大祭天石門彦神社(浜田市相生町)〈『延喜式』大祭天石門彦神社〉・石見國三之宮

大祭天石門彦神社(おおまつりあめのいわとひこじんじゃ)は 石見の国三で 創立年代不詳ですが 第十五代 応神天皇の朝 阿波忌部族が石見の山守部となった時に勧請と伝えられている延喜式内社 石見國 那賀郡 大祭天石門彦神社(おほまつり あめ いはかとひこの かみのやしろ)です

目次

1.ご紹介(Introduction)

 この神社の正式名称や呼ばれ方 現在の住所と地図 祀られている神様や神社の歴史について ご紹介します

【神社名(Shrine name

大祭天石門彦神社(Omatsuri amenoiwatohiko shrine

通称名(Common name)

・三宮神社(さんくうじんじゃ)

【鎮座地 (Location) 

島根県浜田市相生町1571

  (Google Map)

【御祭神 (God's name to pray)】

《主》天石門別命(あめのいわとわけのみこと)

《配》建御名方命(たけみなかたのみこと)

【御神徳 (God's great power)】(ご利益)

家内安全・厄除け・交通安全・病気平癒・諸願成就

【格  (Rules of dignity) 

・『延喜式神名帳engishiki jimmeicho 927 AD.所載社

・ 石見國三之宮

【創  (Beginning of history)】

石見の国三宮

 大祭天石門彦神社

御鎮座御由緒

大祭天石門彦神社 通称 三宮神社

御主祭神 手力男命
配祀 神 建御名方命

石見の国三宮にして創立年代不詳なるも 阿波忌部族が第十五代応神天皇の朝 石見の山守部となった時に勧請と伝えられ 延喜式内社である 建御名方命は仁明天皇の承和二年十二月信濃国 諏訪神社より勧請 後鳥羽天皇 文治年間に正一位 三宮大明神の称を許されている。武将の祈願信仰もあり 朱雀天皇の朝 右近衛少将小野好古西下し藤原純友の乱を平定に際し 祈請奉幣の事あり  毛利吉川の祈請奉幣あり 社領も三十六石三斗六升があり 古来より信仰の篤い神社である明治六年五月県社に定められ 三の宮として国司の巡拝の信仰から 庶民信仰が生まれたのは鎌倉時代の十二、三世紀の出来ごとである。現在島根県神社庁より特別神社に定められたいる。

石見の三宮

三宮で知られている浜田市黒川の大祭天石門彦神社は あめのいわと主祭神手力男命、配祀神 建御名方命 二神を祭祀する社で浜田川の河畔三つ子山の麓にある
神社でこの山には高さ四間幅六間余りの大きな岩石があって、本殿はその前に建っている。

又本殿の西側には烏帽子岩がある。
昭和六十二年七月吉日

石見の国三宮

 大祭天石門彦神社

主祭日
例大祭  月 十九日
新嘗祭 十一月二十六日
贄狩祭  月二十五日
祈年祭  月二十六日

特殊神事

贄狩祭 往古十二月一日から翌年一月二十五日迄山狩をなし 獲物の鹿を供え村内を始め近郷四十ヶ村の平隠繁栄を祈願した。ちなみに鹿足郡は鹿の足を供え 美濃郡は「みの」を献した慣習から その地名が生じたと伝えられている。
その後 氏子十ヶ村及び原井、浅井、長沢、両黒川、後野、小笹、伊木、七条、 細谷、旧浜田以東の区域で御狩を行っていたと伝えられている。
現在は一月二十五日を祭日とし、さざえの酢物、くわ形餅、あお木の箸、かづらの輪にしたもの 神饌に合わせ猪の肉を供えて祭典を行い祝詞の次に万才楽を奏上する慣習がある。
昭和六十二年七月吉日

拝殿の案内板より

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【由  (History)】

由緒・特殊神事

 石見国三宮であり、延喜式内社である。創立年代は不詳であるが第15代応神天皇の御世と伝えられている。特殊神事として贄狩祭があり、12月から1月までに狩猟で獲った鹿の肉を供えて地域の平穏弥栄を祈願した。
島根県神社庁HPより
https://www.shimane-jinjacho.or.jp/hamada/5a1d6d63cb21f7a47e630ebcf8312e9cf7de0580.html

『明治神社誌料(Meiji Jinja shiryo)〈明治45年(1912)〉』に記される伝承

【抜粋意訳】

島根驗 那賀 縣社

島根縣 石見國 那賀郡石見村大字黒川

縣社 大祭天石門彦(オホマツリ アメノ イハトヒコノ神社

祭神 天石門別(アメノ イハトワケ
   建御名方(タケミナカタノ)

創立由緒並に詳ならず、
神社覈録に「祭神明か也、又云 建御名方命云々當園三宮也」
 式内神社在所考に「祭神は天石門別命にて、手力男神と同神なり、此所に祀られ給ふは、大麻山神社と共に、穀麻に由緒ありてなり、在所は黒川村にて、世に三宮といふなり、」

 神祇志料に「按 延喜式阿波國 比古(オホマビコ)神社、天石門別比賣(アメノイハトワケヤクラヒメ)神社,天石門別豊玉比賣(トヨタマヒメ)神社あり、安藝園 天神、天磐門別神あり、當國に大麻山神社あり、天石門神社あり、天石門疑らくは天石門別同神乎、姑く附けて考に備ふ」

 一書に「今按に、明細帳に天石門別命とあり、注進文に藤井宗雄云、大祭は詳ならす、若くは往昔 祭禮の最重なりし故に、オホマツり と唱へしが、地名の如くなりし故に冠らせたるにや、是は穀麻のことによて、大麻山神社を祀り、其縁にて當社を祀り給へるなり、此兩者のび祀られし例は、近く安藝國 大麻天神あり、天磐門別神あり、式内にはあらざれと共に三代實録に出でたり云々といへる、従ふべし、

八重葎に、社記に曰く石門とは、健南方命の別名なり云々とあるはいか、こは相殿にや、宗雄が説に、相殿の健御名方命は、諏訪神なるが、是は頭注抄に依、且以前 當社を、大己貴命と誤りたることあり、其時 大己貴命を、日吉権現とも、諏訪明神とも申奉るとありて、別名にあらざるよしいへり、もさあんか」と云へり。

明治六年五月、縣社に列し同七年六月兼ねて郷社に定められしが年七月兼郷を廃せらる合祭の建御名方命は、仁明天皇 承和二乙卯年十二二十五日、信濃國諏訪神社より移されたるなりとぞ。 

殿は本殿拜殿、廊下して境内坪八十二坪 (官有地第一)を有せり、其後明治二十八年内務省指令第百七十六號を以て上地林反別四反一畝二十六境内に編入せらる

境内神社  稻荷神社 猿田彦神社 若宮八幡宮

【原文参照】

明治神社誌料編纂所 編『明治神社誌料 : 府県郷社』中,明治神社誌料編纂所,明治45. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1088278

明治神社誌料編纂所 編『明治神社誌料 : 府県郷社』中,明治神社誌料編纂所,明治45. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1088278

神社の境内 (Precincts of the shrine)】

〈境内社〉足王神社《主》猿田彦命

神社の境外 (Outside the shrine grounds)】

・稲荷神社《主》倉稲魂命
・神明宮《主》天照皇大神
・高佐神社《主》大元神,地主大神,大物主神

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この神社の予備知識(Preliminary knowledge of this shrine)

この神社は 大和朝廷による編纂書〈六国史・延喜式など〉に記載があり 由緒(格式ある歴史)を持っています

〇『風土記(ふどき)』和銅6年(713)
 『続日本紀』和銅6年(713)5月甲子の条が 風土記編纂の官命であると見られ 記すべき内容として下記の五つが挙げられています

『風土記(ふどき)』和銅6年(713)の特徴について
1.国郡郷の名(好字を用いて)
2.産物
3.土地の肥沃の状態
4.地名の起源
5.古老の伝え〈伝えられている旧聞異事〉

現存するものは全て写本です
『出雲国風土記』がほぼ完本
『播磨国風土記』、『肥前国風土記』、『常陸国風土記』、『豊後国風土記』が一部欠損した状態

〇『六国史(りっこくし)』
  奈良・平安時代に編纂された官撰(かんせん)の6種の国史の総称

・『日本書紀』養老4年(720)完成
『續日本紀』延暦16年(797)完成
『日本後紀』承和7年(840)完成
『續日本後紀』貞観11年(869)完成
『日本文徳天皇実録』元慶3年(879)完成
『日本三代實録』延喜元年(901)完成

〇『延喜式(えんぎしき)』延長5年(927)完成
  平安時代中期に編纂された格式(律令の施行細則)全50巻 約3300条からなる

『延喜式神名帳(Engishiki Jimmeicho)』(927年12月編纂)に所載〈This record was completed in December 927 AD.〉

延喜式Engishiki)律令の施行細則 全50巻』〈平安時代中期 朝廷編纂
その中でも910を『延喜式神名帳Engishiki Jimmeicho)といい 当時927年12月編纂「官社」に指定された全国の神社式内社の一覧となっています

「官社(式内社)」名称「2861
・「鎮座する天神地祇」数「3132座」

[旧 行政区分](Old administrative district)
(神様の鎮座数)山陰道 560座…大37(うち預月次新嘗1)・小523

[旧 国 名 ](old county name)
(神様の鎮座数)石見國 34座(並小)

[旧 郡 名 ](old region name)
(神様の鎮座数)那賀郡 11座(並小)

[名神大 大 小] 式内小社

[旧 神社 名称 ] 大祭天石門彦神社
[ふ り が な ](おほまつり あめいはかとひこの かみのやしろ)
[Old Shrine name]Ohomatsuri ameno ihakatohiko no kaminoyashiro

【原文参照】

国立公文書館デジタルアーカイブス 延喜式 刊本(跋刊)[旧蔵者]紅葉山文庫https://www.digital.archives.go.jp/DAS/meta/listPhoto?LANG=default&BID=F1000000000000004146&ID=M2014101719562090086&TYPE=&NO=画像利用

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【オタッキーポイント】This is the point that Otaku conveys.

あなたが この神社に興味が湧くような予備知識をオタク視点でご紹介します

『延喜式神名帳』(927年12月編纂)に所載される「(いはとわけのかみ)」の呼称を持つ神社について

『延喜式神名帳』(927年12月編纂)にいはとわけのかみ」の呼称を持つ延喜式内社は 12ヶ所あります

延喜式内社 山城國 葛野郡 天津石門別稚姫神社〔名神大 月次 新嘗〕
延喜式内社 大和國 高市郡 天津石門別神社
延喜式内社 攝津國 嶋下郡 天石門別神社
延喜式内社 近江國 伊香郡 天岩門別命神社
延喜式内社 陸奥国 白河郡 伊波止和氣神社
延喜式内社 石見國 那賀郡 大祭天石門彦神社
延喜式内社 美作國 英多郡 天石門別神社
延喜式内社 備前國 御野郡 石門別神社
⑩延喜式内社 阿波國 名方郡 天石門別八倉比賣神社〔大 月次 新嘗〕
延喜式内社 阿波國 名方郡 天石門別豊玉比賣神社
延喜式内社 土佐國 吾川郡 天石門別安國玉主天神社

各々の論社について

①延喜式内社 山城國 葛野郡 天津石門別稚姫神社〔名神大 月次 新嘗〕(あまつ いはとわけ わかひめの かみのやしろ)の論社について

・廃絶につき 所在不明ともされます〔式内調査報告〕

・嚴島神社(京都市北区雲ケ畑中畑町)

・岩戸落葉神社(京都市北区小野岩戸)

②延喜式内社 大和國 高市郡 天津石門別神社(あまつ いはとわけの かみのやしろ)の論社について

・天津石門別神社(高市郡高取町越智)

・天太玉命神社(橿原市忌部町)
〈境内社〉杵築神社 又は天太玉命神社に合祀

③延喜式内社 攝津國 嶋下郡 天石門別神社(あまの いはとはけの かみのやしろ)の論社について

・天石門別神社(茨木市元町)

④延喜式内社 近江國 伊香郡 天石門別命神社(あめ いはかとわけのみことの かみのやしろ)の論社について

・森本神社(長浜市高月町森本)

⑤延喜式内社 陸奥国 白河郡 伊波止和氣神社(いはとわけの かみのやしろ)の論社について

・伊波止和氣神社(古殿町田口戸神)

・白河神社(白河市旗宿関ノ森)

・磐戸別神社(白河市関辺丸沢)
〈旧鎮座地とも云う〉

・都都古和氣神社(馬場)の奥宮 都々古別神社(表郷三森 都々古山)
《三鎮座の鼎(かなえ)〈三本足の青銅器・土器〉のように・白河神社(白河市旗宿関ノ森)・磐戸別神社(白河市関辺丸沢)・都々古和氣神社(白河市表郷三森都々古山)〉の三社を以て 伊波止和氣神社とも云う》

《参考》・石都々古和気神社(石川町) 

⑥延喜式内社 石見國 那賀郡 大祭天石門彦神社(おほまつり あめの いはかとひこの かみのやしろ)の論社について

・大祭天石門彦神社(浜田市相生町)〈石見國三之宮〉

⑦延喜式内社 美作國 英多郡 天石門別神社(あめいはとわけの かみのやしろ)の論社について

・天石門別神社(美作市滝宮)〈美作國三之宮〉

延喜式内社 備前國 御野郡 石門別神社(いはとわけの かみのやしろ)の論社について

備前國 御野郡には式内社 石門別神社が二社あり 論社も二社あるが いつれの式内社 どちらの論社に当るのか確定判別はできていません

・石門別神社(岡山市北区大供表町)

・石門別神社(岡山市北区奥田南町)

延喜式内社 阿波國 名方郡 天石門別八倉比賣神社〔大 月次 新嘗〕(あまの いはとわけ やくらひめの かみのやしろ)の論社について

・天石門別八倉比賣神社(徳島市国府町)

・上一宮大粟神社(神山町)
〈一宮神社(徳島市)の元宮とされる〉

・一宮神社(徳島市)

延喜式内社 阿波國 名方郡 天石門別豊玉比賣神社(あまの いはとわけ とよたまひめの かみのやしろ)の論社について

雨降神社(徳島市不動西町)

・龍王祠〈廃社〉

徳島市の徳島中央公園(城山)〉にあった竜王祠は 徳島城の取り壊し時〈明治8年(1875)〉眉山麓にある国瑞彦神社に合祀

・竜王さんのクス(もと徳島城城山に鎮座した竜王祠〈廃社〉の付近)

・国瑞彦神社(徳島市伊賀町)

※式内社(阿波國名方郡 天石門別豊玉比賣神社)の論社二つ

①境内社゛龍王神社゛〈現在は 廃社 本殿に合祀されている〉
※国瑞彦神社の境内社゛龍王神社゛は 式内社 天石門別豊玉比賣神社の論社とされていた

②竜王宮(もと徳島城城山に鎮座していた竜王宮)〈国瑞彦神社に合祀されていた時期あり〉
※元は徳島城内に鎮座した゛龍王祠゛は 式内社 天石門別豊玉比賣神社の論社とされ 国瑞彦神社・忌部神社を経て 現在は 徳島城鎮護の社である春日神社の境内に遷座

・豊玉比賣神社(徳島市眉山町)〈春日神社 境内〉

竜王宮(もと徳島城城山に鎮座していた竜王宮)〈国瑞彦神社に合祀されていた時期あり〉
※元は徳島城内に鎮座した゛龍王祠゛は 式内社 天石門別豊玉比賣神社の論社とされ 国瑞彦神社・忌部神社を経て 現在は 徳島城鎮護の社である春日神社の境内に遷座

・天石門別八倉比賣神社(徳島市国府町)

⑫延喜式内社 土佐國 吾川郡 天石門別安國玉主天神社(あまの いはとわけの やすくにたまぬし あまつかみのやしろ)の論社について

・天石門別安國玉主天神社〈貴船神社〉(いの町神谷)

・天石門別安國玉主天神社(越知町黒瀬)

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【神社にお詣り】(Here's a look at the shrine visit from now on)

この神社にご参拝した時の様子をご紹介します

JR山陰本線 浜田駅から東へ約1.9km 車での所要時間は7~8分程度

山陰道 浜田三隅道路 相生ICから車ですぐ 毎週土曜日の夜は浜田の夜神楽週末公演の会場として使用されています

大祭天石門彦神社(浜田市相生町)に参着

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境内のすぐ右手〈北側〉には  浜田三隅道路相生ICです
境内の北側には〈境内社〉足王神社《主》猿田彦命が祀られています
社殿〈割拝殿〉には多くの草鞋が奉納されています

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拝殿にすすみます

賽銭をおさめ お祈りをします
ご神威に添い給うよう願いながら礼 鎮まる御祭神に届かんと かん高い柏手を打ち 両手を合わせ祈ります

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拝殿の奥には 幣殿 渡殿 本殿が続いています

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本殿です

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神社の伝承】(I will explain the lore of this shrine.)

この神社にかかわる故事や記載されている文献などをご紹介します

『神社覈録(Jinja Kakuroku)〈明治3年(1870年)〉』に記される伝承

式内社 大祭天石門彦神社について 所在は゛黒川村に在す、゛〈現 大祭天石門彦神社(浜田市相生町)〉と記しています

【抜粋意訳】

大祭天石門彦神社

大祭は於保末都里、天石門は阿米乃伊波止比古と調べし、

○祭神明か也、又云 建御名方命、〔社説〕

○黒川村に在す、〔神社帳〕例祭  日、

〇當國三宮也

【原文参照】

鈴鹿連胤 撰 ほか『神社覈録』下編 ,皇典研究所,1902. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/991015

『神祇志料(Jingishiryo)』〈明治9年(1876)出版〉に記される内容

式内社 大祭天石門彦神社について 所在は゛今 小石見郷黒河村に在り、゛〈現 大祭天石門彦神社(浜田市相生町)〉と記しています

【抜粋意訳】

大祭天石門彦(アメノイハトヒコノ)神社、

 小石見村に在り

 九月十九日 十二月朔、祭を行ふ、〔八重葎、神名帳打聞、神社明細帳、〕〔〇按 延喜式 阿波國 大麻比古神社、天石門別八倉比賣神社、天石門別豐玉比賣神社あり、安藝國 大麻天神、天磐門別神あり、當國に大麻山神社あり、天石門彦神社あり、天石門彦神 疑らくは天石門別同神乎、姑附て考に備ふ、

【原文参照】

栗田寛 著『神祇志料』第15−17巻,温故堂,明9-20. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/815497

『特選神名牒(Tokusen Shimmyo cho)〈明治9年(1876)完成〉』に記される伝承

式内社 大祭天石門彦神社について 所在は゛川村(那賀郡石見村大字黒川)゛〈現 大祭天石門彦神社(浜田市相生町)〉と記しています

【抜粋意訳】

大祭天石門彥神社  三宮

祭神 大祭天石門彥神

 今按 明細帳に天石門別命とあり 注進文に宗雄云 大祭は詳ならず 若は往昔 祭禮の厳重な におほまつりと唱へしが 遂に地名の如くなりし 故に冠らせたるに 是は穀麻の事によりて 大麻山神社祀り 其縁にて當社をられ給へる也 此 兩社の竝び祀られし例は 近く安藝國 大麻大神あ 式内にはあらざど 共に三代實錄に出たり云々 と説へるふべし  阿波國忌部 同村に天磐戸神社 又 名東郡に磐戸神社あり これら式門ならねども みな古なり 式内には天石門別八 天石門別王比などの神社なり 大麻比古神社は板野郡にもかの穀麻の事によりてび祀られしと見えたり 八重に社記曰く 石門彦とは健南方命之名な云々とあるはいかが こは相殿に宗が説に相殿建御名方命は諏訪神なるか 是は頭注に依り 且つ以前 當社を大巳貴命と誤りたる事あり 其時 大己貴命を日吉権現とも諏訪明神とも申奉るこありて 別名にあらざるよしへり 是もさあらんか

祭日 九月十九日
社格 縣社

所在 黒川村(那賀郡石見村大字黒川)

【原文参照】

教部省 編『特選神名牒』,磯部甲陽堂,1925. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1919019

大祭天石門彦神社(浜田市相生町) (hai)」(90度のお辞儀)

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對馬嶋(つしまのしま)の式内社とは 平安時代中期〈927年12月〉に朝廷により編纂された『延喜式神名帳』に所載されている 対馬〈対島〉の29座(大6座・小23座)の神社のことです 九州の式内社では最多の所載数になります 對馬嶋29座の式内社の論社として 現在 67神社が候補として挙げられています

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