静岡県

阿治古神社(熱海市網代)〈『延喜式』阿治古神社〉

阿治古神社(あじこじんじゃ)は 延喜式内社 伊豆國 賀茂郡 阿治古神社(あちこの かみのやしろ)の噴火時の避難先とも遥拝所とも云われます 始め網代 朝日山に鎮座 元和元年(1615)字別所より現在地に還祀と云う 又 相殿の來宮は 初め下多賀村中野に鎮座し洪水で 網代村 日寄山に遷座 明治16年(1883)本社に合祀されました

神明宮(浜松市浜名区三ヶ日町只木)〈『延喜式』彌和山神社〉

神明宮(しんめいぐう)は 上古 浜名湖周辺に定着繁栄した三輪 (神・美和)氏族が奉斎し弥和山神社と称した 延喜式内社 遠江國 濱名郡 彌和山神社(みわやまの かみのやしろ)で 天慶三年(940)伊勢神宮神領 但木御薗の成立があり 旧来の祭神 大物主命の霊に代り 天照皇大神を奉斎した神明宮へと変化したと考えられています

子倉神社(磐田市笠梅)〈『延喜式』子倉神社〉

子倉神社(こくらじんじゃ)は 『遠江風土記傳』に「富田村 子安明神 天龍河洪水之時 田村流亡 大海村有 子倉明神者移是以齋彼所也」とあり 天竜川の洪水により子安神社(白鳥町富田)から この地に遷座したと記されています 延喜式内社 遠江國 長上郡 子倉神社(こくらの かみのやしろ)の論社です

子安神社(浜松市中央区白鳥町富田)〈『延喜式』子倉神社〉

子安神社(こやすじんじゃ)は 元々は天竜川左岸の集落(富田村字堤外中ノ町)に鎮座していましたが 昭和14年(1939)5月天龍川改修工事によって 堤防傍の現在地に遷座しています 延喜式内社 遠江國 長上郡 子倉神社(こくらの かみのやしろ)の論社です

稲荷神社(浜松市中央区飯田町)〈『延喜式』子倉神社・朝日波多加神社

稲荷神社(いなりじんじゃ)は 創建年代は不祥ですが 延暦二十年(801)に建てられたとも云い伝えられています 延喜式内社 遠江國 長上郡 子倉神社(こくらの かみのやしろ)であるとも 延喜式内社 遠江國 長上郡 朝日波多加神社(あさひはたかの かみのやしろ)であるとも云い 二つの式内社の論社となっています

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