延喜式神名帳

安房神社(館山市大神宮)〈延喜式内社 名神大社・安房国一之宮〉

安房神社(あわじんじゃ)は 日本神話「天の岩戸」では 天太玉命〈忌部氏の氏神〉が 天照大御神の出現を願い 祭祀を執り行いました 故に 古代の大和朝廷では 忌部氏が・祭祀に必要な鏡や玉・神に捧げる幣帛や織物・威儀物の矛や楯など武具・社殿の造営などを司っていました  日本における全ての産業の総祖神としても崇敬されています

天石門別八倉比賣神社(徳島市国府町)〈阿波国一之宮〉

天石門別八倉比賣神社(あまのいわとわけやくらひめじんじゃ)は 杉尾山(標高120m)の上に鎮座し 杉尾大明神と呼称されていました 明治3年(1870)に現号に改称していますが 地元では今でも「杉尾さん」と呼ばれて親しまれています 阿波一之宮とされる式内社「天石門別八倉比賣神社(大 月次 新嘗)」の論社でもあります

天神神社(羽咋郡志賀町穴口)

天神神社(てんじんじんじゃ)は 口碑によると 鎮座する穴口村は 穴持村といわれ 本神社は 大穴持像石神社であるとも伝えられています 故に『延喜式神名帳』(927年12月編纂)所載の論社でもあります

八千鉾神社(羽咋郡志賀町)

八千鉾神社(やちほこじんじゃ)は 「町八千鉾神社古墳」〈円墳 径6m、横穴式石室の天井石露出〉の上に鎮座しています 『延喜式神名帳』(927年12月編纂)に所載の論社でもあり 大穴持像石神社とも称せられたといいますが 明治の初期に至り 八千鉾神社と改称された伝わります

身代神社(羽咋郡志賀町)〈大穴持美代神社〉

身代神社(みしろじんじゃ)は 『延喜式神名帳』(927年12月編纂)に所載「能登国(ノトノクニ)羽咋郡(ハクイノコオリ)」の条にある2つの式内社「大穴持像石神社」と「久麻加夫都阿良加志比古神社」の論社でもあります 社伝よれば「出雲国より舟に乗りて 当村に着かれた大真石が 御神体として仰がれている」とされていて かつては神社名称を 大穴持身代社(オヲナモチミシロノヤシロ)を称していました

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