東京都
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波布比咩命神社(大島 波浮港)〈『文徳實錄』波布比咩命神『延喜式』波布比賣命神社〉
波布比咩命神社(はぶひめのみことじんじゃ)は 「波浮ノ池」〈火山の火口に水を湛えたカルデラ湖で外海とは遮断されていた〉の畔に鎮座していました 元禄16年(1703)大津波によって外海と繋がり波浮湾となったと云う 『文徳實錄』波布比咩命神『延喜式』伊豆國 賀茂郡 波布比賣命神社(はふひめのみことの かみのやしろ)です
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波知加麻神社(伊豆大島 泉津木出場)〈『延喜式』波治神社〉
波知加麻神社(はちかまじんじゃ)は 延喜式内社 伊豆國 賀茂郡 波治神社(はちの かみのやしろ)です 祭神は 明治十八年祠宮 藤井重利より東京府知事宛『神社明細帳』に゛大廣祇命゛ 古老の口碑や『三宅記』〈一名『三嶋大明神緣起』〉に「三島大神の后 波布比賣命 王子二人坐す 一人を次郎の王子すくない所」゛波知命゛とします
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大宮神社(伊豆大島 野増)〈『延喜式』阿治古神社〉
大宮神社(おおみやじんじゃ)は 元々は三原山の近くに阿治古(あじこ)と呼ばれる古い地域に集落があり 阿治古神社が鎮座していた たびたびの噴火降灰により 室町時代 文正二年(1466)大宮の現在地に遷座され その際に天照皇大神が合祀されたと云う 延喜式内社 伊豆國 賀茂郡 阿治古神社(あちこの かみのやしろ)です
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阿伎留神社(あきる野市五日市)〈『日本三代實録』畔切神『延喜式』阿伎留神社〉
阿伎留神社(あきるじんじゃ)は 『日本三代實録』畔切神(あきるのかみ)『延喜式』には 武蔵國 多磨郡 阿伎留神社(あきる の かみのやしろ)と記された古社です 天慶3年(940)鎮守府将軍 藤原秀郷が平将門征討に際し戦勝を祈願 山城国の大原野明神(京春日)を勧請したと伝わり 鎌倉以降も武将の信仰が篤かった神社です
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将門神社(奥多摩町棚澤)&〈境内 式内論社〉穴澤天神社
将門神社(まさかどじんじゃ)は 日本武尊が東征の時 素戔嗚尊・大己貴命を祀った穴沢天神を創祀とし 延喜年中に鎮守府将軍 藤原利仁が八千戈命を祀り多名沢神社を起こし その後 平良門が亡父 平将門公の霊像を彫作して奉納 平将門が祀られて 平親王社と呼ばれた 穴沢天神社は 多名沢神社〈平親王社〉の奥の院となったと云う





