名神大社〈延喜式内〉
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多家神社(安芸郡府中町宮の町)
多家神社(たけじんじゃ)は 延喜式に載る 安藝国 名神大社 多家神社(おほいえの かみのやしろ)の後継社です 中世になると社運が衰え 江戸時代には南氏子(松崎八幡宮 まつざきはちまんぐう)と北氏子(総社 そうじゃ)が 互いに多家神 埃宮を主張して論争対立が絶えず 明治六年(1873)松崎八幡宮と総社を合わせ現在の社地「誰曽廼森(たれそのもり)」に多家神社を復興したものです
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春日大社(奈良市春日野町)〈『延喜式』春日祭神四座〔並 名神大 月次 新嘗〕〉
春日大社(かすがたいしゃ)は 社記によると 神護景雲二年(768)・武甕槌命〈常陸国 鹿島神宮〉・経津主命〈下総国 香取神宮〉・天児屋根命〈河内国 枚岡神社〉・比売神〈河内国 枚岡神社〉を併せ 御蓋山(みかさやま)麓に四殿の社殿を造営し 四座が鎮座して 春日大社が創建されたと伝えています
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神津嶽本宮(東大阪市出雲井町)〈枚岡神社 創祀の地〉
神津嶽本宮(かみつだけほんぐう)は 枚岡神社 創祀の斎場であり 太古の聖地です 神武天皇の即位 三年前 勅命を奉じて天種子命が 天児屋根命・比売御神の二神を霊地・神津嶽に祀り創建されました その後 白雉元年(六五〇)神津嶽の霊地より現社地〈枚岡神社〉に社殿を造営〈中臣氏の平岡進等により〉奉遷しました
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枚岡神社(東大阪市出雲井町)〈河内國一之宮〉
枚岡神社(ひらおかじんじゃ)は 神武天皇の即位 三年前 勅命を奉じ・天児屋根命・比賣御神の二柱を霊地゛神津嶽゛に祀り創建されました 白雉元年(650)現在地に奉還 神護景雲二年(768)天児屋根命・比賣御神の二神が 春日大社に分祀され「元春日」と呼ばれた後・経津主命・武甕槌命の二柱が増祀され 現在の四殿となりました
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富士山頂上 浅間大社 奥宮 & 富士山頂上 久須志神社
富士山頂上 浅間大社 奥宮(ふじさんちょうじょう せんげんたいしゃ おくみや)は 元は富士山興法寺〈現 村山浅間神社〉の大日堂「表大日」・富士山頂上 久須志神社は(ふじさんちょうじょう くすしじんじゃ)は 元は須走浅間神社の薬師堂「裏薬師」でした どちらも明治の神仏分離令により仏像が取り除かれ 富士山浅間大社の奥宮として管理されることになりました
