岐阜県

恵那神社 前宮本社(中津川市中津川字正ケ根)〈『延喜式』惠奈神社〉

恵那神社(えなじんじゃ)は 恵那山伝説では「伊邪那伎神・伊邪那美神の夫婦神が神坂峠を越え美濃の地に入られ 天照大神を産んだ際 胞衣(えな 胎児を包んだ膜と胎盤)を納めたので恵那山〔胞衣山・胞山〕と云う」その山頂に奥宮本社・麓に前宮本社が鎮座しています 延喜式内社 美濃國惠奈郡 惠奈神社(えなの かみのやしろ)です

荒神社(高山市江名子町)〈『三代實録』荏ノ神『延喜式』荏名神社〉

荒神社(あらがみしゃ/こうじんじゃ)は 古昔は女人禁制 境内樹木の枝葉を採ることも禁じたと伝わり 「荒神講社」を持ち飛騨一円に多くの熱心な信仰がいる「荒神さまの甘酒祭り」は世に知られ 五穀・養蚕・殖産興業に霊験あり 『三代實録』貞觀九年(八六七)荏ノ神・『延喜式』飛騨國大野郡 荏名神社(えなの かみのやしろ)と云う

荏名神社(高山市江名子町)〈『三代實録』荏ノ神『延喜式』荏名神社〉

荏名神社(えなじんじゃ)は 「稻置森」と呼ばれた森に小祠があり 文化十四年(1817)国学者の田中大秀翁が考証し 式内社として再建したものです 『三代實録』貞觀九年(八六七)荏ノ神・『延喜式』飛騨國大野郡 荏名神社(えなの かみのやしろ)の論社です

伊奈波神社(岐阜市伊奈波通)〈『延喜式』物部神社〉

伊奈波神社(いなばじんじゃ)は 社伝に 景行天皇14年 五十瓊敷入彦命の偉徳を偲び武内宿禰により 椿原の地(丸山〈伊奈波神社 旧蹟〉)に鎮斎したのが始まりと云う 天文8年(1539)斎藤道三による稲葉山城の築城により 丸山から現在地へ遷座 合殿には『延喜式』美濃国厚見郡 物部神社(もののへの かみのやしろ)が祀られます

丸山神社〈伊奈波神社 旧蹟〉(岐阜市赤ケ洞)〈『延喜式』物部神社〉

丸山神社(まるやまじんじゃ〈伊奈波神社 旧蹟〉)は 稲葉山の一角にある丸山の山頂に鎮座する伊奈波神社の旧鎮座地です 天文8年(1539年)斎藤道三による稲葉山城の築城により 丸山から現在の場所へ遷されたと伝わります 現在も石基と六尺周囲一丈余りの烏帽子岩が存在し「伊奈波神社旧蹟」の標号もあります

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