岐阜県
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花長下神社(揖斐川町谷汲名礼)〈『延喜式』花長下神社〉
花長下神社(はなながしもじんじゃ)は 『延喜式神名帳(927年編纂)』美濃國大野郡に所載の式内社です 御祭神「赤衾伊農意保須美比古佐和氣能命」は『出雲国風土記』に登場する神とされ 同地区には 御祭神が夫婦神同士 祭礼が交互に行われるなど密接な関連の式内社 花長上神社も坐まします
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村国神社(各務原市)
村国神社(むらくにじんじゃ)は 社伝によれば 飛鳥時代(592~710年)この地一帯を治めていた村国氏の祖が天之火明命(ameno hoakari no mikoto)と御子 石凝姥命(ishikoridome no mikoto)を御祭神として創建したと伝えます その後「壬申の乱(jinshin no ran)」(672)で勲功のあった村國連男依が 祭神としてこの神社に祀られました
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村国神社 御旅所(各務原市)
村国神社 御旅所(むらくにじんじゃ おたびところ)は 『延喜式神名帳 AD.927』に 美濃国各務郡 村國神社 二座とあり 一座は 村国神社 もうひとつ一座が 村國連男依命の墳墓の地 と云われており 現在の御旅所になります
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村国真墨田神社(各務原市鵜沼山崎町)
村国真墨田神社(むらくにますみたじんじゃ)は 社名の由来について 南宮 真墨田 村国の組合せで 美濃の南宮神社の系列で 尾張の真清田神社と同系 村国は天武元年(672)壬申の乱で功績をあげた村国氏の祖 村国男依を祀ることで付けられた 延喜式内社 美濃国 各務郡 村国真墨田神社(むらくにますみたの かみのやしろ)です
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日子坐命御陵墓(伊波乃西神社 旧鎮座地)
日子坐命御陵墓(ひこいますのみことごりょうぼ)は 第9代「開化天皇」の第三皇子「日子坐王(hikoimasu no kimi)」の王陵として 宮内省より 明治8年(1875)に「日子坐王陵」と認定されました その為 この地に鎮座していた「伊波乃西神社」は 現在の鎮座地である 清水山の麓に遷宮しました この地は 伊波乃西神社の旧鎮座地となります
