山梨県

中尾神社(笛吹市八代町米倉)〈『延喜式』中尾神社の論社〉

中尾神社(なかおじんじゃ)は 平成十三年(2001)の失火により社殿は全焼 現在は石の祠と祭壇のみが奉斎されます 『甲斐國志』には「飯田氏の聞書に曰く 昔は大社にて毎年西郡三輪ノ社へ神幸ありしが何れの頃からか廃して小祠となり・・・」とあり 延喜式内社 甲斐國 八代郡 中尾神社(なかをの かみのやしろ)の論社とされます

中尾神社(笛吹市一宮町中尾)〈『延喜式』中尾神社〉

中尾神社(なかおじんじゃ)は 第11代 垂仁天皇7年〈BC23〉正月の勧請と伝わる 延喜式内社 甲斐國 八代郡 中尾神社(なかをの かみのやしろ)で 天慶年中(938~947)には 藤原忠文が平将門征討の時 幣帛を奉ったと云う 旧号は゛飛永明神゛と呼ばれ 新羅三郎義光以来 武田氏代々に崇敬厚く社領が寄せられました

穴切大神社(甲府市宝)〈『延喜式』黒戸奈神社の論社〉

穴切大神社(あなぎりだいじんじゃ)は 社伝に 和銅年間(708~715)当國が未だ湖水であった時 國司が朝廷に奏上し 大己貴命に祈願して鰍沢口を切開き 水を南海に注ぎ盆地一帯を良田とした 御神助に讃仰し神祠を此所に建て 当初は黒戸奈神社と称したが 崇号を朝に奏請して 穴切大明神を賜ったと伝わります

細草神社(甲府市平瀬町)〈『延喜式』黒戸奈神社の論社〉

細草神社(ほそくさじんじゃ)は 由緒は不祥ですが 社伝には゛この地は 皇師〈日本武尊〉の駐屯せし所なり゛と云い伝え 『甲斐国志』には 延喜式内社 甲斐國 山梨郡 黒戸奈神社(くろとなの かみのやしろ)としています 『甲斐国社記・寺記』に 大永三癸未年(1523)地頭駒井越後守本願 窪寺豊前守御崇敬し社殿を建立とあります

黒戸奈神社(甲府市黒平町)〈『延喜式』黒戸奈神社〉

黒戸奈神社(くろとなじんじゃ)は 創建年代は不詳です 社記には 延喜式内社 甲斐國 山梨郡 黒戸奈神社(くろとなの かみのやしろ)であるとしています 金桜神社の末社百二十社の内であり 本殿内幣束に大山祇命 手置帆負命 彦狭知命 八耳皇子と共に鎮風神鎮火神と記し 文化二年(1805)とある と伝えています

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