社) ■由緒沿革:
式内社なり。雄略天皇乙酉年 甲斐国造 岩戸の地に勧請。
社後方には、御祭神に関はる高貴婦人を葬する一丘あり。貞観六年富士山焼崩の砌、諸祈願奉幣あり。永暦二丁亥年現地に社殿造営ありて、岩戸より八乙女権現、古諏訪の地より土神の諏訪明神を遷祀する。
中世までは西郡今諏訪村御社まで御幸あり。又社地の傍らに同村、長泉寺開基の守り本尊である十一面観音を安置したといふ記録もあり。
山梨県神社庁HPより
https://www.yamanashi-jinjacho.or.jp/intro/search/detail/3096
【由 緒 (History)】
『甲斐国式内社並国史現在社考』〈大正8年〉に記される内容
【抜粋意訳】
表門神社 村社
東八代郡白井河原村字宮腰 鎭座
祭神 建御名方命 木花開耶姫命
社記云。表門神社也。御朱印社領二石八斗餘。
國志所載 八乙女權現にして十一面観音を祀れり。
【原文参照】

赤岡重樹 著『甲斐国式内社並国史現在社考』,赤岡書店,大正8. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/958555
『甲斐国志』下〈明治44年〉に記される内容
【抜粋意訳】
〔八乙女權現〕白井河原村
御朱印〔万力筋板垣村紫宮領と一紙なり〕社領 貮石八斗餘 社地若干、
社記曰く 表門神社也。祠後に藐焉(ばくえん)たる一丘有り 其頂上の石室 深三間餘 高五尺 廣四尺 硯材の如き板石を重ねて三方に壘(塁)し 巨石を蓋とし土を以て之を埋む 塁石 甚(はなは)だ奇にして 其 巧緻(こうち)他の石室の比方すべきなし 是亦(これまた)上世 高貴の婦人を葬りし所なるべけれども今得て知るべからず
又 本村 長泉寺の流記(るき)に 開基 白林了明居士は何國何人なるを知らず 只 高官の人と云い傳ふ 應仁元年正月十七日に逝す
八乙女権現と祀る本尊 十一面観音は了明居士の守り本尊にて 古は權現社地の傍らに一堂を營め安置せしを 天文十一年 今の地に遷すと云へども附會の説なるべし 墳墓の様子 應仁頃の制に非ず 又 男子にして乙女と稱すべからず 其 守本尊と云へるは本地佛を誤傳へしならん〇〔諏訪明神〕
則ち上下両社也 古諏方と云う所より八乙女社中に移す 是 本村の土神なるべし 昔は毎年七月廿一日 西郡今諏方村へ神幸あり 一宿して翌日還御す 往返とも中郡成島 村八幡宮 林中にて昼休みす 中頃より此の神幸は止みたれども 今に至り 成島村にては八幡林中へ假屋を建つ 此にては村北諏方の社中へ神幸し 神主宅に一宿して翌日 還幸し舊儀を存す 神主 宮川大隅口拾五〔男八女七〕
【原文参照】

松平定能 著『甲斐国志』下,甲陽図書刊行会,明44,45. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/764917
【神社の境内 (Precincts of the shrine)】
【神社の境外 (Outside the shrine grounds)】
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【この神社の予備知識(Preliminary knowledge of this shrine)】
この神社は 大和朝廷による編纂書〈六国史・延喜式など〉に記載があり 由緒(格式ある歴史)を持っています
〇『風土記(ふどき)』和銅6年(713)
『続日本紀』和銅6年(713)5月甲子の条が 風土記編纂の官命であると見られ 記すべき内容として下記の五つが挙げられています
『風土記(ふどき)』和銅6年(713)の特徴について
1.国郡郷の名(好字を用いて)
2.産物
3.土地の肥沃の状態
4.地名の起源
5.古老の伝え〈伝えられている旧聞異事〉
現存するものは全て写本です
『出雲国風土記』がほぼ完本
『播磨国風土記』、『肥前国風土記』、『常陸国風土記』、『豊後国風土記』が一部欠損した状態
〇『六国史(りっこくし)』
奈良・平安時代に編纂された官撰(かんせん)の6種の国史の総称
・『日本書紀』養老4年(720)完成
・『續日本紀』延暦16年(797)完成
・『日本後紀』承和7年(840)完成
・『續日本後紀』貞観11年(869)完成
・『日本文徳天皇実録』元慶3年(879)完成
・『日本三代實録』延喜元年(901)完成
〇『延喜式(えんぎしき)』延長5年(927)完成
平安時代中期に編纂された格式(律令の施行細則)全50巻 約3300条からなる
『延喜式神名帳(Engishiki Jimmeicho)』(927年12月編纂)に所載〈This record was completed in December 927 AD.〉
『延喜式(Engishiki)律令の施行細則 全50巻』〈平安時代中期 朝廷編纂〉
その中でも巻9・10を『延喜式神名帳(Engishiki Jimmeicho)』といい 当時〈927年12月編纂〉「官社」に指定された全国の神社(式内社)の一覧となっています
・「官社(式内社)」名称「2861社」
・「鎮座する天神地祇」数「3132座」
[旧 行政区分](Old administrative district)
(神様の鎮座数)東海道 731座…大52(うち預月次新嘗19)・小679[旧 国 名 ](old county name)
(神様の鎮座数)甲斐國 20座(大1座・小19座)
[旧 郡 名 ](old region name)
(神様の鎮座数)八代郡 6座(大1座・小5座)
[名神大 大 小] 式内小社
[旧 神社 名称 ] 表門神社
[ふ り が な ](うは〔へ〕との かみのやしろ)
[Old Shrine name](Uhato no kaminoyashiro)
【原文参照】

国立公文書館デジタルアーカイブス 延喜式 刊本(跋刊)[旧蔵者]紅葉山文庫https://www.digital.archives.go.jp/DAS/meta/listPhoto?LANG=default&BID=F1000000000000004146&ID=M2014101719562090086&TYPE=&NO=画像利用
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【オタッキーポイント】(This is the point that Otaku conveys.)
あなたが この神社に興味が湧くような予備知識をオタク視点でご紹介します
式内社(うはとの かみのやしろ)の類社について
『延喜式神名帳』(927年12月編纂)に所載「宇波刀神社(うはとの かみのやしろ)」は 甲斐國巨麻郡と美美濃國安八郡の二箇所に記されています
又 甲斐國八代郡 表門神社(うは〔へ〕との かみのやしろ)と云います
延喜式内社 甲斐國巨麻郡 宇波刀神社(うはとの かみのやしろ)の論社
・宇波刀神社(北杜市明野町上手)
・宇波刀神社(甲府市宮原町)
・宇波刀神社(韮崎市円野町)
・御崎神社(甲府市美咲)〈参考論社〉
延喜式内社 美濃國安八郡 宇波刀神社(うはとの かみのやしろ)の論社
・宇波刀神社(安八郡神戸町神戸)
・宇波刀神社(安八郡安八町森部)
延喜式内社 甲斐國八代郡 表門神社(うは〔へ〕との かみのやしろ)の論社
・表門神社(市川三郷町上野)
・熊野神社〈五社神社〉(甲府市右左口町)
・表門神社(甲府市白井町)
・正一位浅間神社(市川三郷町宮原御領土)
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【神社にお詣り】(Here's a look at the shrine visit from now on)
この神社にご参拝した時の様子をご紹介します
JR身延線 小井川駅から東へ約10km 車での所要時間は18~20分程度
中央高速の境川 パーキングエリア (上り)の北側300メートル程の所に鎮守の杜に囲まれて古墳があり 古墳の上に本殿が祀られていて 古墳の麓に北北西方向を向いて拝殿が建てられています
表門神社(甲府市白井町)に参着

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社頭は北西を向いています
鳥居の扁額には「乙女宮」とあります
これは『山梨県神社誌』によれば 永暦二年(1505)社殿を造営し 岩戸より八乙女権現を 古諏訪より土神・諏訪明神を遷祀したと伝えています
又『甲斐國志』には「八乙女権現 白井河原村 社記曰く表門神社也 祠後に藐焉(ばくえん)たる一丘有り」と伝えています

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鳥居の右脇には「古き塚うしろにおきて表門さん」と刻まれた石碑があります

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鳥居をくぐり抜けて 参道を進むと石燈籠の左手に手水舎 拝殿は北北西方向を向いて建てられています

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拝殿にすすみます

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賽銭をおさめ お祈りをします
ご神威に添い給うよう願いながら礼 鎮まる御祭神に届かんと かん高い柏手を打ち 両手を合わせ祈ります

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拝殿の中を覗くと 拝殿の後ろに石段が見えます

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拝殿を廻り込んでみると 後ろに古墳があり 古墳の麓には金碧神と刻字された石

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さらに廻り込むと 朱色の鳥居があり 石祠が祀られています
鳥居の扁額には「正一位 冠稲荷大神」とあります

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古墳の中央 拝殿の真後ろには 石段があり その上には本殿が祀られています

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社殿に一礼をして 境内を戻ります

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【神社の伝承】(I will explain the lore of this shrine.)
この神社にかかわる故事や記載されている文献などをご紹介します
『神社覈録(Jinja Kakuroku)〈明治3年(1870年)〉』に記される伝承
式内社 表門神社について 所在は゛市川郷上野村に在す、今 御崎明神と称す、゛〈現 表門神社(市川三郷町上野)〉と記しています
【抜粋意訳】
表門神社
表門は宇波刀と訓べし、和名鈔、〔郷名部〕山梨西郡表門、
○祭神 倉稻魂命、〔名勝志、参考、〕
○市川郷上野村に在す、今 御崎明神と称す、〔同上〕
例祭 三月三日、十一月酉日、
○當國巨麻郡 宇波刀神社あり
社領
當代御朱印高 四十一石余
【原文参照】

鈴鹿連胤 撰 ほか『神社覈録』下編 ,皇典研究所,1902. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/991015
『神祇志料(Jingishiryo)』〈明治9年(1876)出版〉に記される内容
式内社 表門神社について 所在は゛今 市川郷上野村にあり、御崎明神といふ、゛〈現 表門神社(市川三郷町上野)〉と記しています
【抜粋意訳】
表門(ウハトノ)神社、
今 市川郷上野村にあり、御崎明神といふ、
凡 三月三日、六月丗日、七月十五日、十月上酉日祭を行ふ、〔甲斐名勝志、山梨縣取調書〕
【原文参照】

栗田寛 著『神祇志料』第12−14巻,温故堂,明9-20. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/815496
『特選神名牒(Tokusen Shimmyo cho)〈明治9年(1876)完成〉』に記される伝承
式内社 表門神社について 所在は゛上野村〔字町谷小路〕(西八代郡上野村大字上野)゛〈現 表門神社(市川三郷町上野)〉と記しています
別説として
゛白井河原村 八乙女社奇石を以て積たる岩戶の内に鎭座す゛〈現 表門神社(甲府市白井町)〉
゛山梨郡春日井村の内 桑戶組の石塚明神゛
【抜粋意訳】
表門神社 稱 御崎明神
祭神
祭日 三月三日 十一月酉日
社格 郷社所在 上野村〔字町谷小路〕(西八代郡上野村大字上野)
今按 此地 往古は上戸村と號 市川大門村 上下大烏居村等あり て此社を市川明神とも 俗に市川文珠とも云り 上野村は一層高燥の地にて 一つの岡を成したる處なれば 往古 湖なりし卑濕の地に對して 上野とは云るなるべく 表門も上處(ウハト)の義にて上野と異なる意なしと云り されば表門神社 此地なるべし
一說に
白井河原村 八乙女社奇石を以て積たる岩戶の内に鎭座す此處をウハドと唱へて式内 表門神社と云へど疑はし
山梨郡春日井村の内 桑戶組の石塚明神 明和七年の棟札に奉造營 宇波戶神社 石塚桑戶大明神 御寶殿とあれど和名鈔 山梨郡に表門 郷名あるよりこの時 始て式内と唱へ出たるものと聞ゆ 此村もと賀茂村 賀茂明神の産子なりしを 三四年來 本社を産土神と崇むれど神社もいと小社にて 舊來 石塚明神と稱したりと云へば 式社にはあるべからず
【原文参照】

教部省 編『特選神名牒』,磯部甲陽堂,1925. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1919019

教部省 編『特選神名牒』,磯部甲陽堂,1925. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1919019
表門神社(甲府市白井町)に「拝 (hai)」(90度のお辞儀)

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