静岡県

野本神社〈大神宮〉(賀茂郡松崎町峰輪)〈延喜式内社論社〉

野本神社〈大神宮〉(のもとじんじゃ)は 元和二年(1616)の棟札に「大神宮大六天魔王野本村鎮守也」と記され 享保の初め(1716年~)の火災で小祠となったと伝わります 延喜式内社 伊豆国 那賀郡 箕勾神社(みのわの かみのやしろ)の論社でもあります

箕勾神社(賀茂郡松崎町峰輪)〈『伊豆国神階帳』従四位上 みのわの明神〉

箕勾神社(みのわじんじゃ)は 創建年代など不詳ですが 延喜式内社 伊豆国 那賀郡 箕勾神社(みのわの かみのやしろ)の論社とされる由緒を持つ頗る古社です かつては 天神の杜(もり)に鎮座する天神社と呼ばれたと伝わります 本殿は五扉で 中央に一扉〈天神〉 向って右に二扉〈日光・月光〉 向って左に二扉〈熊野権現〉を祀ります

人穴富士講遺跡〈人穴浅間神社(富士宮市人穴)〉

人穴富士講遺跡(ひとあなふじこういせき)は 人穴浅間神社(ひとあなせんげんじんじゃ)の境内にある遺跡です 約7000年前の富士山の噴火による溶岩で誕生した全長83mの溶岩洞穴で「浅間大菩薩(せんげんだいぼさつ)の御在所」と伝えられ 富士講の開祖 長谷川角行が 修行の末に入滅した人穴とされ 富士講信者の碑塔群〈約230基〉が残存しています

村山浅間神社(富士宮市村山)

村山浅間神社(むらやませんげんじんじゃ)は 富士山 村山登山道の起点となった場所で かつては 富士山興法寺(ふじさんこうほうじ)と呼ばれ 富士山信仰の修験者の修行の場でした 現在も境内には神仏習合の名残りとして浅間神社とともに冨士山興法寺大日堂が祀られています

須山浅間神社(裾野市須山)

須山浅間神社(すやませんげんじんじゃ)は 古くより「富士山」を御神体として仰ぎ 度重なる噴火とも関連して 山麓に浅間神社を祀り 岳神の霊を慰め奉ったのが始まりとされます 遅くても 大永4年(1524)には存在していたことが 現在残る棟札から確認されています

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