延喜式神名帳
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熱串彦神社(佐渡市長江)〈『延喜式』阿都久志比古神社〉
熱串彦神社(あつくしひこじんじゃ)は 社伝に「貞観年間(八五九~七七)貞観式成立時を以て本社の創立として云」とある由緒ある古社です 当時 佐渡は大和朝廷支配下の最北端の島でした 朝廷の官社として 延喜式内社 佐渡國 賀茂郡 阿都久志比古神社(あつくしひこの かみのやしろ)として祀られていたと云います
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飯持神社(佐渡市飯持)〈『延喜式』飯持神社〉
飯持神社(いいもちじんじゃ)は 延喜式内社 佐渡國 雑太郡 飯持神社(いいもちの かみのやしろ)です 延宝年中(1673~1681)その時は小さき祠であった飯持神社に 橘三喜が社参したとあり「万民の みたまの水を うけ持の 神の社は かすかなれども」との和歌を奉納したとあります
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三宮神社(佐渡市三宮)〈延喜式内社 越敷神社 創祀の地と伝〉
三宮神社(さんぐうじんじゃ)は 順徳上皇が内房右衛門佐局との間に在島中3人の皇子(第一皇女慶子 第二皇女忠子 第三皇子千歳宮)が誕生した この第三皇子を祀る事から「親王大明神⇒三宮大明神」と称した 明治以後に三宮神社と改称 延喜式内社 佐渡國 雑太郡 越敷神社(をしきの かみのやしろ)の創祀の地とも伝わります
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越敷神社(佐渡市猿八)〈『延喜式』越敷神社〉
越敷神社(おしきじんじゃ)は 口碑には「初め 三宮の字荒屋に在りしを 慶安元年(1648)現地(猿八)に移祀すと云う」とあります 明治六年(1873)式内村社に列せられています 延喜式内社 佐渡國 雑太郡 越敷神社(をしきの かみのやしろ)とされます
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大膳神社(佐渡市竹田)〈『延喜式』御食神社〉
大膳神社(おおぜんじんじゃ)は 正殿に御食津神 左殿に日野資朝卿 右殿に大膳坊賢榮を祀ります 勧請創始については諸説があり 一説には この正殿の御食津神が 延喜式内社 佐渡國 雑太郡 御食神社(みけの かみのやしろ)ではないかとする説もあり 式内論社となっています





