山梨県

松尾神社(甲州市塩山小屋敷)〈『延喜式』松尾神社〉

松尾神社(まつおじんじゃ)は 社記によると 遠く景行天皇四十二年 山城国松尾大社より勧請し 現在地の東方四丁余りの地に創祀したと伝えられ 日本武尊(やまとたけるのみこと)が 武蔵へ向かう途中にここで休んだという褥塚(しとねつか)があります 延喜式内社 甲斐國 山梨郡 松尾神社(まつのをの かみのやしろ)とされます

中尾神社(笛吹市八代町米倉)〈『延喜式』中尾神社の論社〉

中尾神社(なかおじんじゃ)は 平成十三年(2001)の失火により社殿は全焼 現在は石の祠と祭壇のみが奉斎されます 『甲斐國志』には「飯田氏の聞書に曰く 昔は大社にて毎年西郡三輪ノ社へ神幸ありしが何れの頃からか廃して小祠となり・・・」とあり 延喜式内社 甲斐國 八代郡 中尾神社(なかをの かみのやしろ)の論社とされます

中尾神社(笛吹市一宮町中尾)〈『延喜式』中尾神社〉

中尾神社(なかおじんじゃ)は 第11代 垂仁天皇7年〈BC23〉正月の勧請と伝わる 延喜式内社 甲斐國 八代郡 中尾神社(なかをの かみのやしろ)で 天慶年中(938~947)には 藤原忠文が平将門征討の時 幣帛を奉ったと云う 旧号は゛飛永明神゛と呼ばれ 新羅三郎義光以来 武田氏代々に崇敬厚く社領が寄せられました

穴切大神社(甲府市宝)〈『延喜式』黒戸奈神社の論社〉

穴切大神社(あなぎりだいじんじゃ)は 社伝に 和銅年間(708~715)当國が未だ湖水であった時 國司が朝廷に奏上し 大己貴命に祈願して鰍沢口を切開き 水を南海に注ぎ盆地一帯を良田とした 御神助に讃仰し神祠を此所に建て 当初は黒戸奈神社と称したが 崇号を朝に奏請して 穴切大明神を賜ったと伝わります

細草神社(甲府市平瀬町)〈『延喜式』黒戸奈神社の論社〉

細草神社(ほそくさじんじゃ)は 由緒は不祥ですが 社伝には゛この地は 皇師〈日本武尊〉の駐屯せし所なり゛と云い伝え 『甲斐国志』には 延喜式内社 甲斐國 山梨郡 黒戸奈神社(くろとなの かみのやしろ)としています 『甲斐国社記・寺記』に 大永三癸未年(1523)地頭駒井越後守本願 窪寺豊前守御崇敬し社殿を建立とあります

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