その他の神社(Other old shrine)

村山浅間神社(富士宮市村山)

村山浅間神社(むらやませんげんじんじゃ)は 富士山 村山登山道の起点となった場所で かつては 富士山興法寺(ふじさんこうほうじ)と呼ばれ 富士山信仰の修験者の修行の場でした 現在も境内には神仏習合の名残りとして浅間神社とともに冨士山興法寺大日堂が祀られています

須山浅間神社(裾野市須山)

須山浅間神社(すやませんげんじんじゃ)は 古くより「富士山」を御神体として仰ぎ 度重なる噴火とも関連して 山麓に浅間神社を祀り 岳神の霊を慰め奉ったのが始まりとされます 遅くても 大永4年(1524)には存在していたことが 現在残る棟札から確認されています

富士山東口本宮・須走口登山道 冨士浅間神社〈須走浅間神社〉

富士山東口本宮 冨士浅間神社(ふじさんひがしぐちほんぐう ふじせんげんじんじゃ)は 富士山須走口(東口)登山道の起点となる〈須走浅間神社〉で 富士山 世界文化遺産 構成資産の一つです 大同2(807)年創建で 富士山噴火〈延暦21年(802)〉時の鎮火祭の斎場であった跡地(現在の社地)に祀られた東口(須走口)本宮として 古来より崇敬を集めます

意宇杜(松江市竹矢町)〈天平路(客の森)〉

意宇杜(おうのもり)は 『出雲國風土記733 AD.』の中でも著名な国引き神話の最後に登場する舞台です 八束水臣津野命(やつかみずおみつぬのみこと)が「今は国引きを終えた」と勅された時「意恵・おゑ」と云われ 国庁が在った意宇辺り 田の中にある小山に杖を衝き立てた その上には木が茂っているので「意宇のもり」と云うと記されます

三島神社(四国中央市三島宮川)〈旧市名(伊予三島市)〉

三島神社(みしまじんじゃ)は 社伝によれば 創建は 奈良時代初期 越智玉澄公(おちたまずみ こう)が 宇摩の大領に任じられ 上柏町御所に新館を建て住し 毎月 大山祇神社(今治市大三島町)に参詣していた 年老いて毎月の参詣が出来なくなり 養老4年(720)大山祇神社の神霊を〈現在地〉に勧請したのが始まりとします しかし境内には 二千年以上前の磐座(いわくら)〈古代祭祀の遺跡〉があります

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