延喜式神名帳
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粟神社(城陽市市辺大谷)〈『延喜式』粟神社〉
粟神社(あわじんじゃ)は 『粟神社記』に「第6代孝安天皇の御代 平間山麓の百舌ヶ原に少彦名尊と高皇産霊尊が降臨し少彦名尊が祀られたのが粟神社 高皇産霊尊が祀られたのが兜神社(旦椋神社)とある」延喜式内社 山城國 綴喜郡 粟神社(あはの かみのやしろ)です
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大津神社(泉大津市若宮町)〈明治41年(1908)合祀『延喜式』粟神社〉
大津神社(おおつじんじゃ)は 鎌倉時代以来「若宮八幡宮」と称したが 明治41年(1908)宇多神社・神明神社・菅原神社の三社を合祀 事代主神社を境内社に合併 延喜式内社 和泉國 和泉郡 粟神社(あはの かみのやしろ)の旧鎮座地 粟神社跡(式内町)から境内に移築した際「大津」の総鎮守として「大津神社」と改称しました
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粟神社跡(泉大津市式内町)〈『延喜式』粟神社〉
粟神社跡(泉大津市式内町)は 神社合祀令によって明治41年(1908)大津神社に合祀された 延喜式内社 和泉國 和泉郡 粟神社(あはの かみのやしろ)の旧鎮座地です 祭神は「天太玉命」を祀り「粟直」の祖と云われ安房國安房郡 安房坐神社〔名神大月次新嘗〕と同神であると伝えられています
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石津神社(堺市堺区石津町)〈『延喜式』石津太社神社〉
石津神社(いしづじんじゃ)は 起源は古く 人皇五代孝昭天皇(西暦前475)の御宇7年8月10日、勅願により創建されたと伝えています 人皇十一代垂仁天皇の御宇 天穂日命14世孫 野見宿禰を当宮の神主と定めたと云う 延喜式内社 和泉國 大鳥郡 石津太社神社(いはつたの かみのやしろ)の論社です
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石津太神社(堺市西区浜寺石津町中)〈『延喜式』石津太社神社〉
石津太神社(いわつたじんじゃ)は 太古 蛭子命が 葦船に乗せられ漂着されたと伝承される聖地(石津浦)が現在の御旅所〔発祥の地〕孝昭天皇7年(紀元前469年)創建と伝え 孝徳天皇が白雉3年(653)孝謙天皇も天平勝宝元年(749)に参拝したと云う 延喜式内社 和泉國 大鳥郡 石津太社神社(いはつたの かみのやしろ)です





